207.洞窟の狼
「マズい! 逃げろ!」
洞窟内に響き渡る冒険者たちの叫び声。水溜まりを踏みしめると、飛沫と音が鳴る。
「グルルルァァァッ!!」
「なんでこの洞窟に、あんなモンスターがいるんだよ!?」
3人の冒険者たちが逃げてきた方向には――一匹の獣がいた。
獣は銀色の体毛に全身を覆われた狼。体長は人よりもかなり大きく、体高2メートルはあるだろう。
そして狼の口元には、鮮血がべったりと塗られたいた。3人の冒険者の仲間のものである。
男たちは、A級冒険者であった。S級には一歩届かないものの、ギルドでは一目置かれるような――そんなカリスマ的存在。
そんな彼らが、必死の形相で逃走しているなんて、街の誰が想像できただろうか。
だが、それは男たちが臆病だからではなかった。目の前の脅威が、圧倒的だったからである。
男たちが狼に遭遇したのはおよそ2分前。その時は一人も欠けず、4人でいつも通りの冒険をしていた。
しかし、変化は突然に起こる。
メンバーの一人が、狼を見つける。そして、他の仲間に報告しようとする。1秒。
しかし、狼の鋭い眼光に気圧され、声が出ないことに気づく。1秒。
他のメンバーが、動かない異変に気付く。前の動作から、10秒が経過していた。
その時には既に、彼の視線の先に狼はいなかった。
そして、刹那。最後尾にいた剣士が頭を食いちぎられた。
事態の深刻さを理解する、1秒。
彼らは直感的に、目の前の脅威が自分たちでは対処できないものだと判断した。
故に、持ちうる全ての手段を使って狼を足止めし、全力で出口へ向かった。
「誰か! 誰かいませんかッ!」
「そんなこと言ったって、あんなモンスターに太刀打ちできる奴なんかいねえよ!」
「急げ! 追いつかれるぞ!」
その時、メンバーの少女が足元に石につまずき、ぬかるんだ地面に倒れた。
「ああっ! マズい、助けないと!」
「馬鹿! 追いつかれるぞ!」
「いやあああああああああああああ!! 助けてえええええええええええ!!」
2人は、決断を強いられていた。
仲間を切り捨てなければ、自分たちが死ぬ。だが――かつて死地を何度も乗り越えてきた少女は、背後で食い荒らされることになる。
「や、やるしかねえ!!」
「馬鹿、止めろ!」
その時、槍使いが走った。涙を浮かべた目で、狼に向かって。
この場にいる誰もが、それが死を意味することを理解していた。彼らは、決断しなければいけなかった。
――その時だった。
「よいしょっ!」
気の抜けた声が、彼らの耳朶を打った。それと同時に、狼の体が打ち上げられ、洞窟の天井へ叩きつけられる。
「……え?」
「な、何が起こったんだ……?」
3人が混乱していくと、1人の女が2人の方を叩く。
「アンタたち、さっさとその子を連れて洞窟を出なさい」
「そういうこと。立てるか?」
「は、はい……」
そしてもう一人。少女に手を伸ばす男。
少女はこの時、『光明が差した』と感じた。先の見えないほどの暗闇が支配するこの洞窟に――英雄が現れたのだ。
「アルクス、今日のターゲットはあいつよ。S級クエストの討伐対象、『フェンリル』」
「あいつが? なんか……思ってたのと違うな」
「つべこべ言わずにやる!」
「まあ……いい実験台にはなりそうだな」
男はそう言うと、首を鳴らし、大きく息を吐いた。
すると、彼の手足に紫色の電流が走っていく。
「雷魔法……それも、高度に練られて紫色になっている!」
「<赤雷神速>」
刹那、男の体を纏う雷が一気に赤色に変わり、姿を消した。
「な、どこに!?」
「グルルォォォッ!!」
3人が辺りを見渡したその時、狼が大きく吠えた。
――かと思うと、まるで魂が抜けたように、地べたに横倒しになる。
その死体の上には、男の姿があった。
「あなたたちは……一体、何者だ?」
「俺はアルクス。こっちはライゼ、間に合ったかどうかはわからないけど――とにかく、3人が無事でよかったよ」
男は一見すると普通の青年だが、ただならぬ風格を兼ね備えていた。
隣に立つ少女はまるでルビーを擬人化したかのような美しさであり、3人にとってこの2人はあまりにも異質だった。
「待てよ――アルクスとライゼって、聞いたことがある!」
その時、槍使いがあっと声を上げ、二人を指さした。
「冒険者ランキング世界1位――最強の冒険者、アルクス・セイラントとライゼ・メイトランドだ!」
2人は顔を見合わせると、ニヒルな笑みを浮かべた後、静かに答えた。
「俺たちは最強じゃない。でも、いつか最強になる冒険者さ」
今回より5章が始まります!
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