アメドは至福の味
「はぁー、しんどいな~」
昨日に引き続き、今日も夜勤。勤務開始からようやく6時間が経過したものの、勤務時間はまだ半分残っている折り返し地点。
「早く帰りたいっすね」
「そうだなぁ……夜勤長すぎるよな」
「12時間はやっぱきついっすよね……そんなにやることないし」
ダルそうに椅子にもたれ掛かっているコイツは、俺の後輩で夜勤のもう1人のメンバー、銀座 三晃。みんなは大体サンコーって呼んでる。
「お、夜間のシステム大体処理終わったみたいだな。サンコー、俺は休憩行ってくるよ。すぐそこのコンビニにいるから、なんかトラブったら携帯のほうに電話くれ」
「了解っす~。またアメドっすか?」
「そうだな。やっぱ夜中に食うアメドは格別だからなぁ……んじゃ行ってくる」
「いってら~」
さて、セブローマートに向かうか。
俺の名前は、佐味 大翔。
どこにでもいる……本当にどこにでもいるようなサラリーマンだ。
システム監視の仕事をしており、全国にある店の売上処理や棚卸、マスタ系処理など、夜中にしか動かないような処理もあるのだが、そこに異常が発生すると翌日の業務に支障が出てしまうため、なんかあった時に対処するのが俺たちの仕事。
そこそこ重要な役目を担っていると言ってもいい。
いいと思うが、実際に問題が起こることなんてそうそうない。基本暇である。
くっそ暇だし、安月給な上にやたら拘束時間が長い、といいことなし。
唯一の利点……利点と言うほどでもないのだが、拘束時間が長いため、休憩時間は1人2時間までオッケーというのがまぁ利点っちゃ利点。
そんな休憩時間、人によっては仮眠を取ったり、ゲームしたり漫画読んだりと、使い道はそれぞれだが、俺はとりあえず近くにあるコンビニ、セブローマートに行くのが日課となっている。
「あ、お疲れ様でーす」
「お疲れさん。佐味君は今日もコンビニかい?」
「ははっ、そっすね~」
「身体に悪いもん、食いすぎんようにな」
「うっす」
守衛さんに軽く挨拶してから職場のビルを出る。まぁ、思いっきり身体に悪いもんを食おうとしているんだが。
そういやあの守衛さん、なんだか父さんみたいだな……。
父さんも、コンビニの食いもんは身体に悪いからあんまり食いすぎるなよって言ってたっけ。
ふわっと、新緑の木々の香りが漂ってくる。
もうすぐ7月……。
普通なら気持ちのいい風なのだが、俺はどうも苦手だ。
18歳の時に事故で亡くなった両親のことをふと思い出すからだ。
あの時もちょうどこれくらいの季節だったなぁ。
当時はめちゃくちゃ悲しかったし、泣いたし、環境も一変するしで大変だったな。
両親から遺されたのは僅かな遺産。
後は飲酒運転のトラック野郎からぶんどった慰謝料。
問題はこのトラック野郎からの支払いが割と序盤から滞っていたことだ。
相手にも家族がいて、精一杯の暮らしをしているということで、下りた保険金も、もろもろの支払いや当面の生活費でいっぱいいっぱいってことだった。飲酒運転で事故ったから職も失ったみたいだし。
そんなもんは俺の知ったこっちゃない、と当時の俺は思ったのだが、父親以外の家族は至極全うで、母親やその娘に会った時はボロボロ泣いて土下座をされた。
正直高校生の俺にそんなことをされても困るし、それで別に両親が帰ってくるわけでもない。
多少揉めたが、なんとか分割で慰謝料を払う、ということで話が落ち着いた。
滞る前は月に10万円が振り込まれるはずだったのだが、それ以降は月にたったの2万円となってしまった。
大学への進学は決まっていたが、とてもじゃないがそんな額では親の支援も無しに通うことなんて出来ないと思った俺は働くことにしたのだが、おじさんのつてでありついた仕事が今の仕事だ。
あれから7年。目標も無く、やる気も無く、金も無く、たたあるのは蓄積された疲れだけ、ってところか。
コンビニで色んな新商品を食ったりするくらいが目下の楽しみってわけだ。
我ながら悲しくなってきたな。まぁ、こんな人間、日本中にいるのだろう。
「ん、着いたな」
脳内で考え事をしていると、いつの間にかセブローマートに到着していた。
最近のマイブームはアメド。アメリカンドッグのことなのだが、長いので毎回アメドと略している。
後輩のサンコーに「アメドって……そんな略し方してるの先輩くらいっすよ?」と言われたことがあるが、そんなことないよなぁ……ないよな?
まぁとにかく俺の洗の……教育のおかげで、後輩君もアメドと呼ぶようになった。実に物わかりの良い出来た後輩である。
今日も当然、メインのお目当てはアメドだ。
現在、時刻は3時。
深夜のコンビニでフライ系は置いてないだろって?
まぁたいていのコンビニはそうなんだろうけど、ね。
「いらっしゃいま……あ、佐味さん、こんばんわ」
「夢見さん、こんばんわー」
コンビニのバイトでは珍しく、夜勤に入ってる女性店員の夢見さんが挨拶をしてくれる。
小柄で可愛らしい、小動物のような彼女に癒される人が続出で、彼女目当ての来店客も多いらしい。
俺もまぁ……そうなんだけど。ただ、俺のルックスじゃぁね。相手にもされないだろうさ。いいんだけどね。
「あれ、用意してますよ」
「おおぉ……ありがとうございます。他の商品選んだら買わせてもらいます」
「ふふっ、好きですねぇ」
「ええ、好きなんですよ、アメド」
このコンビニで執拗にアメドばっかり買うようになったら顔馴染みになり、なんと夜中でもアメドを置いといてくれるようになったのだ。
なんて素晴らしいサービス精神!
レジ横のフライコーナーには燦然と輝くアメドの姿が……!
今日はとりあえずあれは確定として。さて、何を買うかな。
正直今日はあんましお金がない。夜勤前にスロット打っちゃったせいで……打っちゃったせいというか負けちゃったせい、なんだけど。
こないだの6月6日、激アツの6の付く日は朝から並んで抽選も良番引いたんだけどなぁ……周りは「こぜ6」挙動でかなり出てたのに、俺は追加投資の連続で記録的大敗……「こぜ1」だったあの悪夢さえなければまだ多少余裕あったのになぁ。そして今日も負けたと。
※こぜ6……これ絶対設定6=このスロット台、絶対設定6だろ、の意味。スロットにおいて設定6とは一番いい設定であり、最も勝ちやすい設定であり、克つスロッターなら誰しも座りたい夢の設定である。
逆に1が一番負けやすく、パチ屋で最もよく見かける最低設定である。
例外ももちろんあるので、ツッコミはご容赦下さい。
あーあ、自由に設定変更出来る能力があったら高設定ばっか打ちまくるのになぁ……お、このフルーツゼリー新商品か。アメドばっかじゃ身体に悪いし、これも買っとくか。
……ゼリーって身体にいいのか? よくわからんから野菜ジュースも買っとくか。野菜これが一番を1本、っと。こんなもんかな。レジ行こう。
「お願いしまーす」
「あ、はーい。アメリカンドッグも、ですよね」
「うんうん」
ピッ、ピッ、と商品を読み込む夢見さんの顔を覗き込む。
よくないんだろうとは思いつつもチラチラ見てしまう。
(やっぱ可愛いなぁ……こんな人がなぁ……俺の彼女になってくれたらなぁ……)