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怪しい人物




アオイは、累々と転がる死体の、いや、酔っ払い達をみて、某たかお様の長髪の将軍がごとく満足げにうなづき、飾ってあった電飾を回収して回った。


ちょうど潮が引いているとは言え、浜辺で寝こけている騎士衛兵達をそのままにしておくわけにいかないか?

ちょっとだけ考えるがやはり若い。成人しているし、酒は飲めるとは言っていたが、こうやって寝ている姿は皆子供の様だ。さすがにこのまま転がしておくのは忍びない。

それでは魔法の練習! と、ばかりに腕まくりをする。


手始めに、適当な倒木を[収納]し、【錬金錬成】スキルを使って[亜空間]を展開させた。

不思議空間の中で、倒木を[複製]し、板材に[加工]後、壁の無い高床式住居を造る。

材木加工と言うよりは粘土細工とブロック積木のような様相だが、一切釘を使わない木組みの海の家を作り上げた。

上手くできたので一旦丸ごと[収納]して[複製][保存]しておく。

それを2棟浜に並べ、すでに[複製]して増やしておいたブランケットで騎士衛兵達を1人ずつ(くる)むと、[重力操作]で持ち上げて海の家の床にそっと並べた。

ちなみに、[重力操作]は生きてる人間に効力は無い。効力のあるブランケットに乗せているのだ。

“浮かせる”だけで推力があるわけではないので、1人ずつそっと引いたり押したりと手間はかかったが、女の細腕には助かる能力だ。ありがたい。ありがたい。


板間で雑魚寝だが、床と屋根があるだけマシだろう。幸い、あの時の嵐が嘘のように今夜の気候は過ごしやすい。


宴会の後片付けを済ませて、車に戻る前に海に向かって1人煙草をふかす。

口の中に薫る煙を、いけそうなので、ゆっくり深呼吸して体内に送り込む。

アオイは、数年ぶりに肺に染み渡る毒の味を堪能した。


「・・・煙草うまいっっ!」


思わず唸ってしまう。

なんて言うか。煙草は自由の味がするのよ。自分の為だけの選択と、身体に悪いことしてるぅって解放感。


言い訳のような説明に、いかにも「不可解」という表情をして、その様子を眺めていたハチに、アオイは「身体に悪いことするのは大人の特権なのよ」と、付け加えて笑み返しておいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


朝になると、今日の分の漁をするために集まった村人達に簡単に事情を説明して、いつものように地引網の準備を進めてもらった。

朝ごはんは昨日と同じく浜焼きにして、飲んだくれた騎士衛兵達のために、材料を細かく刻んで滋味優しいクラムチャウダーも用意しておく。

村人達は、アオイが何も言わなくても、騎士衛兵のために、魚の鱗や内蔵を丁寧に取って串に刺し、焼魚を作ってくれた。


村人達のざわめきと、辺りに漂う美味しそうな香りに、酔っ払い達もモソモソと起き出した。


「これ、は?」

「お目覚めになりましたか? お加減はいかがですか?」


自分たちの寝ていた海の家をポカンと見上げるマークとミルコに、水差しを持ってアオイが声をかける。

すかさずトレイを手に隣にいたナナが、カラの木のカップを差し出した。

寝ぼけ眼をこすりながら2人が受け取ったカップに、レモンとミントを入れたフレーバー水を注いていく。


「おはようございます。村人達が用意した朝ごはんの準備が整っていますが、いかがいたしましょう?」


「こちらに運びましょうか?」とアオイは海の家に視線を誘導した。


「あ、いや・・・良いのか?」

「十分に大漁なようです。スープとパン。よろしければ焼魚もお持ちしますね」


バツが悪そうに、設えられた水壺で身支度を整えている騎士衛兵達を横目に、ナナと村人数人が軽やかに朝食が乗ったトレイを海の家に運び、用意を終えると、獣人達は一斉にその場から居なくなった。

「さああとはご自由にどうぞ」とアオイも浜辺に用意した調理台に戻っていく。


目の前の、湯気を立てる見た事もないパンが乗る朝食のプレートに、マーク達はゴクリと喉を鳴らせた。


「なぁ、やっぱどっかの魔法師なんじゃないか?」

「でもこんなもの用意できるなら、行商の料理人だろ?」

「魔法師が料理なんてするかぁ?」

「どれも今まで見た事無いしな」

「でも、アイツらは知り合いみたいだぜ?」


ついさっきまで、獣人が持ってきた鍋に、おそらく目の前のスープと同じ料理をつぎながら、何やら楽しげに話をしていた人間の耳をした人物を見ながら、若い騎士衛兵達がヒソヒソと顔を突き合わせていたが、その香りに我慢ができなくなった衛兵の1人が、とうとうカップに口をつけた。

するとそれまでの疑念もどこへやら、たちまち旨い旨いと夢中で釘付けになった。


「うんまい。魚介出汁のしっかり効いた、これは、ミルクか?」

「ダンジョン産か?」

「ここのダンジョンでミルクが出るのは知らなかったなぁ」

「旨いな」

「な」

「どうする? 行ってみるか?」

「何にもする事無いっつったって、持ち場を離れるのはどうなんだ?」

「なぁ」

「うわ、なんだこのパン柔らかっ旨いぞ!?」

「本当だ。それにこの生野菜も見た事無い」

「柑橘系の旨いソースがかかってる」

「これもダンジョン産か?」

「なあ、こんなの王都でだって食べた事無いぞ」

「オマエ王都行った事あんのかよ」

「あるよ。なんだよ」


用意された料理を散々夢中で食べた騎士衛兵達は、やっと落ち着いて、思い出したかのように突然現れた奇妙な人間を訝しむが、その疑念に抗えないほどに昨晩出された料理は美味かった。


じゅくじゅくと音を立てたまらない香りを放つチーズと、濃厚な白いソースのかかったブリブリの大海老。

甘い脂の滴る、柔らかで濃厚で、それでいて一切の臭みのないステーキ。あれは何の肉だったのだろう。

香辛料をたっぷりと使った、真っ赤なのに辛くない魚介の煮込み。

一切苦味のない新鮮でカラフルな生野菜のサラダ。

砂糖をかけたように甘くジューシーな果実。

そして何より、不思議な容器に入った、えもいわれぬ美味しい酒の数々。


昨日の昼間、新しく村長になったと言ってきた獣人と一緒に現れた見知らぬ女性に、色々聴かなければならないことがあったはずなのに、あっという間に酒と料理に夢中になって、気づいたら朝になってしまっていた。そこでさらに用意されていた、朝飯の旨いこと。


温められたミルクと魚介のスープには、柔らかく甘い根菜がどっさり入っていて、何味なのかわかりもしない。

ガッツリ塩の効いた焼魚は、丁寧に下処理がされていて臭みも無く、尋常じゃないほど美味かった。

おまけに、あのように柔らかくて白いパンなど、みた事も聞いた事も無かった。


そう、上司の目もあったとは言え、今まで獣人の村人達と、一切交流して来なかったのは、こちらの方だ。

出された料理はほとんどが新鮮な魚介を使った物だ。現にさっき村人達が網を引き調理しているのを目の当たりにしたばかり。海辺の漁師集落では当たり前の料理なのかもしれないし。


あの女性、アオイと言ったか。田舎の辺境地に突然現れた見知らぬ人間に、他国他領の間者かと怪しんでいたが、話してみたら、始終ニコニコして何の警戒も他意もない、弱っちそうなただの優しい大人の女性だった。


ただ、異常に清潔で、異常に落ち着いた所作から、一緒にいるとどこか心がソワソワするので、どこぞの貴族かとも思ったが、貴族令嬢にありがちな傲慢さは微塵も感じられず、自分達に謙り一切偉そうにするわけでもないどころか、獣人達とのやり取りをみるに、その線はどうやら違うよう。

こんな人物への対応など、ここにいる誰も知る術もない。

そもそも、どの隣国とも接しない海っぺりの辺境地に、どんな理由で“敵”がくると言うのだ。

マークとミルコは困惑しつつも、面倒ごとに目を向けるのを放棄した。


「どうする?」

「どうするも何も、どうしようもなくないか?」

「悪い人じゃなさそうだし何か企んでる輩には見えないぜ? 別に良いんじゃないか?」

「村の獣人どもも全く警戒してないしな」

「逆に凄く仲良さそうだよな」

「そこは普通の人間の女性とは思えないけど、ここに長くいたから俺でもわかる。アイツら俺らより力が強いはずなのに無害だしさ」

「それなのに、俺らにもこんなによくしてくれて・・・」

「俺、たまに帰る実家の家族にだってこんな風にもてなしてもらったことない」


普段は『獣人は魔族の子』とむしろ蔑み、ともすれば奴隷と同じように扱っていた村人達が、自分たちの食事まで用意してくれたことに、若い騎士衛兵達は心から驚いていた。


「あぁ、奴隷達・・・」

「それどころじゃないよ。俺達、どうなっちゃうんだろう」


湧き上がる不安に、しんみりとした空気が漂う中、打って変わってニコニコとした顔で渦中の人間が歩み寄ってきた。


「今日は隊商の方が来るんですよね? いつ時ほどお伺いしてよろしいんですか?」


アオイは、空いた食器を回収しながら昨日の約束覚えてますかと言わんばかりに話を切り出した。


あぁ、そういえば、そんな約束をしたような。

マークは、酔っ払って気が大きくなる前に自分が言ってしまった事を思い出した。


「いつもは、昼頃到着するが」

「あら、それじゃあその時にご一緒してよろしいですか? お昼ごはんもお持ちしますよ」

「良いのか!?」

「お魚たくさん獲れましたし、そうですね、青魚をサンドイッチにしましょうか?」


たくさんの野菜と甘酸っぱいソースで味付けした焼き魚のサンドイッチ。「美味しいですよ〜♪ 」と楽しげに微笑まれれば、俄然興味とヨダレが湧き上がってくる。


「それじゃあ、お願いして良いだろうか・・・」

「はい。承りました。皆様今日もお仕事頑張って下さいね」


「あぁ」

「頼むよ」

「楽しみにしている」


当たり前のような屈託のない微笑みで見送られ、若い騎士衛兵達は皆、狐に摘まれたような表情で塔に帰って行った。


「うまく懐柔できたと思う?」

「素晴らしい手腕だ」

「ほらね。なにも態々崇め奉られなくても仲良くできるでしょ?」


感心して素直に褒めるハチに、アオイはドヤ顔で自慢した。


あとはこうやって少しずつ接触を増やし、新たに貴族達が来る20日の間に再び疑問を持たせないほど見慣れて貰えば良い。

色々な事を有耶無耶にしてその場に馴染む術は日本の社会人の十八番だろう。

アオイは、そのもはや生まれ持っていると言っても過言ではない日本人の特性を遺憾無く発揮して、若い騎士衛兵達を煙に巻くことに成功した。


「残されたのがボンクラどもだったおかげで俺の出る幕は無くて良かった」

「もう。そんなこと言わないの。みんなきっと不安なのよ?」


指揮官を亡くした隊の下っ端など、どこの世界でもあんなもんだろう。

ましてやみんな人生経験の浅そうな若者なのだ。ハナから争い事など避けて通りたいに決まっている。


「しかし、本物の貴族どもはこうはいかないぞ。アイツらは狡く奸智に長け、自分の利のためになることにのみ尽力している」

「向こうじゃ貴族なんて見た事も聞いた事も無いもんなぁ」


コチラでのハチは、聖霊獣とは言え元々由緒正しい日本の雷獣だ。

大昔の日本の貴族階級にあった皇族華族の他やんごとなき方々達のこともご存知なのだろう。


「なに、それこそいざとなったら、アオイが言ったように皆殺しにすれば良い」


放電のついでだと、ハチは笑った。


「それじゃあキリがないでしょ」

「いいや。何事にも終わりはある」


それまで一体なん人殺すつもりだ。できる力を持っているとしても、そんな事は面倒くさい。

アオイは眉を下げてハチの鼻先を撫でる。

目を細めてクルルと甘えるその様は、到底そんな恐ろしいことをするような獣には見えないよ。


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