[真実の球]
「この度私と家族になってくれたナナです」
「家族!?」
「えぇ、村でお世話になるにあたり、先住であるこの子に私が迎え入れてもらったのです。そうすれば村の人間として容易に受け入れられるかと考えたのですが」
「え?」
「は?」
「その『家族』と、言うのは?」
「親が居なかったの。でもアオイに名前をもらった。だから俺、今はナナって言うの。よろしくお願いします?」
同行を許された獣人の子に案内され壊れた荷馬車へと向かう道すがら、ニコニコと屈託の無い笑顔を向けるアオイとナナに、アーサーとミルコが目を泳がせると、セバスが「僭越ながら」と説明を求めた。
「婚姻・・・と言うわけでは無いのですよね?」
「婚姻!? こんな子供と!? あれ・・・お母さんとその子供じゃダメだった? 他に何か特別な手続きが? はっきりした属柄が必要だったりします?」
「こ、ども? 獣人が?」
「駄目でした?」
「駄目では無いが、種族が違うのに『家族』? 結婚もしてないのに『子供』?」
「婚前の若い娘さんがそれで良いのですか?」
あらやだ。
セバスの驚きにアオイは目を見開いて「あと2、3年で30歳です。 若い娘さんでは無いですよ〜」と否定した。
「は? 30? いや、そうでは無くて・・・」
ごにょりと、言い淀んだ後、男性陣は黙り込む。
うん。なるほど。気を遣われているな。成人が15歳と言う世界だ。さもありなん。
こちとらもはや結婚する気は無いのだ。コブ付きになるなどなんと言うことも無いのだが。さて。
「あの、実は・・・旅に出た理由も“婚約破棄”がありまして、もう結婚は考えておりませんので」
「「「えっ!?」」」
「あ〜・・・」
アオイはさらに、何やらモジョモジョと言いにくそうにしている男性陣の目の前で、恭しく取り出した小袋をわざとジャラリと音をさせ開くと、中から一粒摘んで取り出したソレを躊躇なく手渡した。
「これ、は、見たこともない宝石で・・・いや、これは金剛石か」
あっさりと手渡されたそれをみて、セバスが驚いて声を上げた。
「こんな輝き見たことがないぞ・・・まさか魔石じゃないか?」
「魔石だとすると相当高レベルのモンスターからドロップしたことになります! アオイ殿、これは一体、どちらでっ!?」
荷馬車の偽装をしていた際、ライズ村長に受け取りを拒否された婚約指輪のダイヤが目に入り、近々の金策も思いついていた。
アオイがもらった婚約指輪には、1カラットのダイヤモンドがついていた。
見栄っ張りなあの男がドヤ顔で『給料3ヶ月分』と言っていたので、ブランド物とは言えそこそこのクオリティがあった。
それを指輪の台座から外し、石だけの状態で大量に[複製]して適当な小袋に入れておいたのだ。
残ったリング部分と台座はまとめてプラチナのインゴットに換えておいた。
これに成功した時『スマホ一台には金が0.03g含まれている』とあの男が言っていたのをついでに思い出し、後でスマホも分解してレアメタル、 金 を増やそうと企んでいたので、荷馬車の周りを小躍りしながら大喜びしたのだが。
「出所は明らかにする事はできませんが、盗品ではないと証明できる書類は持っています。異国の証明書なのですが文字は読めずとも、真意のほどは如何様にもお確かめいただけるのでしょう?」
「鑑定書もお持ちなのですね!?」
お、そうゆうのがあるのか。しめしめ。
家を出る時、貴重品の入った段ボールを積み込んで良かった。あるある。ありますよ。ちゃんとしたやつ。
そういえば、親の口利きで80万で買わされた、冠婚葬祭用の真珠のネックレスとピアスもあるな。絶対に一本持っておけって。
多分本当の値段は半額ぐらいなんだろうけど、養殖真珠の値段はこっちではどのぐらいかな。
「鑑定書は滞在先においているので、必要であれば後でお見せできます。いくつか売買が成立いたしましても、できればそちらはお渡ししたくないので、新たに作っていただければ・・・」
「それはもちろん当然です。コチラは盗品でないと分かればそれで、いやっ、アオイ殿を疑っているわけではなくっアオイ殿は宝石商に伝手が!? 他にも何かお持ちなのですか!?」
「ツテ、と言うほどでもありませんが、あとは小さな物が少々ある程度でして、他めぼしいものといえば、真珠のネックレスぐらいでしょうか?」
「真珠!? 真珠をネックレスでお持ちなのですか!!?」
「っえっ!?」
あれ? 随分食いつくな。
「まさかアオイ殿は本当に『黄金の国』からいらしたのでは!?」
「なんですと!?」
途端に旗色を変える商人2人に、思わずたじろぐ。
あ、これ、金塊を出すのはまずいかも。
アオイは「なにぶん記憶が曖昧で。これで故郷の場所がどこかわかると良いのですが」と、目を伏せ儚げに誤魔化し言ってみた。
「ネックレスの方も、鑑定書と一緒に後でお持ちします」
「いえ、ぜひこのままご一緒させてください!」
「え、でも、どうせ直ぐにはわからないのですよね?」
「このセバスは高レベルの【鑑定】スキルを持っています! 宝石の査定どころか、書類の鑑定もお任せください! 異国の物とてなんの問題もありません!」
あ、そうですか。そりゃ便利ですね。
商人2人の勢いにタジタジとするアオイに、ミルコは初めて警戒の色を込めた視線を向けた。
「その前に、アオイ殿に試したい魔道具があるんだけど」
途端に騎士然としたミルコの言葉をきっかけに、壊れた荷馬車から運び込んだ木箱の中身を改めることなく、塔の詰め所に再び戻された。
ナナは、予め[祭壇の部屋]に置いておいた荷物から[鑑定書]と、他の貴金属をピックアップするついでに「貴族の方々とお話をするから」と、村に置いてきた。
「ご不快とは思いますが、こんな高価な品々を保持しているとなると、貴族の可能性があるので、きっちり確かめたほうがいいと思うんだ」
「えっと、貴族では無いと、思うのですが、如何ようにも」
改めてマークを伴い、窓に鉄格子のある簡易な建物内に通され、着席したテーブルの上には、占い師が使うような透明の水晶玉が乗せられていた。
「これは、Aランクダンジョンからでた、古い神々が作ったと言われる《神聖遺物》で、対象者の嘘を見抜く[魔導具]です」
「尋問するつもりはないんだけど、この[真実の球]に手を置いて、質問に答えてください」
マークとミルコが、丁寧な役人らしく説明してくれたので、アオイも、このダイヤについては「相手有責による婚約破棄の慰謝料のような物です」と、改めて説明しつつ手を置いた。
日本という名の国で、故人の父は生前公務員。母は宝石販売員をして女手一つで私を育てた。
片親とは言え、割と裕福な商家の子としてさした不自由もなく大人になり、働き先で上司に求婚され、五年の婚約期間を経て、結婚を間近にしていたが、近々になってその約束は破棄された。
相手有責とは言えこの歳で婚約破棄は家の恥。それが元で家族とも決別し料理人になろう。と、ひとりで家を出たが、落雷にあい、意識を失い、気がついたらこの村で目覚めた。
するとなぜか、具体的にどうやってここまで辿り着いたか、ここからどの方角にその国があるかもわからないので、もはや帰る気も術もない。
アオイは、聞かれるがままに正直に答えた。
[真実の球]が ポワッ っと青色の光を放った。
「・・・ニホン、聞いた事は無いが、嘘では無いようだ」
あっさり嘘じゃないと判明したようだ。
[真実の球]は、触れている者が嘘をつくと、赤色の光を放つのだとか。
なんとも便利な物があるものだ。
アオイは、まじまじと魔法の道具を覗き込みながらも、容赦なくたたみかける。
「歳も歳ですし、それなりに地位のある者に『浮気相手が妊娠した』と、告げられなすすべもなく・・・」
「あ・・・」
「それ、は・・・」
[真実の球]が ポワッ っと青色の光を放つ。
途端に「辛い事を言わせてしまった」と、顔色まで青くした男性陣に同情の目を向けられ謝罪された。
「誠に申し訳ないことを・・・」
あ、いたたまれない。これは向こうと同じ感じらしい。うん。いたたまれない。
いたたまれないついでに利用させてもらう。
「良い歳をしてと恥じる母を相手に、そのまま家に居ることもできず自立と別れを告げ、半ばやけになって旅に出た矢先に斯様なことになりまして・・・思い出さずに済むよう過去への道を忘れているのも、神々の采配では無いかと。今となっては幸いな事でございます」
「あ、はい・・・」
「なるほど・・・」
この場を取り仕切る、騎士見習いのマークとミルコはともかく、この部屋には本来のお役所仕事とは関係の無い商人のアーサーとセバスまでいる。
個人情報保護法とか。うん。無いわな。
「その、ステータスを確認しても良いだろうか?」
「これは我が国では、国境や関所、街壁のある街に入る際に、誰しもが確かめる簡易な方法だ。疑うわけでは無いが、故郷を知る調べに繋がるかもしれぬし」
なんでも[ステータス]の開示は、然るべき身分のある役人の他は、親しい者意外にはあまりしない物だとか。
「今更戻れる故郷もありませんが、それは私も知りたいです」
「あ、それもそうですね。ウゥンっ。では、手を置いたまま『ステータスオープン』と」
「はい。『ステータスオープン』」
言われるままにアオイが口に出すと、[真実の球]の上に透明なボードが現れた。
[ステータス]
アオイ(28)
種 族:人間
スキル:【魔術】
魔 法:〈水属性〉〈無属性〉
職 業:無職
状 態:健康
ほうほう。上手いこと簡素に偽装されている。
魔法が〈水属性〉と〈無属性〉とな。〈生活魔法〉とて〈全属性〉対応なのは、隠すべき能力だったと言うことか?
『称号:[魔女]』と、馬鹿正直に表示されなくて良かったわ。おそらくこれは神様の加護がいい仕事してる。
皆と一緒になってアオイはボードを覗き込んだ。
いや、本来親しい人にしか見せないステータスをそんなマジマジと。個人情報保護法とか。うんうん。無い。無いわ。
「ほ、本当に28歳だ・・・」
え、確かめたかったのそこ?
アオイは、呟きを漏らしたマークの顔を見上げた。
これはあれかな。日本人特有の『実年齢より若く見える』と言う特典が発動しているのかな。
こちらの人間は、髪色こそカラフルだが、西洋人のような彫りの深い見た目なので、その辺の価値観も同じなのかも。と、男性陣の顔を見比べる。
いや、平らな顔族としても、セバスさんこそロマンスグレーの年上だが、他3人は子供に見えるのだがね。
「なにか、問題ありますでしょうか?」
おずおずと、上目遣いでお伺いを立てるアオイに、マークは首を捻りながらも答えた。
「平民で2属性持ちは相当珍しいのでは?・・・いや、問題ではないが」
「良かったよ。犯罪者じゃないってわかって」
ミルコも、あからさまにホゥッと息を吐いて言った。
「犯罪歴があると、この職業欄に出るのです」
「へぇ! それは便利・・・ですね?」
どんな風に? まさか殺人犯とか窃盗犯とかが職業になるのだろうか?
「貴族、ではない事も証明できているのですね」
アーサーが自分の事を例に挙げ、役職・職歴の無い子息令嬢の場合、職業欄には『家名令嬢』や『商家子息女』などと表示される。と説明してくれた。
『無職』や『家事手伝い』と出るわけじゃ無いのだな。こちらも正直に『気象予報士』と出なくて良かった。説明が難しそうだもの。と、アオイもホッと息を吐きつつ、持っていた鑑定書や他の貴金属を出してみせた。
「見たことも無い言語ではありますが、この書類に不備や偽証は無いようです」
これにはセバスが答えてくれたが、「しかし・・・」と言い淀む。
「売買にあたり、どのような値段にするべきかは、些か答えに困ります。この様な真珠がこれだけ数を揃えてあるなど、聞いたこともありません」
「アオイ殿のご母堂殿はよっぽど名の知れた宝石商なのでは? そちらから故郷を探る術があるのやも」
アーサーが、貴金属の出所が母親だと目星をつけたらしい言葉を続ける。
いやぁだからぁ、家の事はもう良いのよ。それより『希少すぎて買取不可』と判定される方がショックなのだが。
木箱の中のアルコール類そっちのけで会話が進んでいく。
晴れて[所在わからぬ怪しい人物]から[婚約破棄された可哀想なご婦人]にシフトチェンジしたのは良いが、このまま同情の目を向けられ続ける事に、一抹の不安を覚えたアオイは、話を戻すべくすっかり興味を失われた木箱に手を添え「家の事はもう良いのです」と、酒類の鑑定を促したのだった。
[真実の球]隠蔽解除バージョン
アオイ・クワバラ(28) 称号[魔女]
種 族:人間
スキル:【翻訳】【魔術】【錬金錬成】
魔 法:〈全属性〉〈雷属性〉
加 護:異世界人
職 業:無職
状 態:健康
※各能力に補足や説明がつくのは、[鑑定解析]による機能で、[真実の球]によるステータス表示は簡素です。




