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99.向かった先は

「……なあ。まだ歩くのか?」


「弱音を吐くんじゃねえ! あとちょっとだから我慢しろい!」


 事件から二日。俺は……なぜかイレーナに連れられ、街の外を歩いていた。

 朝一番に彼女に呼び出されたのだ。どこに行くかも告げずに引きずり出してくるあたり、相変わらず彼女らしい。


 大会が終わって、俺たちの日常は急速に元の色を取り戻し始めていた。

 事件の翌日、精霊のラウハイゼンが復活したと報告を受けた。二週間もあればそっくりそのまま復活すると聞かされていたわけだが、本当に何も変化がなくて驚いた。


 ラウハが復活した後の最初の俺の仕事は――謝罪。

 というのも、理由はただ一つ。<スライジング・バースト>が森の木を消し飛ばしてしまったからである。

 <スライジング・バースト>の威力は俺の想像をはるかに超えていた。俺の手のひらから放たれた雷の濁流は、ゴーレム少年を巻き込んだ後、森の木を文字通り木っ端微塵にしてしまった。


 森の守護者である彼のことだから、半殺しにされるのだと思っていたが、意外にもおとがめなしで許された。曰く、


『ハッハッハ、別に構わんよ。森に雷が落ちたと思えばよくあることだからな』


 ――ということらしい。かなり緊張していただけに、拍子抜けした。

 それから、『森を守ってくれてありがとう』とも言われた。イルザとウィリアムの二人から事情は聞いていたらしく、三人とも俺に感謝してくれているらしい。


『我が友人アルクスよ。貴殿には何度も助けられてばかりだ。改めて感謝をしよう』


 ラウハの口からそれを聞いたときは、なんだかむず痒い気持ちになった。


 それから、事件について。


 オルティアに侵攻してきたマシューたちの軍は、無事追い払うことができた。森への被害も、俺の魔法による影響以外はほとんどない。

 ダンの一件でオルテーゼ家が没落し、力が弱まったタイミングを狙われていた。

 奴の目的はおそらく、領地を奪ってしまうこと。大会で人が集まっているタイミングで作戦を仕掛けるのは、理にかなった作戦だと言える。


 しかし、マシューの策略は失敗に終わった。ゴーレム少年は破れ、<インビジブルウォール>も効果が切れてしまったらしい。

 今回の一件はギルドを通じて王都に伝わるらしく、しばらくすれば何か対応されるだろう。

 どのみち、侵略をしようとしたマシューに厳しい対応がとられることは容易に想像がつく。ましてや、彼は計画に失敗しているのだ。


 そして、英雄闘技会について。結論から言えば、大会は勝者無し、という話になってしまった。

 なんせ、決勝の戦いは、不正を行ったバリーたちと、派手な場外乱闘を起こした俺たちとで、ほとんどまともな『試合』の形にはなっていなかった。仕方ないと言えば仕方ない。


 ちなみにバリーとエルゲンのコンビは、不正を行ったので逮捕。バリーは怪我がひどいので治療を行ってから投獄されるらしい。


 街が一つ乗っ取られてしまうような大事件だったわりに、犠牲は最小限に抑えることが出来た。大会も、イレーナの評判が地に落ちて終了――なんてひどい結果は避けることが出来た。

 客観的に考えれば、今回の俺の動きはほぼベストだっただろう。しかし、同時に複雑な気持ちでもあった。


 大会の優勝者なし。それは言い換えれば、イレーナは初めての大会の優勝を逃してしまった、ということになる。

 そのことを知ってから今日まで、俺の心には少し靄がかった気持ちが渦巻いていた。


 俺は――ちゃんとやれたのだろうか。

 表面だけ見れば、上手くやれたと言えるのだろう。でも、一生懸命やろうとしても、俺はいつも取りこぼしてしまう。今回だってそうだ。イレーナの優勝、ゴーレム少年、そして森。


 駄目だな。俺は取りこぼしてばかりじゃないか――。


「アルクス!」


 その時、隣を歩くイレーナが俺の名を呼んだ。何かと思っていると、彼女は語り始めた。


「今日は、アルクスに言いたいことがあって呼びだしたんだ」


「言いたいことって……休みの日にこんなに遠出しないと駄目なのか?」


「駄目だ! あたしにとっては大事なことなんだよ!」


 てやんでい、と付け加えてイレーナはぷいっとそっぽを向く。どうやらよほど重要なことらしい。


「で、いいかげんどこに向かってるかくらい教えてくれよ――」


 イレーナに聞いたとき、俺の鼻腔に独特な香りが漂ってきた。

 しょっぱいような、青臭いような、なんとも表現しがたい香り。これは――磯の香りだ。


「お、ついたぜアルクス! 来たかったのはここだ!」


 そこは、海だった。

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