199.魔装【SIDE:ライゼ】
私の変化に、マルクは驚きを隠せない。
それもそうだろう。想定外のことなんて、嫌いそうだものね。
「だからなんだってんだよ……! 着替えたくらいでいい気になって説教か!?」
「着替えただけかどうかは、これからわかることよ」
「……ああそうかよ、だったらまずはこの攻撃を乗り越えてからほざくんだな!!」
マルクはいきり立ち、さっきと同じように空中に乱れひっかきを放った。
同時に、無数の斬撃が襲ってくる。鞭を打つようにマルクの腕が振るわれるたびに、かまいたちのような風が私の肌をかすめてくる。
「死ね! 今度こそチェックメイトだ!」
私の目と鼻の先に、斬撃が迫ってくる。私は微動だにせず、それをただ眺めた。
「<円焼>」
次の瞬間。私のすぐ目の前まで来ていた斬撃が、炎をあげ、その場で消滅した。
まるで、私の視線に斬撃が燃やされてしまったかのような光景に、マルクは一瞬、何が起こったかわからないといった表情になる。
「これは、<魔装>の能力、<緋のドレス>。この服装になったとき、炎魔法の威力が増大するのよ。私の半径1メートルに入ったものを燃やす<円焼>は、その力の一部ね」
「チッ……威力の低い斬撃じゃ、炎の力に耐えられず、お前に当たらないということか……!」
「まあそういうことね。どう? 自信満々だった攻撃が通じなくなった気分は?」
マルクはギシギシと歯ぎしりをし、わかりやすく憤慨する。
本当、わかりやすい性格ね。そして、次に取る行動も自ずとわかってくる――。
「だったら、お前に燃やされないような攻撃をすればいいってだけだろうがァ!」
マルクは咆哮すると、わき目も振らずにこっちに突進してきた。
遠距離の斬撃が効かないならば、近距離で威力の高い攻撃をする。そう考えるのは自然なことだ。
しかし、この男はやはり浅はかだ。
どうして、私の<魔装>が、<緋のドレス>だけだと思ってしまったのだろう。
「アンタはもう既に、私の策にハマってるのよ」
私が再びヒールをカツンと鳴らすと、私の体は白い光に包まれた。
「な、なにッ!?」
「<魔装>は一種類だけじゃない。それに気づかなかったのがアンタの敗因よ」
光が収まり、緋のドレスから切り替わった私の服装は――、
漆で塗られたように黒く、オレンジ色のラインがあしらわれた鎧だった。
「<橙の鎧>。この装備の効果は、土属性魔法の強化と――」
次に、私は土属性魔法を発動し、ハンマーを作り出した。一メートルほどのそのハンマーを握りしめ、迫ってくるマルクを睨み据える。
近距離戦闘が苦手だった私が、ミラさんと一緒に出した答え。
出来ないと思い込んでいた――否、思おうとしていた私にだからこそ出来る、新たな必殺技。
それは、<四大元素>の魔法属性に応じた、能力の変化。
「ちょっと服装が変わったくらいで、いい気になってんじゃねええええええ!!」
マルクが両手の爪を立てると、一本一本の爪が赤く変色し、まるで剣のように長く伸びた。
「<十爪狂剣クラウソラス>! 全ての爪がそれぞれ違う効果を持っている!」
もちろん、近距離戦闘向きの能力があるのも織り込み済み。そうでもなければ、自信のないアンタが突っ込んでくる理由なんてないものね。
だったら――こっちは、それを上回るだけ。
「<土塊の大槌>!」
私は、手に持ったハンマーを力強く薙ぎ払う。
ハンマーのヘッドが迫り来るマルクの10本の爪とぶつかった瞬間、金属音が辺りに響き渡り、突風が吹き荒れた。
――そして、結果はすぐに現れた。
「ぐあああああああああああああ!!」
マルクの体勢が崩れた。その姿はまるで、土台が壊された建物のようで――、
そこから地べたを転げまわるまで、ほんの一瞬だった。
「勝負あったようね」
渾身の一撃を破られ、うつ伏せで倒れるマルクの元へと歩く。
「くっ……なんでだよ……せっかく箱舟に入れたのに……なんでオレばかりいつもこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……」
「だから、箱舟ってなんなのよ? アンタたちは何を目論んでるの?」
私が尋ねると、マルクは歯ぎしりをした後、やけくそ気味に叫んだ。
「箱舟はな、お前なんかじゃ想像も及ばないような崇高な計画を遂行してるんだよ! オレもやっと認められた……はずだったのに!!」
マルクは私を睨み据えると、態勢を整えて、威嚇する犬のようなポーズになった。
「なのに……箱舟でもオレが最弱で、格下のお前に負けるなんて……そんなの認められるわけねえだろうが!!」
吠えるマルク。人狼の名に負けないほどの気迫を放つ奴マルクは、口を大きく開けて走り出した。
「ここで! お前を倒して! オレが箱舟の一員だってことを再認識してやる! オレが……オレが……!」
これまでで最も速い肉薄。迫ってくる奴の表情からは、並々ならぬ気迫が伝わってくる。
だけど――それでも、私にその攻撃は届かない。
白い光が私の体を包む。光の向こうから姿を現したのは――白い軍服だった。
「<風神の軍服>。その効果は――スピードを極限まで高めること」
マルクは速い。かつての私なら絶対に追いつくことが出来なかっただろう。
でも、私と奴は決定的に違うことがある。
「自分より弱い相手と戦っても――ただ辛くなるだけよ」
刹那、私は風のようなステップを刻み、マルクの体に蹴りを叩きこむ。
一瞬のうちの30連撃。目にもとまらぬ速さのその連撃を食らったマルクの体は、仰向けで地面を滑った。