婚約者の心の声
熱に浮かされた顔、16歳には見えない完成された身体は桃のように赤く染まっている。今の彼女はいつも背筋を伸ばして凛としている彼女とかけ離れていて居心地が悪い。彼女が咳き込んだため、慌てて婚約者である俺は水を差し出した。そして綺麗な銀髪を耳にかけてあげると顔を覗き込む。
『すき……すきです。ロイ様、お慕い申し上げております』
ロイ・ウィンダム、16歳。初めて同年齢であれ婚約者の心の声が聞こえてきた。そしてその心の声の内容は俺を好きだというもの。
ーーさて前提だが、ロイ・ウィンダムには産まれながらに授かった能力がある。
心の声を聞く事ができる能力だ。といっても誰でもというわけではなく、俺以下のレベルである人の心の声を聞くことができる。以下でたるため、俺と同レベルの人の声も聞こえる。
今でこそ制御することによって普通に生活しているが、幼少期は酷かったらしい。伯爵家として生を受けて早めにレベリングしていた幼少期の俺は、街に出ると聞こえすぎる耳に酔っていたとか。早めのレベリングの理由は親が騎士であるためだ。
ちなみに様子のおかしいロイに気付いた親はすぐさま聞いてきて《声が聞こえる理由はロイよりレベルが同じか低いから》という答えを出した後、大喜びした。
理由は簡単。レベルは神殿で確認しなくてはいけないものであるからだ。声が聞こえる人数が増えたらレベルが上がったという判断ができるため、神殿代が削減できると武器をうっとりと研ぎながら言った。
ロイはその能力にほんの少しの親しみに嫌味を混ぜて、"呪い"と呼んでいる。唯一知っている両親は神の祝福と呼んでいるけれど。
ーーそしてもう一つ。ロイと婚約者であるシルビア・サラスバティについての前提も必要だ。
政略婚約、つまり家同士の婚約である二人の間に恋愛感情はない。むしろロイはシルビア・サラスバティの事が大変苦手だった。
何故ならシルビア・サラスバティは初めて会った12歳のときから心の声が聞こえないのだ。そのときは無表情な彼女を見て心がないのかと結論付けたが、その後出会ったAIというあだ名をもつ学友でさえも心の声が聞こえたのだから心はあるはず。
つまり、シルビア・サラスバティはロイ・ウィンダムよりも強いということだ。元々伯爵であるロイと公爵家の一人娘であるシルビアは身分はシルビアが上。それなのにあちらから政略結婚を持ち出してきたらしい。まぁ、父上は騎士としての能力が高く公爵になるのもあと数年と謳われているほどとの有力者だけども。
身分も上、レベルも上。そして無表情で言葉を紡ぐ彼女の心の声が聞こえないものだから、苦手になるのはしょうがないことだろう。しかも俺は幼少期から剣を握っていたため、花を愛でる御令嬢への対処方はレベル1に等しいことも苦手な理由でもある。
13歳で一緒に入学した王立学園でも親密になることはなく、廊下ですれ違うときも貴族同士の挨拶をする程度の中。そんな政略結婚という文字を体現した俺達の仲は学園でも珍しいらしくよく見られている。
実際は冷たい美しさを持つ銀髪のシルビアと、この国では珍しく漆黒の髪を持った寡黙な美形であるロイの静かで洗礼された美しい空間を好む学生が多いことだが2人は知らない。ちなみに学園の奴はAI以外、ロイが寡黙ではなく人見知りが激しいことを知らない。
それらの前提を踏まえて、今の状況を見てみるとロンが焦る気持ちは分かるだろう。
「!?!?……し、失礼する」
その結果、ロイは盛大に焦りどうにか顔を繕いながらシルビアの部屋を出た。何もないのに普通の廊下で躓き、100万程度の壺を割りそうになりながら歩く。落ち着けと言われてもそれは難しい話だ。だって、婚約者が俺を好きらしい。
ただの婚約者じゃない。俺よりもレベルが高くて、感情が分からない俺を嫌いだと勝手に思ってたシルビアが俺の事を好きなのだ。あのシルビアがだ!
気付いたら家についていて、脱力した足は自室で崩れる。頭を抱えるとなんだか熱い。知恵熱かと思ったが、目の前にあった鏡に映る自分の姿を見て嫌でも違うと分かった。
首まで真っ赤で、少しいつもよりも口角の上がった顔。あけすけに言うのならニヤニヤ顔。この赤さはシルビアよりも薄いぐらいかと思い出せば、より俺の顔の赤さはシルビアに近づく。
「まじで?」
なんとロイ・ウィンダムは、シルビア・サラスバティに恋に落ちてしまったのだ。