208.悠久の魔女
「お疲れ様。フェンリルの討伐報告を確かに確認しました。報酬はいつも通り、口座に入金でいいのかな?」
「それでお願いします。しばらくは引き出さないと思うので」
「本当、アル君にはいつも助かってるよ。今回のクエストもアル君がいなかったら緊急クエスト行きで、たくさんの冒険者が危険な目に遭ってたと思う」
シエラさんはそう言って、書類をまとめ始める。
ローラたちと仲直りしたシエラさんは、仕事にさらに勢いを取り戻し、最近はかつて以上に張りのある笑顔を浮かべるようになったような気がする。
「……何ジロジロ見てるのかなー?」
シエラさんは書類を片付けた後、俺の視線に気づいたのか、胸元を隠し始めた。
……そこを見てたわけじゃないんだけど。
「懐かしいなあ、少し前はスライムの核で腰を抜かしてたのに、今ではS級クエストをクリアするのが当たり前なんて」
「お互い成長したって感じですね」
「成長といえば、アル君のレベル上げのほうは順調?」
「それが、そうでもないんですよね」
1か月でレベル100を目指す――とライゼに宣言したものの、進捗は芳しくなかった。
ダンジョンの最下層が45層。そこに出現するモンスターが、レベル67だ。
それも、フロアボスという性質から、頻繁に倒せるわけではない。
俺が寝ている時間にスライムたちを稼働させても、なかなかレベルが上がる水準まで経験値を集めることが出来ない。
おまけに、シノは「アルクス様のためなら24時間稼働します。従わない者は私が強制します」とか言い出しちゃうし……。
「――というわけで、厳しい状態なんです」
「よくわからないけど、色々苦労してるんだね。それじゃ、目標を変えてもいいんじゃない? なにも急いでるってわけじゃないんだし、そもそも1か月でレベルを20以上アップさせるのは難しいよ」
「……いえ、それは嫌なんです」
シラユキにミラさんを殺された。あの時、もう少し俺に力があれば、何かできたかもしれない。
もう、あんな思いはしたくない。
「だいぶ覚悟を決めてるみたいだね。大丈夫、止めたりしないよ」
「すみません。シエラさんの考えの方が正しいとは思うんですけど」
「ううん。アル君が決めたことなら、私はそれを尊重したい。だから、アル君はもう少し人を頼ってもいいんだよ?」
「そうですよね、ありがとうございます」
シエラさんは優しく微笑み、椅子に座って俺と向き合った。
「でも、強いモンスターがいないっていうのは大変だね。昔と比べれば、贅沢な悩みなのかもしれないけど」
問題はそこだ。
ダンジョン最下層のモンスターですら推定討伐レベルが67なのに、どうやってシラユキはレベルを100まで上げた?
奴はミラさんと因縁があったみたいだから、長生きしている間に上げたのかもしれない。だけど、彼女が所属している箱舟には同じくらいの猛者が多くいるはずだ。
そのメンバーが全員、シラユキと年が近い――とは考えがたい。
何か、俺が気づいていないレベル上げの方法があるはずだ。奴らはその重要なカギを知っている。
「見当もつかないことって、考えるのも大変だよね。こういうとき、魔女様なら何か知ってるのかな」
「魔女……? 今、魔女って言いましたか?」
「昔、本で読んだことない? 二人の魔女様のお話」
「詳しく聞かせてくれませんか?」
魔女、という言葉に、俺は自分で思っている以上に反応してしまった。
もちろん、ミラさんのことを想像したからだ。
でも、二人ってどういうことだ?
「二人は姉妹で、姉が最果ての魔女。妹が悠久の魔女」
「最果てと――悠久? 対にもなってないし、変な組み合わせじゃないですか?」
「それがそうでもないの。最果ての魔女は、世界のどこかにいるから、探し続ければ見つけられるの。だけど、悠久の魔女は世界のどこにでもいるけど、見つけられないの」
言っている意味がよくわからない。どこにでもいるけど、どこにもいない魔女……?
「まあ、ここは難しくて私も理解できてないんだけどね。要するに、最果ての魔女と違って、悠久の魔女はこっちから会いに行くことはできないの」
「じゃあ、どうやってその存在を確認したんですか?」
「悠久の魔女は、必要だと思ったタイミングで、必要な人にだけ会いに来るの。だから、どこにでもいるってこと」
要領を得ないなあ。とはいえ、シエラさんに詰めても的確な答えが返ってくるわけがないし。
「その魔女なら、俺の疑問を解決してくれるかもしれませんね」
「ま、それは単なるおとぎ話だから、私も信じてないけど。いたらいいよね」
長い世間話でシエラさんを拘束しても良くないし、俺はお暇するか。
「長話をしてすみません。ライゼにクレープに付き合わされる約束をしてたので、そろそろ行きます」
「ライゼさんだけじゃなくて、私もちゃんと食事に誘ってね? ローラたちもアル君に会いたがってるみたいだから」
あの三姉妹と一緒に食事をすると、俺だけ少食に見られそうだな。
俺は頷くと、席を立つ。
悠久の魔女――か。
最果ての魔女――ミラさんが実際に存在した以上、その人物も実在するかもしれない。
だけど、自分から会いに行けないんじゃどうしようもないよなあ。
俺はギルドの扉を開き、外に出た。
違和感に気づいたのは、その時だった。
「……あれ?」
外に繋がっているはずの扉を開いたのに、なぜかその先も部屋になっている。
おかしいな、間違えたか? でも、いつもここから出入りしてるはずなんだけど……。
「早く入るんだね」
呆気に取られていたその時、女性の声がした。
前を見ると、いつの間にやら、一人の少女が俺の前に立っていた。背は低く、まるで子供のようだが――雰囲気が大人びていて、ただ者じゃない感じがする。
「君は……誰だ?」
「私はシドレラ。悠久の魔女。そう言われてるだね」
悠久の、魔女――?