205.残す者は上を向き笑った
「探さないと……スライムたち、シラユキを見つけてくれ!」
奴はまだ近くにいるかもしれない。そんな一縷の望みに賭けて、俺はスライムたちを動かした。
だが、それもかなり薄い望みだ。俺はやり切れない思いから地団太を踏む。
「アルクス! それより、ミラさんが!」
ライゼがミラさんの肩を掴んで叫んでいる。
そうだ、今はミラさんが最優先だ。俺は彼女の元へ駆け寄る。
「ミラさん! 返事してください!」
俺は治癒スライムを召喚し、ミラさんの回復に入る。
しかし、触れたミラさんの体は冷たく、動く気配がない。
嘘だ。そんなわけがない。あのミラさんだぞ? きっと、<創造者の想像>でなんとかして、起き上がるよな?
「起きてください! ミラさん! お願いだから!」
『殺したのよ。もうそいつは死んだの。立ち上がることはない』
俺もライゼも、必死に叫んだ。動かないミラさんの体を揺さぶり、彼女に目を覚ますように促す。
だが、そうすればそうするほどに、シラユキの言葉が脳裏に反響する。
「うわあああああああああああああああああああ!!」
ライゼが子どものように声を上げて泣いた。俺も、もうとっくに涙で視界がぼやけている。
もっと教わりたいことがあったのに。こんな形で終わりなんて――、
「――うるさいねえ」
その時だった。
ミラさんがゆっくりと目を開くと体を起こした。
「「ミラさん!!」」
「アンタたちが騒ぐから、戻ってきちゃったじゃないさね。……といっても、時間はもう残ってないけどね」
「どういうことですか……? ミラさんは生きてたんじゃ……」
「馬鹿おっしゃい。アタシは確かにシラユキに殺された。今アタシが喋ってるのは、<創造者の想像>で死んだ後に3分だけ動けるようにしてるからさね」
掴みかけた希望は、すぐに色を失った。
ミラさんが死ぬことは確定している。――それも、3分後に。
「そんな!? だったら今、<創造者の想像>で回復すれば――」
「無理さ。死んだ生物を蘇らせることは神でもなければね」
「じゃあ――その力を使ってシラユキを倒せば、応急処置が間に合ったかもしれないじゃないですか!?」
「確かにそれも出来たかもね。でも――それより、アンタたちと話がしたかったのさ」
ミラさんは血が付いた頬をにっこりと緩め、俺たちを見る。
「アンタたちは今よりもずっと強くなる。それを伝えたかったんだよ」
「なんで――そんなことのために!?」
「大事なことさ。アタシはね、嬉しかったんだ。アンタたちが強くなっていくのを見て。最初に会った時と今じゃ、見違えるようさね」
ミラさんが手のひらに力を込めると、虹色の光を放つ宝珠のようなものが出現した。
彼女はそれをそっと俺に差し出す。
「アンタたちに頼みたいことがあるんだ。この宝珠を、あのデカいガマガエルに飲ませてやってくれないか。これはアタシのスキルで作り出した薬だ。これを飲めば――全員とはいかないだろうけど、食われた人間を戻せるさね」
「ちょ……待ってください! ミラさん、なんで今そんなことを言ってるんですか!?」
ミラさんは、もう死ぬ寸前なのに。残された時間は、わずかなのに。
死ぬのだって、怖いはずなのに。
「いいんだよ、アルクス。別世界のアタシから、ノアの言葉が届いたんだ」
なのに――なんでそんなに他人を気にして、晴れやかな笑顔を浮かべられるんだ。
「生きるってことは、何かを失くすだけじゃない。同じくらいの何かを誰かに残すことだったのさ。孤独な雨粒が川の流れとなり、海となり、空へ還っていく。その無意味な繰り返しに意味を見出せるのが、アタシたち人間だ」
ミラさんは俺に宝珠を手渡した後、俺とライゼの頭に手を乗せ、優しく撫でた。
「二人とも、もう時間がない。アタシが言うことをよく聞きな」
「「――はい」」
「これは別れだ。だけど、終わりじゃない。アタシがアンタたちの悪い物を全部持っていってあげるから、アンタたちは自分の生きる意味を見つけ出すんだ」
俺たちは頷き、ミラさんの手を握った。
「ミラさん――俺たち、強くなります! あなたに教わったことは、絶対に忘れません!」
「それは――嬉しいね。だけどアンタたち、そういうことを言うんだったら――」
ミラさんの手から力が抜けた。
「泣いてんじゃないよ」
その言葉を最後に、ミラさんは目を閉じて黙ってしまった。
3分が過ぎてしまったのだ。
「「うわあああああああああああああああああああ!!」」
ロイドの巨大化から約1時間。当たり前のように流れてしまうような、そんな短い時間。
だけど、その時間は俺たちからたくさんの物を奪い、残していった。
ボロボロになった王都では、ただ俺たちのむせび泣く声が響き渡っていた。
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