無害な中2とコックリさん
_人人人人人人_
> 登場人物 <
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高木優雅
・無害な少年
佐々川空
・好奇心旺盛な少女
神山美郷
・美人。最近元気がない
高木優雅は目立たない少年だった。
そのことを誇りにするとまではいかないが、目立たないことは自分の本分だと考えていた。
友人と待ち合わせをするときには、必ず優雅のほうが先に友人を見つける。つまりは、友人から見ても優雅は目立たない少年なのだ。
中肉中背、黒髪で、細いフレームの眼鏡をかけている。髪の毛は頭の後ろを刈り上げて、頭頂部は伸ばしている。最近よくあるツーブロックの髪型だ。
中学校2年生という、他人との違いを誇りに思うような時期にあって、優雅は奇跡的に無個性である。
この間はとうとう自動ドアにまで無視された。
優雅はそんな自分が嫌いではない。なんといっても、本分なのだ。自分を嫌うよりは好きであるほうがいい。
しかし、たまには自分とは違った個性に憧れるときもある。
優雅が掃除当番のためゴミ袋を2つも担いでゴミ置き場を目指していると、神山美郷が窓のそばに立ち、黒板消しをはたいているのが見えた。
神山美郷は目を引く少女だった。整った顔立ちの中にあって、口が少し大きく、それが笑ったときにとてもいい効果を与えている。
髪は黒く長く、なめらかな曲線を、肩のあたりに描いている。学校の平凡な景色にあって、彼女だけ妙にライティングが凝っている。少なくとも優雅にはそう見える。
そんな美郷が、最近は元気がない。笑わない。優雅はそれが気になりつつも、これと言って何ができるわけでもなく、ただ見守っていた。
今日もまだ美郷は笑わないままで、それでもまっすぐな姿勢で黒板消しをはたいていた。チョークの粉がきらきら舞って、美郷の手先から風に乗って流れていった。優雅はその光景を、じっと見ていた。
*
「ええと、君」
突然声をかけられて、優雅は振り向いた。
「ちょっと手伝ってくれないか」
声をかけてきたのは佐々川空だった。優雅と同じクラスにいる、いつもどこかダルそうに遠くを見ている少女だ。
耳が見えるくらいに短く切ったボブの髪を、空はかるくなでた。
優雅は両手に抱えているゴミ袋を見た。
「ごめん、手が離せないから、他の誰かを――」
「君が適任だ」
空はそう言って、優雅の手から片方のゴミ袋を取り上げた。
「ゴミ捨てなら手伝うから、かわりに手伝ってくれ。早く!」
空はそう言うと、小さい体に似合わぬ早足でゴミ置き場に向かっていった。
「ま、待って」
優雅もゴミ置き場に袋を積んだ。強制的だが、空には手伝ってもらった形になる。
「分かったよ。なんだか知らないけど、手伝う」
「私は要件を言っていなかった」
空はそう言うと、ポケットを探って10円玉を取り出した。
「『コックリさん』を試してみようと思っていたんだ。一人ではあまり意味がない。手伝ってくれ」
「……なんで『コックリさん』を?」
優雅は尋ねた。さっきまでの手伝ってもいいかな、という気持ちが急速に失われていった。
「あの噂を知らないのか」
空は優雅の目をまっすぐに捉えた。授業中とは違って、今の空はとても真剣だった。
「最近、『コックリさん』が凶暴化しているという噂だ。通常、10円玉を通じてメッセージをやりとりするだけで終わるはずが、最近はそれにとどまらず、『コックリさん』が人を襲うという」
「なんでわざわざ襲われに行くのさ?」
「好奇心は人間の性だ」
空はそう言うと、くるりときびすをかえして、校舎側に向かった。
「空いていればどの教室でもいいのだが、ここにしよう。理科室」
「人体模型とかあるやつじゃん」
優雅はそう言いながらも、一応空のあとについていった。
*
理科室に入ると、空は勝手知ったる調子で、教壇から大きな紙を取り出し、実験机の上に広げた。
胸ポケットからペンを取り出し、紙に50音を書き込む。そして、10円玉をどんと置いた。
「さて、『コックリさん』のルールはしっているな?」
優雅はうなずいた。
「全員が(二人しかいないけど)10円玉に指を当てて、『コックリさん』に質問する。10円玉が勝手に動いて、その紙の50音を示す。……でも、ただの噂だよ」
「ただの噂だということが判明するわけだ。それも一歩前進だろう」
あらぬ方向に前進しているようにしか見えない。
「だいたい、なんで手伝うのが僕なの?」
「私には友達がいない」
空は胸を張っていった。
「そして、『コックリさん』は一人ではできない。誰かに手伝ってもらおうと思った中で、たまたま、君が適任だったわけだ」
「何を見て適任だと思ったんだろう……」
疑問を声に出して言うと、空は答えた。
「『コックリさん』に襲われるにあたって、女子では少し頼りない。男子が良いのだが、普通の男子は私のような美少女と一緒にいると、変な気を起こしかねない。君が一番無害だった」
「『無害』」
褒められたような気もするのだが、けなされたような気もする。
「では襲われよう」
空はそう言うと、10円玉に指を当てた。
優雅は空のあとについて、10円玉に指を当てた。二人の指が触れ合い、少し気恥ずかしい。
「コックリさん、コックリさん、答えてください」
空がそう言うと、本当に10円玉が動き出した。
50音の『は』と『い』の上を滑る。イエスということだ。
この時点で優雅にはかなり驚きだったが、空はなおも質問を続けた。
「コックリさん、コックリさん、あなたは先週、1年生の女子3名を襲いましたか?」
そういうことがあったらしい。優雅は知らなかった。
10円玉が『はい』と答えた。
「コックリさん、コックリさん、あなたの次に、何をしますか?」
10円玉が動きを早めた。『み』『さ』『と』。
*
「神山さんが危ない!」
優雅が叫んだ。
「神山さん? 誰だっけ」
「同じクラスじゃん。神山美郷」
「私、授業中は冬眠してるから……」
会話の間にも10円玉は動き続けている。『あ』『い』『た』『い』。
「神山さんって人がターゲットか。ちょうど助手くんの知り合いみたいだし、危険を知らせにいけるかも」
「知り合いでも助手でもないけど、神山さんのところに行こう」
優雅はそう言うと、10円玉から指を離そうとした。
「……離れない」
優雅の言葉を聞いて、空も10円玉から指を離そうとしたようだが、外見からはそれがわからない。
力を入れても、10円玉から指が貼り付いたように剥がれない。
「助手くん、水酸化ナトリウムと塩酸を混ぜるとどうなる?」
空は突然質問してきた。
「え?」
「塩!」
空はそういうと、使える左手で実験机の端のビーカーを投げた。塩水が入っているらしいそれが、空中を舞い、何もないところで割れた。
「おおっ」
そこに何かがいた。透明の何か。それは恐ろしい身震いをすると鳴き声を上げた。
「ど、動物の声?」
「コックリさんは動物の霊だという説が多い。猫かな」
空はそう言いながら、優雅の背中をついた。
「とりあえず、自由にはなれた。逃げよう!」
優雅と空が連れ立って理科室を飛び出すと、後ろからドタドタという音が聞こえてきた。
振り返ると、人体模型が追いかけてきていた。体の半分が骨なので、走りづらそうなのに速い。
「ポルターガイスト現象だ。10円玉を操っていたのと同じ力だろう」
「冷静に分析してないで、どうする?」
優雅はそう言いながら、空の手を引いて走り出した。
「塩もあまり効かなかったしな。どうしよう」
「行き止まり! なんで?」
優雅は立ち止まった。防火扉が閉まって行く先を阻んでいる。ポルターガイストの力で閉めたのだ。
「……佐々川さんは逃げて。ここは僕がなんとかするから」
優雅はそう言うと、指で階段を示した。コックリさんを押し留めさえすれば、なんとか逃げられる距離だ。
「なんとかと言っても……」
「頼りにしてよ」
優雅はそう言うと、空を階段めがけて突き飛ばした。
そして人体模型に向き直る。相手がポルターガイストの力を使わないとこちらに干渉できないのなら、人体模型と格闘することはできるはずだ。
時間稼ぎにしかならないが、それでいい。
優雅は人体模型の肩を拳で突いた。
模型の肩が外れ、床に落ちた。
続けて人体模型の胴体を蹴った。模型は廊下に倒れる。
さらなる追い打ちをかけようとしたとき、優雅は模型の手前ですっ転んだ。
先ほど外れた模型の腕が、優雅の足に絡みついていた。
優雅は模型の手首をつかんで引きちぎった。そして、模型の腕部分を掴んで胴体に振り下ろした。
がしゃん、と音を立てて模型の胴体は割れた。
しかし、あたりにはまだ模型の下半身と、残った腕がある。
「来るなら、来い」
そう言ったとき、突然模型の破片たちから力が抜けた。ポルターガイスト現象が止んだのだ。
あたりから不気味なゴロゴロ音が聞こえてきた。不気味な? しかしその音を、優雅はどこかで聞いたような気がした。
「助手くん! もう大丈夫だ!」
空の声がした。
空は手に何か小さい袋を持っている。
……『ちゅ〜る』だ。
「にゃーお」
コックリさんの鳴き声がした。
その声にはもはや敵意のかけらも感じられなかった。
*
「良かった……、間に合ったんだ」
神山美郷が階段を降りてきた。
「神山さん、危ないんじゃ……」
優雅はそう言いかけたが、美郷は気にせずに優雅の前を通り過ぎた。
そしてコックリさんの前に立った。
「ごめんね、『リリィ』。寂しい思いをさせたね」
美郷はそう言うと、コックリさんの背中のあたりをなでた。
「えっ、どういう……?」
事情が飲み込めない優雅は、空に尋ねた。
「あのコックリさんは、生前は神山さんのペットだったんだ」
「ペット? 猫っぽいとは思ってたけど」
「猫のリリィが亡くなって、コックリさんになった。リリィは神山さんを襲おうとしてたんじゃない。ただ、神山さんに会いたかっただけなんだ」
10円玉のメッセージを思い出した。『み』『さ』『と』。『あ』『い』『た』『い』。
「なんでそれに気づいたの?」
「いや、知らなかった。今気づいた。危ないところだった」
空はしれっととんでもないことを言った。
「佐々川さんが大慌てで教室に入ってきてね。あんなに慌てた佐々川さんは初めて見たよ」
美郷が代わって説明した。
「猫のお化けが暴れている、助手くんが危ないからなんとかしてくれって。それで、私が『ちゅ〜る』を渡したの。猫のお化けがリリィだとは思わなかったけど」
「全部助手くんのおかげだ」
空が真面目な顔で言った。
「……放っておいても、リリィは神山さんに会えたんじゃない?」
「そうかもだけど、私や助手くんは怪我をしていたかもしれない。誰も傷つかずにすんだのは、助手くんの頑張りのおかげだ。ありがとうな、坂木無害くん」
「高木優雅だけどね」
*
やがてリリィの魂は蒸発するように小さくなり、神山美郷の胸の中から天に帰った。
すべてが解決したかに思えたところで、ようやく担任が現れ、空を問い詰めた挙げ句、何かを諦めた表情で去っていった。
優雅・空・美郷は廊下の掃除を命じられた。掃除時間はとっくに終わっていたが。
「これに懲りたら、もう変な行動はやめてくれよ」
優雅は空に言った。
「私を誰だと思っているんだ。佐々川空、中学2年生。中2だぞ。中2は変な行動をするのが本分だ」
空が胸を張り、美郷がくすくすと笑った。
やはり、美郷の笑顔は良い。優雅は初めて、自分も何か役に立ったのかもしれないなと思えた。