ダンジョンがあるのね
「とは言え、やはり塔建設の継続には神官や文官達が必要でしょう」
「結局新たな人員の到着を待つしかないんですね」
アーサーの言葉に、アオイはガックリと肩を落とし応えた。
ここに残った若者達は、それらの労働力を自由にする権限が無いらしい。そこはやはり変えられないのだろう。
村から提供する労働力に『年齢制限』や『人数』などの詳細な取り決めは無いようだし、ざっくりとした契約書ではあったが、不利になるような条件が無いとわかっただけでも良しとしよう。
交渉するにも相手がいない現状なのだ。村側からしても指示を出せる文官を待つしか無い。
ただ待つと言うのも心許ないが、コチラ側に罰則は一切無いので、アオイはひとまずほっとして、村の衣食住の安定に尽力する事に決めた。
4人は食事を済ませて、おかわりの紅茶を囲んで歓談を続けた。
あえて砂糖やお茶菓子は出さなかった。
「この紅茶も、カップも素晴らしい・・・コチラはダンジョン産でしょうか?」
「いえ、私の手持ちでございます」
「そうでしたか・・・」
当てが外れたようなアーサーに、アオイは苦笑いを返してお茶を濁す。
然りとて衣食住を安定させるには、外との交流は必須だ。
“食”は漁ができるようになった事だし、“住”は先だっての[海の家]で使った【スキル】を流用すれば簡単に解決するだろう。すると残るは“衣”着るものだ。
手持ちで済ますにも女性物。それすら【スキル】でなんとかできるだろうが、近隣地域からの商人との物々交換を考えるとやはり地産地消が好ましい。とは言え“旨み”が無い今はまだ望めないだろう。
手持ちの美味しい物を出すのは容易いが、ライズ村長は『布などの生活必需品はダンジョンから』と、言っていた。
ここの衛兵騎士見習い達は、ダンジョンに入って素材の収集などはしないのだろうか?
なるべく継続可能な情報を手に入れたい。
アオイはダンジョンについて聞いてみることにした。
「この近くにダンジョンがあると村人達が言っていたのですが、どのような場所なのですか?」
「ここのダンジョンはランクDのそう危険のないダンジョンなのだが」
「『ランクD』?」
「あぁ、そうか。ご婦人には馴染みがないか」
アオイの質問に、マークがダンジョンについての説明をしてくれた。
ダンジョンは、魔素溜まりから生まれた[魔力溢るる迷宮]の事で、様々な様相の魔物の巣窟だ。
増えすぎた魔物はダンジョンから溢れ[スタンピート]と呼ばれる魔物の暴走現象を起こす。とても危険な場所だ。
その一方で、そこでしか採取できない素材や、生まれる魔獣やモンスターを討伐する事で得られるそのドロップ品は、周囲で暮らす人間達に様々な恩恵をもたらす。
きちんと管理、対応する事で長年恩恵を受ける事は可能なので、国や領が管理するシステムが生まれた。
その受けられる恩恵毎に、ダンジョンには国から定められているランクがあり、最上級であるランクAのダンジョンともなると、ダンジョンの管理をする各領が領民から集める税収以上、ひいては国家予算に直結するの恒久的収入源になりうる天然資源でもあった。
丁寧に、どこか得意げに説明してくれる騎士見習い達を微笑ましく思いながら、アオイは「温泉観光地の源泉みたいなものか」と頷き続きを促した。
「ここのは階層も一桁台の若いダンジョンだし、そう危険なモンスターもいないときて、珍しいドロップ品も無いもんで、低ランクのままなのですよ」
なるほど。その深さとモンスターの強さがダンジョンのランクの選定基準になるのか。
「漁で使われる網の材料や、衣類などはダンジョンのドロップ品だと聞いたのですが?」
「あぁ、シルクスパイダーか。ランクDの魔物だ。単体ならば低ランクだが、産卵期や繁殖期になると気性が荒くなり集団になると危険度があがるでかい蜘蛛です」
「でかい蜘蛛・・・」
アオイの新たな疑問には商人のアーサーが答えてくれた。
「森林フィールドがあるダンジョンなら、どこにでもいる珍しくも無いモンスターなので、高ランクの冒険者がいる他の地域の特産物にもなっている領地もあるのです」
13の小国からなる[メスヒカイツ連合国]の中ほどにあるここ[アクイラ国]は、繊維衣類に関するドロップ品が産出されるダンジョンが多在する、別名[織物の国]と言われているそうな。
「森林フィールド? ダンジョンって、その、石造りの要塞とか、どっちかって言うと地下牢的な、こう、おどろおどろしい人工物の迷路とかじゃ無いんですね?」
「あぁ、自然フィールドって言って、森や草原や湿地、火山や積雪地帯なんてのもあるんだ」
「ほはぁ〜」
そしてそれぞれに生態系があり、その特色に合わせたモンスターが生息していると。
「勿論、要塞の他に、遺跡や迷路、古城なんてのもあるらしい」
「アクイラでは珍しいな。自然フィールドの間にある石造りの要塞ぐらいしか聞いたことがない」
「なるほど〜」
「人工物のダンジョンは、アンデット系のモンスターが出るぞ」
マークがニヤリと笑い揶揄うようにミルコを見た。
「怖い! ヤダヤダ! 俺は物理攻撃が効かない相手にはからっきしなんだ」
「ほはぁ〜」
騎士見習い達の会話にいちいち感嘆の声をあげるアオイに、アーサーは思わず質問した。
「アオイ殿は、商人の心得もお有りで?」
「ここまでくるのに荷馬車を伴っておりましたので、行商の真似事をしていた程度でございます」
「なるほど! どのような商品を取り扱っていたのですか?」
「やはり多くは料理に関するものでした。日持ちするお酒も少々盛り込みましたが、先日大半を買っていただきました」
アオイは「だからめぼしい物はもう無いよ」と、暗に告げたかったのだが、アーサーは『酒』の言葉に食いついた。
「この茶葉からするに、その酒も相当良い物だったのでしょうね」
「あぁ、あんなに美味い酒は飲んだことがなかった」
「見たことも聞いたこともない! あぁもっと飲みたかったなぁ」
「荷馬車にわずかにですがサンプル用の残りがあります。アーサー様にお酒の値段を聞きたかったのです」
ウットリと昨晩の事を思い出している騎士見習い達をいなしながら、アオイは「各所で入手した物なので相場を知りたい」と、後で査定をしてもらう算段をつけ、話をダンジョンに戻す。
やっと珍しいものが手に入るかもしれないと期待が叶ったアーサーは、聞かれるままに話を続けてくれた。
ここのダンジョンは、中央からやってきた人々が捨てるゴミの山からできた比較的新しいダンジョンだった。
ダンジョンは、力のある魔獣の死骸や、魔力溜まりからでき、ダンジョン内では、その位置から24時間動かないとダンジョンに吸収されてしまう仕様があるらしく、ダンジョンに一度吸収された物は、物質系モンスターや宝箱からドロップする様になる場合があるらしい。
特にモンスター討伐の際のドロップ品は、物質系モンスターの収集癖に左右される。
その代わり、一度ドロップされると、定期的にリスボーンするようになるそうな。
「それは良いですね。さながら養殖場みたいなものなのですね?」
「ヨウショクジョウ?」
「継続的に入手したい物は、意図的にダンジョンに放置すれば良いのでしょう?」
「・・・そんな、事は、考えたこともなかったが、そうか、そうなのか?」
「いや、絶対ではないのだ。価値ある物をわざとダンジョンに放置吸収させるなど、商人としては到底お勧めできない方法です」
「試した前例はないのでしょうか?」
「聞いたこともありません」
騎士見習い達の期待を、はっきりと否定したアーサーの答えも納得できる。商人としてはそう考えるのが普通だろう。
だが、資金力豊かな『投資家』としてならどうだろう? 十分やる価値があるんじゃないか?
アオイが考え込んでいると、ミルコが声を上げた。
「まさかアオイ殿、残りの貴重な酒で試そうとしているのか?」
「そんなっ! 勿体無い!」
間髪入れずに合いの手を入れたマークに、アオイ達3人は声をあげて笑い合った。
「これは査定が楽しみだ」
目を細めてコチラを見るアーサーに気づいていないアオイは、とりあえず異世界から持ち込んだ調味料から試してみようと目論んでいた。
「では早速残りをとりに行こう!」
ミルコが、アーサーに残り全部を持って行かれてしまってはたまらないと同行を申し出た。
アオイが「よろしいのですか?」と、マークを見ると、ミルコはすかさず言い縋る。
「どうせすることもないし、オマエが1人残れば大丈夫だよな? マーク」
「俺も行きたいが?」
「独り占めするとでも思っているの?」
食いしん坊な騎士見習い達に、アオイとアーサーは顔を見合わせて笑う。
この二、三時間で随分と仲良くなった。美味しい物の力は偉大だなぁ。とアオイはその威力に苦笑いした。
「お酒の残りは木箱2つぐらいです。馬はいないし荷台は壊れて動かせませんので、運んでくださるなら助かります」
騎士見習い達を歓待する前にした仕込みがここでやっと出番となる。
実はさらにナナの協力のもと、塔に来る前の午前中のうちに、アリバイ作りのために森に壊れた荷台も工作しておいた。
ライズ村長からもらったゴミの中にちょうど良いのがあったのだ。
さらにハチが「念の為」と雷で少々焼いてくれた。
アオイが、上手い具合に進んだ話の流れにしめしめと口端を上げると、マークは渋々ミルコの提案を飲んだ。
回収のために小さな荷台を運ぶ荷馬車はアーサーが用意してくれた。
新たに紹介されたセバスに、アオイは丁寧に名乗り挨拶をする。
「私は森に不慣れなので、詳しい案内は村の子に頼みたいのですが、同行してもよろしいですか?」
「それはその、獣人の子、でしょうか?」
御者台に乗る年嵩の従者はわずかに眉間に皺を寄せた。
おっと? ここにきて人種差別?
その表情を見逃さなかったアオイが、ピリリとした空気を発すると、アーサーが慌ててその場を繕った。
「コチラのアオイ殿は、その獣人に助けられここでしばらく過ごしていたようで、村人達に大変な恩義を感じておられるのだ」
「その獣人の子は、何処の馬の骨ともわからぬ私を、家族に迎え入れてくれた大恩人です。ご迷惑ならばコチラといたしましてもこれ以上ご無理は申し上げられません。大変失礼いたしました」
アオイは、襟巻きに手を添え、わざとらしく深々と頭を下げた。
「いやいや、そうですな。行き倒れたということですのでこの地に馴染みがないのも、当然でございます。浅慮な事を申し上げました」
年嵩の従者は深々と頭を下げた。
あら。良いのね?
人種差別、と言うよりは、単なる棲み分けという感じなのかしら?
くっきりはっきりしている分、前の世界のヘイトほど生死に関わる事でもないのかな? と、村に寄りナナを紹介した。




