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華麗なるアップルパイ・タイム

喫茶店を舞台にした物語、めちゃくちゃ好きなんです。

裏テーマは「マダムバトル」

せっかくの休みなので、書きたい短編を書いて見ました!多分、サクッと読めます。

 私はキリカ。桐の歌でキリカと言います。


 しがない喫茶店の従業員、24歳です。彼氏を絶賛募集中です。そんな私の働いている喫茶店・ポルカには、常連客がいらっしゃいます。その中でも極めて異彩を放つマダムが2人、週に3~4回のペースで来店します。


 華子さんと雅さんです。


「あ~ら、華子さん?今日はお早いのねぇ」

「まぁ、雅さん!こんな時間にご主人は良いのかしら?」


 お2人はお知り合いなのか、どちらかが来店すると必ずお互いに声を掛けているのですが、その様子を見るに、どうも友好的な間柄には見えません。


 お店の従業員としては他のお客様の迷惑になるような喧嘩は避けていただきたいのですが、単に喧嘩という訳でもないと言いますか、内容はともかく女子同士だし見た目はとても優雅なのでギリギリセーフです。


 ここだけの話、お2人の会話を楽しみに来店されるお客様もいらっしゃるので、お店的には一方的にやめてくださいとも言えない状況なのも事実です。


 しかし、私は何かあれば仲裁に入らないといけない立場なので心中穏やかではいられません。そういう意味でこの2人が来店されるとそれとなく傍に行って、気は進まないのですがいつでも何かあれば動ける位置に立つようにしています。


 でも、不思議ですが幸いにも今まで一度も何か事件が起こったことはありません。


 ある日の昼下がりに事件は起こりました。

「あ~ら、華子さん。今日はずいぶん素敵なお召し物を着ていらっしゃいますのね?」

「まぁ、雅さん。そういう貴方はいつになく華やかな出で立ちですわね。」

 いつもの出会い頭のボディブローをかます優雅なマダムの2人。


 そのやりとりの通り、華子さんは今日はびしっとカッコイイ着物でキメていました。その手には何か小包のようなものを持っています。

 そして、雅さんは上質なドレスにストールでどこかに行ってきた帰りなのか、小ぶりな花束を持って来店し、先に席について椅子に置いていました。

「まぁ、今日は私にとって特別な日ですの。」

「あら、偶然!私にとっても大切な日なんですのよ」

「なんて偶然なんでしょう、おほほほ」

「ほんとにすごい偶然。うふふふ」

 2人とも笑顔で朗らかに会話していますが、目は笑っていません。(怖い)


「こんな嬉しい偶然があった日には、ご一緒してもいいかしら?」

「えぇ、珍しいですわね。こちらにどうぞおかけになって」

 今までは一回も一緒のテーブルに座ったことのなかった2人が、なんと今日一緒に座ると言ったので、私は動揺しながらも注文を取りに行きました。


 ちなみにうちのお店は一般的なレトロ風の喫茶店なので、特別なお高いメニューはありません。お2人はいつも、紅茶とケーキのセットを頼まれます。でも、普段なら絶対に同席はしないし、必ず少なくとも一人分の席を空けて座ります。そして、離れた距離から会話をしていました。


 今日は先に着いていた雅さんがアールグレイのミルクティを注文し、その味を楽しまれていましたが、そこに華子さんがいらした形になります。


「すみません、こちらの方と同席させていただきます。

 私にもアールグレイのミルクティを。あとそれから、アップルパイのケーキを1ホール頂けるかしら?」

「あの、お客様? 1ホール、ですか??」

「えぇ、そう。1ホール下さいな」

「…かしこまりました。お時間を少々いただきますがご用意できます」

「ありがとう、お待ちいたします」


 一体何が始まるんでしょう。

 嫌な予感がするものの、相手はお客様なので『お帰り下さい』とも言えません。でも、今日はいつもと一味違うようです。ひとまず、あまり出ないアップルパイ1ホールの注文が出たと厨房に伝えに行きました。マダム2人で食べるには量が多い気がするが、残されても文句は言うまい。


 ちなみにうちのお店のアップルパイは普通にとても美味しいです。しかし、色々あるメニューの中でもリンゴがたっぷり入ったこのアップルパイはどちらかというと重ためです。


 メニューが出来るまでは、紅茶を先にお持ちして定位置に着き状況を見守ります。

 すると、2人の会話が始まりました。

「それで?華子さん、今日は一段とお綺麗だけどどうかなさったのかしら。」

「あら、雅さん。貴方の美しさには負けてしまうわ。今日はね、」

 華子さんが雅さんに小包を差し出しました。

 すると雅さんも華子さんに花束を差し出しました。

「…こちらをお渡ししたいと思ったのよ。もらってくださるかしら。」

「あら、ありがとう。頂戴するわ。私もこちらをもらっていただけると幸いです」

「なんて素敵な花束だこと。頂戴します。ありがとう」

 2人は持っていたものを交換して、お礼を言い合っています。何故。


「そろそろ、私達も潮時というのかしら。いい加減、仲直りを致しましょう?」

「どういたしましょう。私、最近は貴方とのやり取りを心地よく思うようになっていたから」

「ちょっと、やめて下さる?仲良くと申しているではないですか」

「あら、ごめんなさいね?冗談ですわよ」

「まぁ、私も少し楽しくはあったんですけれど。それも今日で終わり」

「えぇ、そうね」

 最初は茶化していたけど、2人は苦々しく言うと、少し悲しそうな顔をしました。


 この空気の中で給仕するのは気が引けましたが、タイミング的には今しかないような気もしたので、私は意を決してアップルパイをお2人にお出ししました。

 そう、1ホール。


「お待たせ致しました。アップルパイのケーキでございます」

「あら、ありがとう」

「まぁ、美味しそう」

 とりわけ用のお皿とナイフとフォークを並べて定位置に戻りました。あとはもう、ハラハラしながらマダムをただただ静かに見守るだけです。


「貴方とこのお店で再会したときは驚いたわ」

「えぇ、私もです。」

「私ったら、意地を張ってたからごめんなさいね」

「えぇ、私もです。」

 アップルパイを切り分けながら華子さんが謝ると雅さんはあいずちを打つものの、同じ言葉を重ねるだけでした。雅さんがカップを持って目線をカップに合わせたまま、華子さんに言います。

「私も貴方とこちらでお会いするとは思いもよらなかったわ」

「えぇ、そうよね」

「昔の感情をそのまま持っていたから大人気なく接してしまったわ」

「えぇ、そうよね」


 確かに、最初の2人はすごかったです。


 お互いがお互いに気付いた瞬間、声を掛け合って、でも一緒には座らず、片方が注文する度にもう片方も負けじと高いメニューを追加注文する、というのを5回ほど繰り返したのです。


 従業員的にはそれまで、それぞれ物腰が柔らかで上品なお客様だと思っていたので、それまでのイメージがひっくり返る出来事でした。


 当時は何事かと思ったし、注文を繰り返しながら長時間居座るお客様は珍しく、しかも他人風に振舞っているがお互いを意識しているのは明白でした。対抗意識を燃やして張り合っているのが端から見て取れたのです。


「私、貴方には負けたくなかったのよ。ごめんなさいね」

「あら、偶然!私も貴方にだけは今もだけど絶対負けたくないわ」

「一緒ね」

 華子さんが笑うと、2人は切り分けたアップルパイの一切れを食べ始めました。


「今日まではどうしてもあの人がいたから、貴方とは相容れなかったのだけど」

「えぇ、でも、それも今日で終わりよね」

「そう、もうあの人はいなくなったから、貴方と相容れない理由がなくなった」

「えぇ。嬉しいけど、悲しいわ。」

「そうね。どことなく寂しい」

 アップルパイを口に入れて、少ししんみりとした間が空きました。


「私は、親友だった貴方と好きな人がかぶってしまって。しかもその後、急遽家の都合でお見合いすることになって政略的な結婚をしたから。貴方は応援すると言ってくれたけど、私の頼んだラブレターを彼に渡さないまま、断られたと伝えた」

「えぇ、そう。本当は貴方達は両想いだったけれど、それを邪魔したのは私」

「その後もお互い忙しくてしばらくしてた手紙のやり取りでも彼が貴方を選んだと嘘をついた」

「そうね。私もその後、貴方と同じように政略結婚することになって、まさか嘘が本当になってしまうなんて思いも寄らなかった。私は貴方達を邪魔したかったけど、彼と一緒になるつもりはなかったから」

「まぁ、今となっては…よね。」

「私、彼を好きだったし貴方に取られたくなかった。」

「えぇ、そうよね。」

「でも、その実、貴方をあの人に取られるのも癪に触ったのよ。」

「ふふ、それはどういう事かしら?興味深いわね。」

「私、欲張りだったのよ。友達も恋人も、なんて無理だったのに。1番仲良しのお友達が離れるのは寂しいし、もちろんあの人の隣は私が良かった。」

「まぁ、どちらかに一つの選択だったわね」

「でも、あの人と一緒になる事に決まって、貴方は私から距離を置いた。それについては理解してるのよ」

 雅さんは、華子さんを見ながら話していましたが、カップへ視線を移し一口飲みました。

「ひとまず、この大きいアップルパイを食べましょう。」

「えぇ、そうね」


 ええぇ、ちょっと予想を超えて複雑な関係過ぎませんか!昼ドラ、大好きなんですけど私!!!と、内心は良くないとわかりながらも耳をダンボにしつつ、表向き俯きながらウェイターとして待ちの体制をとりました。


 どうやら、雅さんと華子さんは元親友だったものの、雅さんの現旦那様を取り合う形となり溝が出来てしまったようです。しかし、旦那様は亡くなり、元々仲の良かった2人は関係を修復する段階に来たようで。あるいは大人のケジメとして、気持ちに整理と区切りをつけようとしているのかもしれません。


「桐歌さん、ちょっと。」

 一言も漏らすまいと一心に耳を傾けていましたが、残念ながら呼ばれてしまいました。

「はい」

 少し残念に思いながらも、声の主の元へと向かう。最近、この喫茶店には男の子がバイトで入りました。大学生の牧野くんです。

「桐歌さん、すみません。電子マネーのレジってどうやるのか教えてくれませんか。この前、そういうお客様がいらっしゃったんですが、スムーズに出来なくてひとまずは現金で支払っていただいたんです。良い方で助かりました。」

「良いですよ。じゃあ、ちょっと向こうで」

「ありがとうございます」

 内心さっさと終わらせて戻りたい、ごめん、牧野くん!と唱えつつ、サクッと教えてはやる気持ちを抑えながら元の立ち位置に戻りました。


 マダムたちはアップルパイを上品に食べている所でした。静かに食べすすめていました。しかし、その2人の顔は笑顔でした。お互いの目が合い、フフッと笑います。

(大事な所、見逃しちゃったかしら?!)

 たまに困ってる方がいないか広めに見渡しつつ、基本は俯いて待ちの体制をキープしつつそんな事を考えます。


 2人ともがアップルパイを半分に分けて、それを自分のお皿でさらに半分に分けて食べていましたが、途中でミルクティーに手が伸び、一息ついた。華子さんが、ミルクティーを飲む雅さんに語りかけます。


「このアップルパイ、美味しいわね。すぐに食べ切ってしまってはもったいないくらい」

 雅さんはまた笑顔になり、うなずました。

「私は別に貴方もあの人も恨んではいないのよ。一緒に生きる未来があったならとか、傍らに貴方がいる人生はきっと楽しかっただろうなとか、そういうことは考えるけども、それはただの憧れね。」

「家業の事もあるから、ずっと一緒に過ごすのはどちらにせよ難しかったわ。」

「でも、離れたはずの今もこうして何度も一緒に居合わせているのだから、天の巡り合わせには感謝しないといけないわね。」

「嫌ね、腐れ縁かしら。」

「もう、貴方って人は」

 くすくす笑いながら会話している様は、歓談の様相を呈してきました。アップルパイはゆっくりと食べすすめられていき、2人で丁度ホール半分まで食べ終わりました。まだ半分あります。

 今までと違って柔らかい空気の2人を見守りつつ、しばらくこのやりとりを聞けることに感謝していました。


「すみません、桐歌さん」

(…くっ)

 またも呼びかけられてしまいました。

「…何でしょうか、牧野くん」

「種崎さんが来ていたのであと数分でレジ変わります。今日この後って時間少しもらえますか」

「了解です。別に良いですけど、レジの説明不足してましたか?」

「あ、そっちは大丈夫です。ありがとうございました。」

 牧野くんはペコっと頭を下げた後、レジの方に視線を向けつつ、

「桐歌さんが終わるのをここで課題しながら待ちますね」

「良いですよ。マスターに賄いコーヒーセット伝えてきますね」

「お願いします、今日は『よくばりセット』で」

「かしこまりましたー」


 実はこの喫茶店、従業員にしか提供されない裏メニューなるものが存在します。「賄いコーヒーセット」です。さらに通常より豪華な内容の「よくばりセット」というオプションが隔月に1度つけられるのです。

 賄いコーヒーセットはお店で提供される通常サイズの1.5倍の任意ドリンクと任意の軽食で、そこに必ずマスターのサプライズスナックが添えられます。

 ちなみによくばりセットとは、メニューに縛られない、各店員の大好物を特別に提供してもらえるオプションです。ちなみにここのマスターは言うまでもなく変わり者です。


 そうこうしているうちに、レジに種崎くんが現れて牧野くんは着替えのために控え室の方へと消えて行きました。


(ふぅ、やれやれ)

 あの後気持ち小走りでマスターの所へ行き注文を伝えて定位置にやっと戻ってきました。しかし、2人は話をしている最中でやりとりを少し見逃してしまったようでした。


「そうねぇ、次は軽井沢の方に行くかしら。おうちのそばに茶室があるのだけれど、避暑地というだけあって涼しいのよ。」

「私は北海道だわ。お互い暑さに困ることは無さそうね」


(しまった…やはり大切な部分を見逃してしまったようだわ。こんな話をしてるってことはきっとご実家とか今暮らしてる話も出たのではー!?軽井沢と北海道かぁ、離れてるなぁ。)


「ねぇ、文通しませんこと?」

「あら、珍しい。素敵な提案ね」

「それは、つまり?」

「えぇ、良いわよ。」

 残りのアップルパイを上品に召し上がる2人から粋な提案と了承が出ました。この、デジタルネイティブな若者が闊歩する時代に文通もといペンフレンドとは最高ですか!この喫茶店にはもうマダムたちは来ないかもしれないけど、2人が仲良くペンフレンドとしてやり取りをすると思えば、満足です。


「ふぅ、食べ終わってしまったわね。」

 雅さんはカップのミルクティーを飲み干しつつ、呟いた。

「あら、名残惜しそう。」

 華子さんが少し微笑んで言いました。

「美味しいアップルパイと紅茶だったし、貴方との時間も限りがあると思うと少し」

「なら、私の家にいらっしゃる?」

「華子さんのお宅に?良いのかしら…」

「私が良いって言ってるのよ。」

「それもそうね。では是非」

 雅さんは珍しく戸惑っていたが、華子さんの言葉で自分を取り戻したようです。

「行きましょう」

「ええ」

「「ご馳走様」」

 綺麗に食べ終わった2人は、そのまま連れ立って退店しました。


 長年ロイヤルカスタマーだった2人の関係性の変化を見て、長いヒューマンドラマを見終わったような充実感を感じたものの、すぐまた新たなお客様が来て、日常へと戻っていきました。…いえ、そのはずでした。


「桐歌さん、終わりました?」

「はい、もうあとは店仕舞いでクローズするだけなのでOKですよ。なんでしょうか」

「俺、桐歌さんの事好きです。

 付き合ってくれませんか?」

「…えぇ?っと???」

 牧野くんはじーっとこちらを見て返事を待っている。予想ではまた業務に関する質問だと思っていた為、思わず牧野くんを見つめます。

 ポーカーフェイスであまり感情が表に出ないタイプの牧野くんだが、しかし。おそらくこれは本気でした。目線が全然外れません。否、目線を外そうとしてくれません。

 私に特定の相手は居ないし、彼氏は欲しいし、牧野くんを嫌いじゃないです。出てきた答えは…

「はい、私でよければ…」

「本当ですね?やっぱなし、は無しですよ?」

「えぇっ!?」

 たたみかけられました。肩を軽く掴まれて、確認されました。

「ナシ、は無しですよ?」

「は、はい」

 念を押されました。何故だ。

「…やった。桐歌さん、改めてよろしくお願いします」

「こちらこそ、牧野くん」

 返事をすると、ハグされてしばらく離してもらえませんでした。

「じゃあ、毎日LINEしたいんで、個人LINE教えてください」

「うん、いいよ」

 言われるがままにLINEを交換しました。

「今週末はデートしましょう?」

「なんでシフトないことを把握して…?」

「白いワンピース着てきてください。可愛いのが良いです」

「えぇ?!」

 どんどんグイグイ来る牧野くん。押しに弱い私は、しかし嫌ではありませんでした。牧野くんを見ると、笑顔になっていて、その顔を見た瞬間、不覚にも全部持ってかれた気分になりました。

 一つの非日常が終わり、新たな非日常が始まる予感がしたのです。まるで客席の観客だったはずが、不意打ちで舞台の主役にされてしまったようです。ですが、中々それも悪くありません。


マダム対決は終幕し、新たな非日常が始まったのです。

読了、おつかれ様でした。ありがとうございます。

マダムの対決は終わりましたが、新たな何かが始まってしまったので、もしよろしければ、もう少しだけお付き合いください。


夏は出会いの季節!!!(作中一切季節感ない)

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