期待
……
…………
「はぁー 美味しかった。ありがとうねお兄さん」
「どういたしまして。じゃあ、送ってってやるから、おうちはどこだ?」
「え? だいじょぶだいじょぶ、ちゃんと帰れるからー」
「いや、そういうわけにもいかんだろうが」
「ほんとにだいじょぶだって。ほんじゃね」
階段をととっと降りる少女。
「おいおい、ちょっと」
コンビニの袋にゴミを詰め、追い掛けようとすると……
「い、いない……足早すぎ……ってレベル越えてるな。足音もあんま聴こえなかったし。ま、まさか……」
夏だし……幽霊じゃねぇだろうな?
ブルッと震えながら、職場のビルへと戻る。
「あれ? 先輩? 今日は早いっすね? もう食い終わったんですか?」
「ああ、まぁな。なぁサンコー」
「ん? なんすか?」
「幽霊って見たことある?」
「突然どうしたんすか? あ、脅かそうとしたって無駄ですよ?」
「いや、そういうわけじゃなくてだな。純粋に興味本位だな」
「はははっ、そんなん見たことあるわけないに決まってるじゃないですか。見てたらテレビに投稿してますよー」
「ふっ、まぁそうか」
「そうっすよー。それじゃ、今度は自分が休憩行ってきますよ」
「ああ、ゆっくりいってこい」
幽霊なんているわけない、か。そりゃそうだよな。
━━━━翌日。
「夜勤3日目だぁ……」
今日の勤務が終わったら明け休みだ……頑張るぞ。
……眠い。眠すぎる。ふらふらしながら職場から最寄りのセブローマートに到着する。
「らっしゃーせー」
んー……何にしようかな。うん、今日はこれでいこ。
オロナミMAXとうぇーいお茶をレジに置く。
「262円でーす」
「交通系電子マネーで。あ、今日夜勤夢見さん?」
「そっすねー」
ピュリンッ とICカードタッチ音が鳴る。
「アメド1……いや、2本お願いって伝えといてもらえますか」
「うぃっす、了解でーす」
高校生くらいだろうか? 若い男の店員さんに今日のアメドを頼んでおく。いやいや、俺もまだ若いからな……
……ふぅ、でも夜勤連続はやっぱしんどいな。
「お疲れ様でーす」
「ん? サンコーか。お疲れさん」
「眠いっすねー」
「ああ、眠いな……もう帰りたい」
「あと13時間くらいしたら帰れますよ!」
「おまっ……現実を突き付けるんじゃねぇよ……」
「現実逃避しても勤務時間は減りませんからね。頑張りましょ」
「……そうだな」
PCが沢山並ぶ部屋で、今日も仕事に励む。
毎日のように同じ部屋で同じようなことを同じような時間に正確にこなす日々を今日も続ける。
仕事ってなんなんだろう。
俺らみたいな仕事ってほんとに必要なんだろうか?
いくらでも替えが利くような仕事をしてていいのだろうか。
暗い海の底に沈んでいくような思考を続けながら、決められた作業をまたひとつ終わらせる。スロット打ちたい。休み増えないかな。
……
…………
「ふーっ……さ、休憩いってくるわ」
「了解でーす。ごゆっくり~」
昨日と同じように、深夜のセブローマートを訪れる。今日も夢見さんと2~3会話し、アメドを2つとコーラも……2つ買った。
「? 珍しいですね? 誰かと食べるんですか?」
と訪ねられて、思わず
「こ、後輩君の分だよ、ははっ」
と謎のウソをついた。ほんとはサンコーのために買ったわけじゃない。
昨日出会った謎の少女……ん? 19歳っつってたっけ? その子がくるかも、って思ってしまったから、つい2個ずつ買ってしまった。
昨日は「犯罪の匂いがする」と思ってビビってたが、人間やっぱり1人だと寂しいのだろうか? あの子がくることを期待してしまった。
普段は1人でいることに慣れている、平気だ、なんて周りに吹聴しておきながら、いざ女の子と会話しながら飲み食いすると、その味を忘れられなくなってしまう。なんとも一貫性のないやつだよ、俺は。
昨日と同じ、職場へ向かう道の横にある階段を登り、ベンチに座る。
「……いるわけないか。そりゃそうだ」
昨日の女の子はなんだったのだろうか。可愛いは可愛いが、どことなく浮世離れしたような……なんていうか、少なくともこの日本では異質にも思える不思議な子だった。
でも、決して嫌な感じではなかった。
そして、その不思議な感覚が……毎日同じ日々を繰り返す俺にとっては、たまらなく甘美なものであるように思えた。
「惚れたとかそんなんじゃないんだよな……もしそうならロリコンだぞ。年齢的にも……見た目的にはもっとドアウトな感じだったし」
さて、もう気にせず1人で夜の休憩をエンジョイしますか。
いつものようにスマホを取り出し、小説家ダマスィーのサイトを開く。
今日は何を読もうかな……
「んー……ん? 世界で唯一のコストカット術師はあらゆるものをコストカットする~か。んー、タイトル長いけどちょっと読んでみるか」
ふんふん……なるほどね。
「お金の単位がドゥルルって……いきなり草生えるわ。さて、アメドを食うか」
コンビニの袋をガサゴソ漁っていると、
「お兄さん、もしかしてアメド食べようとしてる~?」