98.化け物の未来【SIDE:ゴーレム】
「街から失せろ化け物! お前がいると街が汚れるんだよ!」
怒りに満ちた叫び。俺の何倍も体格がデカい男は、俺の体をボールのように蹴り上げた。
腹部に走る激痛。言葉がわからなかった俺は、ただその痛みに耐えながら蹴られ続けることしかできなかった。
夜の街。俺は己の運命を呪った。
俺はどうやら『貧民』と呼ばれる部類の人間に生まれてしまったようで、物心がついたときから路上で生きていた。
両親はいない。だが、貧民街にはそういうやつは珍しくなかったので、特別気にすることもなかった。
いつ拾ったのかも覚えていない薄汚れた布を身に纏い、俺は街を歩く。毎日の困りごとと言えば食料のことだろう。
毎日、人通りのある路地に座り込んで物乞いをした。時には自分から食料を探して歩き回ったこともある。そうしていれば時々、食べるものを手に入れることができた。
たまに何かを言われることもあった。だが、俺は言葉がわからない。だから人から悪意を浴びることは大丈夫だった。
しかし、暴力は別だ。殴られれば痛いし、骨も折れる。俺は時々怒りのはけ口にされることがあった。大人の男から集団の子供まで、相手は日によって様々だ。
それでも、俺には生きていくほかなかった。だからどんなことにも耐えた。
俺の中で運命が変わったのは十歳のある日。いつものように、俺は大人の男に暴力を振るわれ、ただ耐え続けていた。
口の中に広がる鉄の味。じわじわと痛む腹部。それはいつものことだったが、同時にふつふつと怒りの感情が湧き上がってくるのも感じた。
――なぜこんな目に合わなければいけないんだ。
――なぜ俺が殴られる? 俺が何か悪いことをしたのか?
それは『怒り』だった。地面に這いつくばったまま、俺は拳を強く握った。
その時だった。生まれて初めて、力がみなぎってくるのを感じた。今思えば、あれが<ゴーレム>との出会いだった。
俺は全身に感じる力をそのまま目の前の男にぶつけた。それは文字通り、<力の原点>。
怒りが収まり、正気を取り戻した時には、男は動かなくなっていた。これが俺の初めての人殺しだった。
男の死体を前に、俺は怖いような、スカッとするような、複雑な気持ちのまま、その場から逃げ出した。
しかし、そのツケはすぐに回ってくる。
「このガキが……? 情報は確かなのですか?」
翌日、俺は複数人の男に取り押さえられた。
その中心の人物にいた男は、特に異様な雰囲気を放っていた。貴族のような身なりで、異常にガタイがいい。
俺は男を殺した時のように拳に力を込め、力の限り暴れた。そんな俺を見て、男は言った。
「どうやら『当たり』みたいですね」
それから俺はマシューに連れられ、実験台にされ続けてきた。奴の関心は俺ではなく、俺が持つスキル。
どうやら俺は珍しいスキルを持っているようで、それに目を付けたマシューは、その限界を引き出すために様々なことをした。
ある時、指定された場所に行くと、そこにいたのは両手両足を縛り付けられている二人の男だった。
「殺しなさい。その二人は罪人です。アナタが悪人を処刑するのです」
「や、やめてくれ!! 殺されるような罪じゃなかったはずだ!! 何か、何かが間違っている――」
嗚咽する罪人を、俺は拳で叩き潰した。一人や二人じゃない。数えきれないほど。
俺は醜い化け物になり果てた。マシューの下で人を殺し、経験値を溜め、言葉を覚えていくごとに人間らしさはなくなっていく。
*
「――起きなさい! ゴーレム!! いいかげんに目を覚ましなさい!」
車輪の音とマシューの声で、俺は覚醒した。ここは馬車の上。
屋根の下、奴は不機嫌な表情で俺を見やった。
「まったく、アナタは何をやっているのですか!? あんな雑魚を相手に手こずり、挙句の果てに負けるなんて!」
あの日俺に暴力を振るっていた男と同じ目をしている。怒りに満ち溢れた目。
「おかげでオルティアでの素材集めは失敗です! これは全て、アナタが悪人だからです!」
「俺が――悪人」
「そうです! おかしいでしょう? ワタシが善人なのに、計画が失敗するはずがない。だとしたら理由はただ一つ、アナタが悪人だからです!」
マシューの罵倒を浴びながら、俺はぼんやりと、違うことを考えていた。アルクスとかいう、あの男に言われたことだ。
『君は、俺が今まで戦ってきたどの相手よりも強かった。だから、奪ってきた命のぶん、他の誰かを助けるんだ』
『できる。人間を経験値にした怪物は、さっきの俺の攻撃で倒したから』
化け物と呼ばれ続けた人生だった。醜く、それでも懸命に生き続けてきた。このまま奴の実験動物として生きていくのだと思っていた。
しかし――本当にそれでいいのか?
「聞いているのですか!? アナタのせいだと言ってるんです!!」
「……なあ、お前にとって俺は化け物か?」
口をついて出たのはそんな言葉。
「なんですかその口の利き方は。そうに決まっているじゃないですか、アナタは立派な化け物です!」
その瞬間、俺の中で何かが吹っ切れた。
「ステータスオープン」
――
? 男 16歳
レベル1
スキル
<ゴーレム>
経験値残量:120
<身体強化>……使用経験値10。1分間、自身の攻撃力を高める。
<銀色の爆裂>……使用経験値50。爆発を纏ったパンチを繰り出すことができる。
<黄金の衝撃波>……使用経験値200。遠距離への衝撃波の発生。
<壊れない双璧>……使用経験値500。両腕の硬度を上げ、盾とする。
<比類なき豪傑>……使用経験値1000。強烈な連撃を放つ。
<最硬にて最強>使用経験値3000。5分間、自身の硬度を高め、身体能力を高める。
――
一応、まだ経験値は残っているらしい。最もいい使い方は――肌感覚でわかる。
「その目はなんですか!? アナタは悪人なんですよ!? その自覚は――!?」
俺は手のひらをマシューの顔に近づけた。途端、奴が目を見開く。
「な、な、な、何をしているんです!? アナタ、自分でやっていることの意味がわかっているんですか!? そんなことをすればワタシが――!」
「悪いな。俺は悪人なんだ」
「ま、待ちなさい!! やめろおおおおおおおおおおお!!」
馬車の中を白い光が包む。<銀色の爆裂>だ。マシューは断末魔を上げて逃げようとしているが、既に遅い。
怪物は死んだ。だからこそ、ここから先の道は俺が作ってみせる。
激しい爆音とともに、馬車が崩れていく。