203.もう一人の
「ふう、これだけやればしばらくは動けないだろうな……」
俺は建物から瞬間移動で降りると、ローラの元へ歩いた。
「ローラ、怪我は治ったか?」
「ああ、それはもうとっくに良くなったが……貴様、いつの間にこんなに腕を上げた?」
そういえば、修行をしていたのはローラとロイドの元に行ってからの一か月だったな。
自分でも驚くほどに成長することが出来た。それもそれも、全てが――、
「ミラさんに修行を付けてもらってたんだ。俺がここまで来れたのはあの人のおかげだよ」
「あの魔女殿か。一目見て普通とは違うのはわかっていたが……アルクスをそこまで鍛えられる実力の持ち主だったのだな」
「ああ。あの人は本当にすごいよ。俺にとっては初めての――師匠だ」
「それはいい師匠を持ったのだな。この騒動が終わったら、私もぜひ稽古をつけてもらいたいものだ」
この騒動が終わったら、か。だが、ライゼがマルクという男を倒して、俺もロイドを止めた。事件はほぼほぼ終結に向かっている。
あとは元凶のシラユキという女を倒すだけだ。
しかし、それももうすぐだ。今、ミラさんは別の空間でシラユキと戦っているはず。
あんなに強いミラさんのことだ。絶対に、負けることなんてありえない――、
「なあ、アルクス。あの少女は貴様の知り合いか? さっきからずっと見ているが……」
考え事をしていたその時、ローラがある方向を指す。
見ると、崩れて瓦礫が山積している陰に――一人の少女が、ぼんやりとこちらを覗いているのがわかった。
「……あれは!?」
俺は思わず目を疑った。そこにいたのは、本来、そこにいるはずのない人物だからだ。
「……ノア?」
瓦礫の山から俺たちを見つめていたのは、ノアだった。
「なあ、ローラ。……ここって現実だよな?」
「何を言っている? 当たり前だ。頬でもつねろうか?」
「ローラのつねりは痛そうだから遠慮しとくよ……でも、ありえない」
ノアは、俺の心の中にいるはずだ。一緒に試練をクリアしたのは、心の中の話だったからであって。
彼女が現実世界に姿を見せるはずがないんだ。
「ノアか? ノアなのか? 返事してくれ!」
月の光のように優しく、幻想的な銀色の髪。どこまでも広がる蒼穹のような空色の瞳。
どちらも、俺が見たノアそのものだった。
だけど、俺が彼女の存在を疑うのには理由があった。
まず、服装。彼女はいつも白いワンピースを着ているのに、今目の前にいるノアは黒いドレスのようなものを着ている。
もし彼女が本物だとしたら、その服はいつ手に入れたのか。そんな疑問が強烈な違和感となっていた。
「アルクス! 走り出すぞ!」
思考を巡らせていたその時、ノアが俺たちに背を向けて走り出した。
俺は慌てて彼女についていく。
「ローラ、ロイドのことを見張っててくれ! 俺はノアを追う!」
くそっ、なんで近くにスライムがいないんだ! これじゃ、瞬間移動が出来ない!
いや――これは、ノアがスライムを避けているのか?
なんにせよ、彼女には話を聞かないといけない!
角を曲がり、走る。そんなノアとの鬼ごっこが数十秒続いた。
おかしい。いくらなんでも足が速い。こっちは全力で走ってるのに、全然追いつけないぞ!
「「うわっ!」」
角を再び曲がった時、俺は誰かとぶつかった。
「いててて……ちょっと、どこ見てんのよ!」
尻餅をついて座っていたのは――ライゼだ。
「ライゼ!?」
「って、アルクス! さっきからスライムに話しかけてるのに、いつになったら返事するのよ!」
そうだ、ノアに気を取られていたから気づかなかった。
ライゼの表情からはかなり焦りが見られていて、ただ事ではないのがわかる。
ライゼはすぐに立ち上がると、自分の背後を指して叫んだ。
「ミラさんが!!」
その言葉に、俺の意識は波にさらわれたように切り替わった。ノアという言葉が消えるような勢いで。
そして――彼女の示す方を見て、心臓を握り潰されたような感触を覚えた。
「はぁ、はぁ……おい! 早くくたばれクソアマが!!」
そこにいたのは、二人の人物。息を切らし、ボロボロの和服を身に纏った白髪の女。きっと、あれがシラユキだろう。
彼女の腕はその名の通り粉雪のように白く、きめ細かく、木の枝のようにしなやかだった。そして、その腕は――、
ミラさんの腹部を貫いて、真っ赤に血で染まっていた。
「離せ! どんな小細工をした!? 死にかけのくせに余計なことしてんじゃねえ!」
シラユキは、その美貌からは想像が出来ないような罵倒をミラさんに投げかけており、腕を必死に引き抜こうとしている。
「諦めろ! アンタはもう――死ぬんだよ!!」
死、という言葉が、俺の鼓膜を貫いた。
死? 冗談だろ?
ミラさんが負けるわけがない。だって、あのミラさんだぞ? ミラさんは強くて、どんなことだって出来て――、
理性が、目の前の現実が嘘だと語り掛ける。
だが、一方で俺は直感的に、ミラさんの死を信じていた。
そして、気づいたときにはシラユキに肉薄し、彼女の顔面を殴りつけていた。
「お前……よくもミラさんを!!」
次の瞬間には、俺は獣のように叫んでいた。
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