200.遅れてきたヒーロー
ワープスライムを使用し、モントロリアに移動する。ゲートをくぐるとき、俺は不安感に苛まれていた。
ミラさんの能力で、起きたときに俺には彼女の声が聞こえた。
素直に受け取れば置手紙のようなもの。だけど――考えれば考えるほどにそれは不自然だ。
違和感の正体。それは、ミラさんが俺を呼んだということだ。
ミラさんは最強だ。そんな彼女が起きるかすらわからなかった俺を呼ぶなんて、普通あり得るだろうか。
もし、彼女が言う『王都を襲う敵』が、ミラさん一人で倒せるような相手なら、俺に呼びかける必要なんてない。
つまり、俺が呼ばれたということは……これから戦う敵は、ミラさんが脅威を感じるような相手である可能性がある。もしくは、それに近い何かがあるということだ。
ライゼが家にいないことがその予感に拍車をかける。
「頼む、杞憂であってくれよ……!」
俺はゲートをくぐり抜け、目の前の景色に息を呑んだ。
「ひどいな、これは……」
倒壊した建物。泣き叫ぶ人々。
かつてあれだけ賑わいを見せていた王都は、今は別の意味で人々の声で溢れかえっている。
「皆! 街の人を避難させてくれ!」
俺は人型のスライムたちを総動員し、安全な場所へ人を移動させる。
「スライムたち! 周囲の状況を見てくれ!」
「キュー!」
次に、残ったスライムたちを街に放って、視点を切り替えることでどんな状況なのかを把握する。
100の目を通して見た王都の印象は……建物を中心に、かなり損傷が激しいな。
……いた! ライゼだ。近くに人が倒れているということは、あいつが倒したのか?
スライムの目を通してだからざっくりとしかわからないけど、レベルは50くらいありそうな雰囲気だぞ。ライゼが一人でやったのだとしたら、かなりすごいな!
そして――次に目に入ったのは、巨大な黒い化け物。絶叫にも近い鳴き声を上げながら、建物をなぎ倒して四本足で移動をしている。
クモとカエルを足して二で割ったような奇怪な見た目をしているが、レベルは80相当。
あのモンスターの相手をしているのはローラだ。だけど、彼女の実力ではかなり厳しいだろう。苦戦を強いられているようだ。
しかし、レベル50の人間も、レベル80のモンスターも、ミラさんが警戒するほどとは思えない。本命は別にいるはずだ。
だけど――肝心のミラさんが見つからない。彼女はいったいどこに行った?
「聞いてみた方が早そうだな!」
ついさっき思いついた方法だけど――ちょうどいい。試してみよう。
「瞬間移動! ライゼの元に!」
そう宣言すると、俺の目の前に突然、地べたに座り込んでいるライゼが現れた。
――いや、俺がライゼのところに瞬間移動したというのが正確か。
「うわっ!? ちょ、アンタどこから現れたのよ!?」
「試練を乗り越えて第一声がそれかよ……俺は悲しいぞ」
「アンタがいきなり出てくるのが悪いんでしょうが! ……でも、ちゃんと元気そうでよかったわよ」
ライゼはそう言って、大きく息を吐いて安堵した。
そんな彼女の肩に、切り傷があるのが見えた。白い肌に真っ赤な血がにじんでいて、痛々しく見える。
「戦闘で怪我したのか? 今、治癒スライムを呼ぶからな!」
「ああ、これね。ちょっと引っ掻かれただけよ。自分で治せるから大丈夫」
ライゼが回復魔法? と疑問に思っていると、突然彼女の体が白く光り始めた。
「な、なんだ!?」
光が収まると、ライゼの服装が白いローブに変わっていることに気が付いた。
彼女の肌のように白い生地に、あしらわれた水色のライン。天女の羽衣のような服装に、俺は驚きを隠せない。
「どうせならさっきの戦闘を見て欲しかったけど……まあいいわ。これが私の新しい能力<魔装>よ」
「そうか、ミラさんとの修行で身に着けたのか!」
「そういうこと。これは<群青のローブ>。効果は、装備している間の自動回復と、水属性魔法の強化よ」
ライゼの傷に注目してみると、肩の傷が白い光に包まれ、少しずつふさがっているのが見えた。
「そうだ! ミラさんがどこにいるか知らないか?」
「ミラさんは、シラユキって女と戦ってるわ」
シラユキ……聞いたことない名前だ。おそらく、ミラさんが俺を呼んだ本命はその女だろう。
今、ミラさんの姿が見えないのは、そのシラユキとの戦いの最中に彼女の結界のようなものにでも入ったということではないだろうか。
「私は傷が治ったらミラさんの加勢に行く。アンタはローラを手伝ってあげて!」
「わかった!」
疑問は残るが――今は劣勢のローラを助けに行くのが先決だ。
「瞬間移動! ローラの元に!」
「だからそれどうやってるのよ!?」
俺はさっきと同じ方法でローラの近くに瞬間移動した。
「ゲハハハハハハハハハハハハハ!!」
場所が変わったその刹那、耳をつんざくような笑い声が響いてきた。
まるで地震でも起きているかのように足元が揺れる。さっきの黒いモンスターか!
「おい、ロイド! いいかげん止まれ!」
黒いモンスターに並走する形で声を上げているのは、ローラだ。既に戦闘をしたためか、鎧に傷がついている。
ん……? ロイド? なんか聞いたことあるような……?
「黙れ! お前ではこの『ゴッドロイド』に勝つことはできない! この王都の人間を全て食らいつくし、私が王……いや、神になるのだ!!」
しかもあの化け物、人間の言葉を喋るのか!? ただのモンスターではないってことか!?
「止まれ! このまま人間を食らい続けても、貴様が強くなったわけではないのだぞ!?」
「お前はさっきから――ピーチクパーチクうるさいんだよ!!」
その刹那、逆上したロイドがローラの方に居直り、前足で彼女を押しつぶそうといきり立つ。
ロイドの大きさは16メートルほど。レベル差も加味して、あれを食らえばローラはぺしゃんこだ!
「くっ……!」
ローラの上に影が落ちる。ロイドの前足が、徐々に彼女を押しつぶそうと迫っていく。
「ま、俺が見過ごすわけがないけどな」
俺は素早くローラの隣に入り込み――ロイドの前足に向かって手を伸ばす。
「アルクス!?」
「ローラ、しっかり掴まっててくれよ!」
俺はロイドの前足を思い切り殴りつけた。すると、巨体が一気に弾き返され、建物に宙に浮く。
「うぎゃあああああああああああああああああ!?」
ロイドの体が建物にめり込み、激しい音を立てる。真っ黒な巨体は、一瞬にして仰向けに倒れてしまった。