210.目的地はアズマ
「あいつ……なんて強引なんだ」
部屋から排除された俺は、ギルドの中で尻もちをついていた。
扉は閉まっていて、開ければシドレラの部屋に繋がっているかもしれないが――期待はできない。追い出されたんだから。
「あ、いた! アルクスちょっと!」
呆然としていると、俺の肩を誰かが掴む。
ライゼだ。鬼の形相で俺に詰め寄り、立つように促してくる。
「どこ行ってたのよ! 約束の時間過ぎてる! クレープ! 限定20食!」
「落ち着けって! 言わなきゃいけないことがあるんだよ!」
怒りのあまり断片的な単語で主張してくるライゼを、俺は必死でなだめる。
さっき起こったことをライゼに説明すると、彼女は納得して落ち着いてくれた。
「事情はわかったわ。……で、アンタは信じるの?」
「信じるって?」
「そのシドレラさんの言うことをよ。その人はミラさんの妹らしいけど、別に証拠があるわけじゃないでしょ?」
「……信じるに足る証拠があるわけじゃない。だけど、俺は信じる」
シドレラから感じたあのオーラは、確かにミラさんと何か通じるものがあった。おそらく、彼女がミラさんの妹だというのは本当だ。
そのうえで、彼女が何を考えているのかがわからないのだ。
「でも、なんでシドレラさんはアルクスの前にだけ姿を見せたのかしらね」
「そこなんだ。シドレラは過去と未来の全てを見通せるって言ってた。だとしたら、ミラさんと親しかったライゼが一緒にいるタイミングで姿を現してもよかったと思うんだ」
「……多分、ユニークスキルが原因じゃないかしら」
ライゼは手探りで思考を巡らせる様子で、仮説を話す。
「アルクスの<スライム>は、ミラさんやシラユキのスキルと並ぶくらい強力なもの。おそらく、これから起こることに、アルクスが関係するんじゃないかしら」
「これから起こることって?」
「具体的なことはシドレラさんしかわからないわよ。でも、箱舟はユニークスキルを持つ人たちが集まってる。関係ないとは思えないわ」
ユニークスキル。箱舟。そしてシドレラ。
この世界にいったい何が起こっているんだ? 奴らの思惑の背後に何がある?
「……とはいえ、こんなところで考えても仕方ないわよね。で、次はアズマに行けって言われたのよね」
「そうだ。俺はシドレラの言うことを信じてみようと思う」
「じゃあ、次の目的地はアズマね」
「今、アズマって言ったか!?」
その時、俺のすぐそばで耳をつんざくような大声が聞こえた。
「……イレーナ? なんでこんなところに?」
「そんなことはどうだってよくて! 今、アズマに行くって話してなかったか!?」
「声がデカいな! ああ、そうだよ! これから俺たちはアズマに行くんだ!」
俺の返答を聞くと、イレーナは宝石でも見つけたときのように目を輝かせ、俺の腕にしがみついてきた。
「てやんでい! あたしも連れていけ!!」
「駄目だ! 遊びに行くんじゃないんだぞ!」
「連れてけ! そんな連れないこと言うなよ!!」
イレーナは俺の腕にしがみついたまま、じたばたと暴れ始める。
そういえば、イレーナは東の国に影響を受けてるんだっけ。それならこの暴れっぷりも納得がいく。
「ねえ、アルクス。このタイミングでシドレラさんが姿を現したのって……」
「ああ、俺もそう思う」
シドレラと俺が出会い、次の目標がアズマに定まる。
部屋から出た後、ライゼが現れてシドレラについての話になる。
ちょうどそこにイレーナが現れて、彼女がアズマに行きたいと言い出す。
出来すぎている。まるで、あらかじめ引かれたラインに沿って歩いているように。
これはおそらく、イレーナをアズマに連れて行けということなんだろう。
「お願いだアルクス! アズマはあたしにとって憧れの場所なんだ! 鍛冶職人として技術を上げるためにも、東の国の技術を観に行きたい!」
「そういえば、なんでイレーナはアズマが好きなんだっけ?」
「……昔、アズマのサムライに会ったことがあったんだ。その人と、世界一になることを約束した」
そんな話を、前に海でした気がする。英雄闘技会の後だ。
「そのサムライの名前はわかるのか?」
「いや知らない。でも、あたしはどうしてもアズマに行きたいんだ! 連れて行ってくれ!」
どうやら彼女は真剣に海を渡りたいと思っているようで、珍しく深々と頭を下げてきた。
「わかったよ。ただし、観光に行くわけじゃないからな?」
「よっしゃあ! さっすが、アルクスは最高のべらんめぇだぜ!」
……これは褒められてるのか?
「メンバーはアルクスと私とイレーナの3人ってこと?」
イレーナの参加が確定したところで、ライゼが指を折って人数を数えた。
「いや、俺たちはアズマのことを知らない。だから、案内をしてもらおう」
「案内って、誰に?」
「知り合いにいるだろ。アズマ出身の人が」
俺はワープスライムを召喚し、行き先をモントロリアに指定した。