198.狡猾な狼男【SIDE:ライゼ】
ミラさんが和服姿の女と戦いをはじめ、私とローラはその場に取り残された。
「ライゼ。私たちは魔女殿の指示に従おう」
「ローラがロイドを、私がマルクをやるってことね!」
私たちは互いに頷き、それぞれの相手に向き合った。
私の敵――マルクと呼ばれていた男は、茶髪でウルフカット。私の様子をじっとうかがっていたようだ。
そして、私が彼の方を向いた瞬間、彼はニヤリと残虐な笑みを浮かべた。
「何がおかしいの?」
「おかしいに決まってるだろ。こんなチャンスが来たんだから!」
男はさっきまで空気に尻込みしている様子だったが、突然調子づいたように笑い、私を指さしてきた。
「さっきの女は桁違いに強かった。オレの<狼の眼光>で見たところ、レベルは100だったからな……だが、お前はレベル25だ」
なるほど、正確に数値を当てられている。これは<鑑定>と同じ類の能力によるものだろう」
「オレのレベルは50。お前の倍だ。つまり、どうやったってお前がオレに勝てる運命はないんだよ!」
彼の論理もおおむね間違っていない。レベル差はたった1でも戦力に大きな違いが生まれる。
この男、さっきまでは自分より強いミラさんがいたから怖気づいていたけど、私なら勝てると踏んでるのか。
だが、そんなことはこの際どうでもいい。
「だからなんなの?」
「だからって……お前、話聞いてたか!? 俺はお前の倍のレベル! おまけにユニークスキルも持っている!」
「そうね、確かに勝ち目はないかもしれない。だけど……なんででしょうね。アンタには負ける気がしないの」
「……! 調子に乗るんじゃねえ!」
男は私の挑発に乗っていきり立つと、爪を立てて手を大きく広げた。
その刹那、マルクがひっかくようなモーションで手を振るう。それと連動して、斬撃のようなものが飛んできた。
「ヒャハハハハハ! 八つ裂きになれ!」
マルクが腕を振るうたびに、無数の斬撃が襲ってくる。まるで嵐の中に巻き込まれたようだ。
「……ッ!」
必死に攻撃を躱すが、そのうちの一つが私の服の袖を切り裂いた。
ただのかすり傷。だが、そのわずかな綻びは男の口角をさらに釣り上げさせる。
私は腕を押さえ、地面に膝をついた。
腕を覆う左手から血が垂れる。ジンジンとした痛みに、私は顔を歪める。
「チェックメイト。口ほどにもねえなあ」
男はニタリ、と笑みを浮かべた。
実力差があり、それが戦闘という形で結果になって出ている。客観的に見て、追い詰められているのは私だ。
「……プフッ」
しかし、私は笑う。漏れ出た声は、大声になった。
「な、何がおかしい! どうかしちまったのか!?」
「いいえ、あなたの笑い方、昔の知り合いに似てたものだから、面白くてつい」
「……状況わかってるのか? このままいけばお前は死ぬんだぞ?」
「わかってるわよ。私はちょっと、アンタを倒す前に、少しだけ知っておこうと思ったのよ」
私は、さっきマルクがそうしたように――奴を指さして言い放った。
「30点……ってところね」
「ああ!?」
「まず一つ。アンタは虚勢を張ってるみたいだけど、本当は大した実力ないんでしょう?」
マルクの視線が揺らいだ。私はその一瞬を見逃さない。
「アンタはあの和服女に比べたら弱い。どうせそのレベルも、仲間に手伝ってもらって自分はほとんど何もしてないんでしょ?」
「そんなわけ……ッ!」
「図星ね。目が泳いでるもの」
マルクの表情が怒りに満ちていく。本当のことを言われて苛立っているようだ。
「二つ。アンタは実力を見誤った。レベルなんてただの指標よ。アンタはその指標に胡坐をかいて、雑魚狩りをしている気分になっていた」
「さっきからごちゃごちゃと……!! お前が負けそうになってるのは変わらないだろうが!!」
「そして、三つ」
私はその言葉とともに、魔法陣を発動した。
自分の足下に展開された大きな紅い円。それが輝きを強めていくとともに、私の首から下は白い光に包まれた。
「な、なんだそれは……!?」
白い光のあまりのまばゆさに、マルクが顔を手で遮る。
光がおさまった時――私の服装はさっきまでと大きく違うものになっていた。
真っ赤なドレス。ところどころにあしらわれたレースは炎が揺らめくようになっている。
光が完全に消えた時、今度は私のドレスから、火の粉が噴き出す。
「<魔装>。私がミラさんと修行した一か月で身に着けた、新しい魔法」
勢いに怯むマルクを前に、ルージュ色のヒールをカツン、と打ち鳴らし、私は言い放つ。
「アンタは、私に勝てる運命はないと言った。でも違うわ。運命は、己の努力で切り拓くものよ!」