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隊商の到着




煌めく水面を横目に、御者台に座るアーサーは、大きく伸びをしてあくびを吐いた。

不意に手綱を揺らされ足並みを乱された馬が、舌打ちをしたように見えるほど疲れが溜まっている。

御者の命令を無視して、馬は()()()道を歩いた。


「馬に感謝してくださいアーサー様」

「わかっているよ」


隣の従者に促され、アーサーは「すまない。フォローをありがとう」と素直に馬に謝罪と感謝を述べると、馬がブルブルとタイミングよく唇を揺らす。

意味がわかったわけでは無いが、鼻息で返事など小馬鹿にされた様で、アーサーは肩をすくめた。


ここは海に面した辺境の地[ウルガス]

アーサーは、領主から命を受け、近隣の町から[魔法師の塔]に定期的に物資を届ける隊商長で、自給自足で過ごす先住民の亜人が暮らす[魔塔の村]に向かう途中であった。


古い集落なので元々の名前もあったのだろうが、今はその場所を知る誰もが[魔法師の塔の建設地の村]、略して[魔塔の村]と呼んでいるその場所は、両脇の領地とは良好な関係を築いているので戦地にもならず、ここいら一帯の辺境領主は、伯爵の位を賜れど辺境伯爵ほどの位は与えられていない何と言うこともないただの田舎領地だ。


特に[ウルガス]は周囲同様、特化した海産物の流通も無く、取り留めて目をつけられる様な産物も無いうえ、古い契約で縛られた先住民がいるため、他の領地の様に領地争いすらも無い。

だからこそ、厄介者達を閉じ込める塔の建設などと言う面倒ごとに巻き込まれているのだが、古く土地を拓いたのは件の先住民の亜人で、おまけに塔の建設の担当は王都の貴族ということもあり、領主は代々王都から出ない名ばかりの法衣貴族と変わらないしまつ。


当然領主に興味を持たれない集落など、商人達にとってもさほど旨味のない場所であり、塔建設のための貴族役人達がいないのであれば、販路を開拓しようとも思えなかった寂れた田舎の地域であったため、指示された什物品を決まった時期に決まった量運ぶだけで、定期隊商とはいえ領主に依頼された単なる食料品や消耗品の運び屋に過ぎなかった。


そんな隊商のリーダーを務めるのは、やはり若い商家の三男坊だった。

かじるスネを持つ親の言いつけを無視するわけにもいかず、毎週王都から商家へ、商家から逗留先の隣町へ運ばれた積荷を、その町から塔へと運搬する──ただそれだけの、安穏とした日々。

やる気のない商人、それがアーサーだった。

週のほとんどを馬車に揺られて過ごす生活も、すでに五年。

いまさら自家に戻って、まともな商業スキルを積む見込みもない。

名ばかりの隊商長、実態は丁稚の御用聞きと変わらないことを自覚しているアーサーは、半ば諦めの境地で盛大なため息をついた。


「はぁぁぁ。そうは言っても中央貴族相手に不遜な態度を取るわけにもいかないし、今日もさっさと荷を下ろしてさっさと帰るか」

「そんなこと言ってると、またあのうるさい貴族様に足元を見られますよ」

「セバス。お前の方こそ『うるさい貴族』などと本音が漏れているぞ」


アーサーは、隣に座る年嵩の従者のいつもの小言に、いつもの軽口を返した。

塔で過ごす貴族達は年々わがままになってゆき、奉納の儀式が近づくと特に『もっといい酒を』『もっといい食材を』あまつさえ『女の1人ぐらい用意できないのか』と、無理難題を言われるしまつ。

いつまで経っても完成しない塔の建設で、余計な鬱憤が溜まっているのは、長らく逗留している貴族達の方だろう。


国策で騎士団や衛兵、官憲や文官が実働している塔の建設には、当然決められた兵站予算がある。

適用外の()()は、代々の領主が用意するのが慣例になっていたが、専属の御用聞きと言えど流石に何でもかんでもというわけにはいかない。

元々富んだ領地では無いのだ。予算には限りがある。その皺寄せはいつも間に立つ商人に向けられるのだ。


「さすがに『女』の用意はできないよ」

「ですよねぇ。まさか町の娘を卸すわけにもいきませんし」

「そんな事してみろ。あっという間に馬車に乗る時間が増えるだけだ」

「とはいえ、ここから1番近い人間の集落が今いる[町]なのですから何か手立てを考えませんと」

「それ俺の仕事?」

「曲がりなりにもアーサー様は、家長からいち隊商を預かる長であります」

「ちぇ。領主も領主だ。塔建設の恩恵ぐらいしか見込める収入が無いってのに、こっちの予算も都合も丸投げなんだから。セバスも親父も勝手な事言ってくれる」

「いっその事そちらの方も王都から派遣されれば良いのですがねぇ」

「そこはお貴族様のクソみたいな面子だろ? 騎士が聞いて呆れるぜっ」

「坊っちゃま。お言葉」


アーサーは、ウゥンと空咳を一つするが、伸ばした背筋を再び丸めてため息をついた。


「はぁ。面倒くせえ。こんな事ならさっさと家を出て冒険者になりゃよかった」

「アーサー坊っちゃま!」

「ハイハイ」


アーサーは、やれやれとしながらも背筋を伸ばして気合いを入れ直した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


隊商が塔に着くと、いつもの賑わいが無い。

他に娯楽が無いせいか、週に一度の隊商の到着を騎士衛兵達は今か今かと待っているはずなのに、馬車の到着と共に駆け寄って来たのは数人の衛兵達だけだった。


「・・・なにか、あったのですか?」

「あぁ、いまちょうど昼食をとっていてな。少々紹介したい者がいるのだが、良いか?」

「え、あ、はい、伺います」


昼食? いつもなら、真っ先に飛びついてくる偉そうな貴族達が、新しい荷を放って古い飯を食っているのか? と、アーサーは不思議に思ったが、顔には出さず荷下ろしをセバスと下男達に指示して、ニコニコと機嫌の良さそうな衛兵について行った。


「アオイ殿! 隊商長を連れて来た!」

「あら! ではお茶のご用意致しますね」


詰所前をはなれ、塔のたもとに案内されたアーサーは、資材置き場の一角に設けられたテーブルセットに目を見張った。


まっさらな白い布張りの日除けの下に、見たことのないデザインの椅子とテーブル。

その上には、上品な藍と白の陶器の茶器が並べられ、そこだけ異彩を放っている。

到底奴隷や肉体労働者がうろついている塔建設中の屋外とは思えない。

そして何より、黄金の毛皮の襟巻きと清潔感の漂う見慣れぬ衣装を纏って、艶々と真っ直ぐ伸びた黒髪の、おそらく異国の女性が、その場にそぐわぬ微笑みを湛え侍っていた。


格好から侍女やメイドには見えない。まさかとうとう王都から派遣された高級娼婦か!? と、アーサーは一瞬身じろいだが、周りの様子を見るにそれはありえない。


思わず動きを止め身惚れてしまっているアーサーに、椅子に座っている騎士見習いのマークが声をかけた。


「アーサー殿、昼食は?」

「あ、あ、いえ、荷を下ろした後、皆で、馬車で・・・」

「それでは一緒にどうですか?」

「よ、ろしいので?」


同じテーブルにつくミルコが手を上げ、マークに続いて笑顔を向けた。

案内した衛兵が奥の方へ駆けて行った先を見ると、他の衛兵達と合流して楽しそうに手掴みで何か口に運んでいる。

我に返ったアーサーが視線を戻すと、さっきまで見惚れていた女性が椅子を引いて待っていた。

促されるままに着席してしまった。


するとすかさずその異国の女性は、籠から目の前の皿の上にこれまた見たことの無い料理をサーブして、見事な陶器のポットに手をかけると、手元のティーカップにお茶を注いでいく。

途端にえも言われぬ香りが辺りいっぱいに漂った。


「紅茶!?」


アーサーは思わず大きな声を出し、立ち上がって身を乗り出すと、その手元を覗き込んでしまった。

これにはマークとミルコも驚いて咄嗟に女性の前に立った。

アーサーは『しまった!』と崩れた表情を取り繕うこともなく、瞬時に腕を肩に組んで跪き頭を下げた。


アオイは、慌ててアーサーに手を伸ばした。


「お立ちください!」

「し、失礼しましたっ!!」

「あっ、いえっ、すみませんっ大きな声を出してしまって!」

「いえっ、コチラ、こ、そっ! そのっ、申し訳ありません」


「2人とも驚かせてすまない。このまま紹介させていただく。コチラの女性、名をアオイ殿と言う。何かと世話になっている」

「最近、訳あって村で暮らしているのだが、彼女に見覚えがあったか?」


それまで子供だと思ってたいたマークとミルコの、急な貴族然とした振る舞いを披露する騎士見習いに、アオイは目を丸くしてアーサーに伸ばしかけた手を止めた。


「いいえ、お初にお目にかかります。貴族のご令嬢とは思わず失礼いたしました」

「あっ、いえっただの平民です。私にはどうかお気遣いなき様お願いいたします」


マークはミルコに目配せすると、それぞれの椅子に戻って短く息を吐いたあと、「『落雷による記憶障害の料理人』らしい」と簡単にアオイについての説明をした。


「アーサー殿、どうか顔を上げて椅子に戻って欲しい。咄嗟の事で体が動いてしまいました」

「どうか、コチラの無礼もお許しいただきたい」

「滅相もございません」

「未だ未熟な騎士見習いゆえ、失礼仕った」

「どうかこの事は」


貴族に同じ事を3度言わせるのは不敬。アーサーは素直に立ち上がり、再び椅子に座った。


「すみません。実は不測の事態が発生していまして、アーサー殿にはぜひご相談に乗っていただきたく」

「お力になれるかわかりませんが、是非如何様にも」

「・・・実は、此度の奉納の儀に王都の貴族達が皆死に至り、代わりが来るまでどうした事かと途方に暮れておりまして」

「え?」

「あ〜もうめんどくさいから普通に話すけど、雷に打たれてみんな死んじゃってさ。知っての通り、俺ら見習いなんて平民と変わらないじゃん? だからアーサー殿もどうか気を楽にしてくれると助かるんだけど」

「えぇぇ?」


気の抜けた声を出すアーサーに、マークが一瞬だけ逡巡するリアクションをとったが、ミルコは早々に被っていた猫をどこかに追いやってしまった。

そう年の変わらぬ様な3人のやり取りに、アオイは思わず「フヒッ」と声を出して笑ってしまった。


「紅茶が、冷めてしまってもなんですし、まずはお食事をどうぞ」


アオイは紅茶を勧め、すかさず料理の説明を続けた。


ランチのメニューは、ガッツリ塩を効かせた焼き鯖と、甘酢で味付けした生野菜を、軽くトーストしてたっぷりバターを塗ったハードパンに挟んだいわゆるサバサンド。それに少量のフルーツを盛り込んだワンプレートだ。


同じ物を食べている後ろの衛兵達は両手で持って齧り付いているが、コチラは陶器の皿の上にサーブされ、金属製のカトラリーが添えられている。


ガッツリハードパンとガッツリバターなので、中々に食べ応えがあるサンドイッチだが、こうして皿の上にあると、不思議と上品に見えるから侮れない。

何より、バターと焼けた鯖の脂が混じり、えも言われぬ程よい香りが皿から立ち上っているのだ。


「鯖は炭火で焼きたて。皮がパリパリ、脂がジューシーで焼き加減は完璧です」


アオイの説明を聞いて、アーサーは ゴクリ と大きく喉を鳴らせた。


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