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魔弾の射手。DER FREISCHÜTZ.   作者: J.A.アーペル(作)T.ド・クインシー(英訳)萩原 學(邦訳)
18/20

訳者解題

本書はオペラ『魔弾の射手』原作となった、アーペル Johann August Apel のゴシック・ロマンス Der Freischütz.Eine Volkssage (『Das Gespenster(幽霊の)buch()』第1巻所収)を、ド・クインシーが英訳したものである。登場人物の氏名及び性格は大半が書き換えられているので、整理しておこう。

挿絵(By みてみん)

先にフリードリヒ・フーケ『瓶入り魔物』を読んだ我々としては、こう言える。本書は『瓶入り魔物』の同工異曲、すなわち「願いを叶える力」の寓話(アレゴリー)に他ならない、と。この主題は、作者が意識して導入したものであろう。元になる筈の伝承は、グリム兄弟『ドイツ伝説集 Deutsche Sagen』第1巻#256.百発百中の弾 Der Sichere Schuss に窺えるものの、そこに魔法の話はない。

魔弾製作後、黒馬に乗って現れ、3発寄越せと要求する黒い騎手も、『瓶入り魔物』終盤に登場する黒い騎手そのもの。何もしていないくせに「手伝ったのだから」と主張する意味は、『瓶入り魔物』が念頭にあって初めて理解できるのでは。オペラで魔弾鋳造法を指南する黒の猟師Samiel(ザミエル)も、これを元に造形されたようだが、黒馬に乗ってはいないのが残念なところ。1816年にアーペルが世を去り、『幽霊の本』最終巻は他でもないフリードリヒ・フーケが後釜に座ったのだが、彼はこれを見てどう思ったのだろう。


ヴィルヘルムが魔弾を何発使ったかは明示されていない。廃棄していなければ63発のうち、どれが当たりの60発なのかは解らないようで、最後の場面でも外れを引いたとは認識していない。描写からして、前に向けて撃ったら後ろに中った事になり、実際には射手自身が爆圧を喰らう事故も、後の元込め式ライフルでは起きている。

ただ、お話としては事故ではなく『願いを叶える』代償として、射手にとって一番大切なものを捧げる結果としている。『償ひの道、あるいはハンムラビの法典』では等価交換こそが正義であって、それ故にこそ考えられる功罪の全てについて大小を計り、正当な対価を報いるものであったのが、ここでは完全に転倒してしまっている。人類社会は、こと人の道に関する限り、進歩成長どころか退嬰してしまったと言わざるを得ない。

ところが作品としては、これが現代的に面白い。オペラと異なり、本作は30年戦争直後などと昔話にはしておらず、当時のリアルタイムな話として展開されている。フリードリヒ・フーケがイソップ物語以来の訓話スタイルを捨てられずに居たのに対し、アーペルのこの作品は教訓などそっちのけ、既に『ゴシック』の枠からも出て、日一日と恐怖を煽るホラー小説を始めたかの観がある。


因みにドイツ語版 Wikipedia を機械翻訳すると、こんな感じ。


最古の書面による証拠は 1449 年にさかのぼり、バーゼルの法廷記録に見出される。Leckertierという名前の傭兵は、イエスの絵に3発の銃弾を発射し、習得したスキルを用いて数人を殺害したとして告発された。被告人は河神の審判に処された。

Hexenhammer (1487) は、魔弾の射手という概念を広める役割を果たした。聖金曜日になる「魔女の射手」について語る。十字架に向けて 3 ~4 本の矢を放ち、犠牲者を最初に自分の目で見た場合は、矢または弾丸で毎日できるだけ多くの人を殺す。 引用された物語は、より古い書物および口承から編集されたと考えられています。

Otto von Graben zum Stein は、 1730 年にAndrenio と Pneumatophilo の間の霊の領域についての会話の中で、私的な射手が主題となった最初の物語を発表しました。この物語は、1710 年にタウスでG. シュミットという名の書記を告発した裁判に基づいています。18 歳の少年は魔法猟師になり、木曜の夜(7月30日)の交差点で 63 発の弾を鋳造します。様々な妖怪と出会い、最後は悪魔その後、作家は気絶して倒れ、後に発見されて逮捕されます。しかし、彼の若さのために、最初に科された死刑は 6 年の懲役と強制労働に減刑されました。


ざっとまとめると、魔弾を造るには

1.時間∶聖夜の23時~24時

2.場所:十字路に描いた魔法円内

3.数量:63発

4.信仰:棄教の誓約

といった条件を満たす必要がある。わざわざ暗いところで火を使い鉛の弾を鋳造するのは不健康不自然極まりない、おそらく本来の信仰は「山の神に豊猟を願う」祈りに過ぎなかったのだろう。聖書にあるアブラハムの神が狩りの願いを叶えてくれれば良かったが、どうやら砂漠の神の手にあまったようだ。

ただ、そうするとアーペルのロマンスは、以上の約束事をいくつか無視している。作者は話を進めるに従って恐怖を募らせることにのみ集中し、銃刀や魔法の取り扱いについては関心がなかったのか、些か描写がおざなりなところは残念でならない。この点は英訳者も同様で、「ハンガーを抜いた」とは何のことか、ドイツ語原典のアーカイブを翻訳機にかけるまでさっぱりだった。インターネットの時代でなければ、こんな事は望むべくもない。


果たして魔弾は存在したのか。本書前書きで紹介された話がヒントになっている。つまり魔弾ならぬ魔銃があったのではないか。

大砲を小型化した小銃は長い間、マスケットと呼ばれる先込め式の滑腔銃であった。先込めとは、銃口から弾薬を詰め込む方式。装填には銃をハーフコックして水平に持ち、紙薬莢を食い千切って開封したら、火薬少量を火皿に入れてロック。銃身を立て、銃口から火薬を詰め、弾を込め、奥の薬室まで押し込んでロック。といった手順を踏まなければならない。紙薬莢が発明される前は、火薬を一々計量したから、これでも早くなった方。我が国では早合と呼んだ。押し込むのに槊杖(かるか)という長い棒を使うので、うっかり槊杖を外さないまま発砲すると、弾は当たらないし次弾装填もできない。弾薬を適当に入れて銃身をトントンやって無理やり装填し、あるいは装填済の弾薬の上に二重装填してしまい、事故を招くことが少なくなかったとか。この点、How to fire a Brown Bess という動画を見ると、槊杖は銃身に装着され、弾を込める度に引き抜いて、装填しては戻しているようだ。

黒色火薬は燃え滓が多く、溜まってきたら槊杖で掃除しなければならないし、油も引かねばならない。使う油が獣脂だったためにセポイの反乱を招いた。自動装填とか連発とかは望むべくもなく、それでも撃ち続ければ手を付けられないほど熱くなり、水でもかけねば扱えない。そうそう戦場に都合よく水源など有るはずもなく、兵士は小便をかけて銃身を冷やしたとか。いくら戦争とはいえ、中々やる事が汚い。

さて、ただでさえ面倒な装填が、腔内に施条して気密を良くすると、更にやりにくくなってしまう。訳者もよく解っていなかった事として、施条の恩恵は気密にあり、弾の回転は付け足しに過ぎない。マスケットでは50m程度だった有効射程がライフルでは300mに伸びたとか、それだけ滑腔銃は無駄が多かった事になる。その無駄がなくなるのは良いが、銃口にぴっちり嵌る弾を奥まで押し込む手間はどうにもならず、その解決はミニエー弾の開発を待たなければならなかった(1849)。ミニエー弾はどんぐりのように先端が尖り、尾端は凹みがある弾で、銃口より細身に造るから、装填はスルリと入る。発射時には爆圧が凹みに掛かるのでスカートのように裾が広がり、気密を確保する。装填した弾が落ちないよう、紙薬莢の紙を丸めて蓋をした。

施条そのものは1498年に発明され、ニュルンベルクのコッターが螺旋化し、神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン一世(1459-1519)は少数ながらライフルを配備した。ところが、今で言う大量殺戮兵器に繋がる開発と見たか、教会はこれを嫌い、異端とした。銀の弾と鉛の弾をライフルで撃ち比べ、銀の弾は全然中らないのに対し、鉛の弾は全弾命中したので悪魔の力が宿るとされたとか。ライフルが悪い理由にはなっていないと思うが、この宗教裁判の結果、ライフルが悪いとされたので、開発が止まってしまった。筈であった。


アメリカ合衆国で開発されたケンタッキー・ロングライフル(1725)という先込め銃がある。独立戦争にも使われたこのライフルは、外観も装填作業もマスケットと変わりないのに、命中率はずっと良かった。違いは腔内にあるので、銃口から覗き見ない限り何処が違うのか解らない、不思議な銃に見えた事だろう。

挿絵(By みてみん)

ところがこのライフルは、ドイツから来た鉄砲鍛冶が造ったという。1725年以前から、ドイツには(当時は神聖ローマ帝国)イェーガー・ライフルの工廠があったのだ。Jäger(イェーガー) を「猟兵」と訳す事もあるけれど、英語では Hunter だから『猟師』そのまま。イェーガー・ライフルは猟銃なので、狩りの最中にあちこち引っ掛からないよう、銃身が短くなっている。ライフルだから短銃身でも問題にならなかった訳だが、知らずに見た人はさぞ驚いたに違いない。

上記の通りライフルは異端とされたから、表向き存在しない事になっていた筈で、バレないように魔銃ならぬ魔弾の使い手があるという作り話を意図して広めたのではないか。これは訳者の想像に過ぎず、証拠も何もなく、話半分に聞き流して頂くしかないのではあるが。『ライフル』とは一言もなく、魔法の弾の話ばかりなのは、何か事情があったと思わずに居られない。


悪魔とされるザミエルも、よく解らない。だいたい、そんな悪魔は他に聞いたことがない。それどころか最上位の天使である熾天使ともされ、聖バーソロミュー教会の祭壇横に祀るほど。

挿絵(By みてみん)

左から2体目、赤い衣を着る立像がザミエル。後光までついている。この天使が、ドイツでは悪魔になるのだろうか?どうもドイツ語となるとさっぱりで、詳しい人に教えて頂きたい。

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