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206.追憶

「……ということがあったんだ」


「なるほど、外の世界のもう一人の私……ですか」


 事件の日の夜。俺は夜眠っている間にノアに日中のことを話しておくことにした。


 ロイドを倒した後、突然姿を現したノア。……いや、もう一人のノアと言うのが正しいだろう。

 もちろん、本物のノアが外に出たという事実はなかった。だから、あれは別人なのだ。


 だけど……あんなに似ている人が存在することなんてありえるんだろうか。


「他人の空似……ではないんですよね」


「うん。あれは間違いなく、ノアだった」


 ノアは俺の返答を聞き、『そうですか……』と言って表情を曇らせる。


 複雑な心情だろう。自分の正体がわからないうえに、自分と同じ顔をした人間がもう一人いるなんて聞かされたならなおさらだ。


「6年前にアルクスさんを助けに行った私は、口数が少なかったって話でしたよね?」


「うん。母さんはそう言ってた」


「そして、アルクスさんが見た私も、一言も喋らなかったんですよね?」


「……そうだね」


 ノアが言わんとしていることはわかる。過去に母さんが見たノアと、俺が見たノアは特徴が一致している。

 その部分だけ切り取れば、二人のノアが同一人物である可能性が高い。


 ノアの表情はますます暗く、泣きそうになっていく。

 叱られた子犬のような様子の彼女を心配させたくない思いから、俺は彼女の頭を撫でた。


「……ありがとうございます。ちょっと考えすぎですよね」


「ノアが心配になる気持ちはわかるよ。でも……俺にとってのノアは、今目の前にいるノアしかいないから」


「アルクスさんはとっても優しいですね。……そうですよね、きっと大丈夫です」


 ノアはそう言って笑うと、いつもの調子に戻ってこちらに向き直った。


「それより、アルクスさんもかなりお疲れでしょう。試練が終わって、街のモンスターと戦って……リュドミラさんを失くされて」


 王都の襲撃は、数百人の市民がロイドによって取り込まれ、多くの建物が破壊された。


 しかし、悪かったことばかりではない。ミラさんが早くに駆け付けたおかげで、ローラ以上の敵が何人も暴れた割に、被害はかなり抑えられた。

 ミラさんが作り出した宝珠をロイドに飲み込ませたことによって、山が崩れるようにしてロイドの体が溶けだし、取り込まれていた人が戻ったのだ。


 被害者は、わかっている範囲で10人以下。死亡者はいない。

 ここまで被害者を減らすことが出来たのは、ミラさんがいたからだ。


「ごめんなさい! 無神経なことを言って!」


「いいんだよ。全部、本当のことだ」


 ミラさんは、死んだ。それ以上はあまり考えないようにしている。


「アルクスさんは、これからどうするつもりですか?」


「そうだな、ノアについても調べたいし、箱舟(アーク)が何を企んでいるかも気になる」


 ……それに、シラユキは絶対に俺が倒す。


「……そうですか、アルクスさんが決めたことなら、私は納得できます」


「うん。じゃあ、今日はちょっと疲れたから寝ようかな」


「――アルクスさん!」


 いつものように目を覚まそうとしたら、ノアが俺を止めた。


「どうした?」


「何か困ったことがあったら、私を頼ってくださいね! ……私は、アルクスさんの痛みが全部わかりません。だけど、一緒に傍で分かち合うことはできますから」


 ……そうだよな。

 困ったらノアに相談すればいいんだ。


 正直、ミラさんのことを考えれば考えるほど、シラユキのことが憎くなっていた。

 自分では気づかないフリをしていたが、彼女を次に見たとき、俺は殺意に飲まれていたかもしれない。


 でも、今の言葉に救われたような気がする。

 俺の近くには仲間がいるんだ。だから、この想いも一緒に乗り越えて行けばいい。


「優しいな、ノアは」


「それ、さっきの私の真似ですか?」


 俺は最後にノアと笑顔を交わし、目を覚ました。



 事件の翌朝、俺とライゼは集合し、墓地へと移動した。


 今日は、ミラさんの葬式だ。参列するのは俺とライゼの二人だけ。


 葬儀は粛々と行われ、彼女の骨は墓地に埋められた。その上から、墓石が置かれる。

 刻まれたリュドミラという文字を眺めながら、俺たちは手を合わせた。


「……結局、家名はわからなかったわね」


 ミラさんの墓石の上に、花束を置く。

 彼女は、『花より食べ物のほうが好きさね!』なんて言いそうだけど。それも含めて、この時間が心地いい。


 ……さよなら、ミラさん。


「なあ、ライゼ」


「ん? なに、ミラさんの話?」


「いや、ライゼには言っておこうと思って……」


 ミラさんを失って、改めて、今の自分を見直した。


『俺たち、強くなります! あなたに教わったことは、絶対に忘れません!』


 やっぱり俺は強くなりたい。でも、それはシラユキを殺すためじゃない。

 もう、こんな悔しい思いをしたくない。悲しむ人を増やしたくない。そのために――、


「目標は――1か月後かな」


「だから、何の話よ?」


「俺はレベル100を目指すよ。1か月後の今日、レベル100になる」


「はあああああああああああああ!?」


 冗談でもなんでもない。これは、本気だ。

 俺は強くなる。そのための通過点(・・・)として、レベル100になってやる。


「まあ、アンタのことだからそんな感じのことを言ってきそうな気はしたけどね」


「そういうわけで、悪いけどこれから一緒に頑張ろうぜ」


「……ええ、どこまでもついていってあげるわよ」


 俺たちは拳をぶつけ合うと、破顔した。


「おい、アルクス!」


 その時だった、墓地の入口の方から俺を呼ぶ声が上がる。

 バタバタという激しい足音。遠くからでも聞こえてくるゼーゼーという荒い呼吸。


「ライネスさん?」


 俺を呼んでいたのは、サリナ村の商人のライネスさんだ。

 彼は一目見ればわかるほど焦っている様子で、俺たちのところに来ると、息を整えた。


「お前、森の魔女に会ってたって本当か!?」


「本当ですけど……それがどうかしたんですか?」


「実は――俺、子どもの頃に魔女に会ったことがあるんだ!」


 ライネスさんが慌てた様子でまくし立てた。


 聞けば、彼は子どものとき、家出をして魔女の森に忍び込んだことがあったらしい。

 しかし、子どもがそんなところに行けばどうなるかは火を見るより明らかだ。結果的に、モンスターに襲われた。


 その時だった。


『子どもがこんなところに来るなんて、何考えてるさね!』


 その言葉とともに、ミラさんが彼の前に現れたのだという。


「俺は、あの人に命を救われたんだ! 出来ればお礼が言いたい!」


「……残念ながら、それは出来ません」


 俺はライネスさんに、目の前の墓石を示した。

 ライネスさんはそれを見て静かに項垂れると、1分ほどしてようやく口を開いた。


「……なあ、教えてくれないか。魔女は――リュドミラさんはどんな人だったんだ?」


「ミラさんは――」


 ミラさんは。


『そう警戒するんじゃないよ。一応、アンタらを助けてやった命の恩人なんだから、感謝くらいしたらどうさね!』


『……アタシは弟子は取らない主義なんだ。当たるなら別のところを当たりな』


『気が変わった! アンタら、うちに住みな!』


『アタシはね、嬉しかったんだ。アンタたちが強くなっていくのを見て。最初に会った時と今じゃ、見違えるようさね』


『アタシはリュドミラ――』


 あの人は、俺たちにとって。


「僕たちの目指す場所の――最果ての魔女です」

ここまで読んでくださってありがとうございました!今回で4章が終わりです。

次回から変わりなく5章が始まりますので、引き続きお楽しみください。


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