197.ウルティマ・トゥーレ【SIDE:リュドミラ】
「絶対に負けない――? そんなバカげた話があるかッ!!」
怒りを孕んだ嘲笑が、世界の果てに響き渡る。
刹那、アタシに襲ったのは、荒波を想起させられるような巨大竜巻だった。
「<大瀑布の如き嵐>! 魔力消費が莫大なせいで使えないこの魔法も、この空間なら使えるんだよッ!」
竜巻は急速にその大きさを伸ばし、今、30メートルを超えた。
あれに巻き込まれたら、王宮でもひとたまりもないだろうねえ。レベル100に到達しただけはあるか……。
「どうだリュドミラッ! お前の不敗伝説は、今ここで幕を閉じる!!」
迫ってくる9つの竜巻。まさに天災としか言い表しようがない。
強風に吹かれる中、アタシは仁王立ちをしながら、一言。
「<消失>」
その刹那だった。
荒れ狂う突風は、まるで絡まった糸がほどかれていくように――消えていった。
「な、なんだと!? <大瀑布の如き嵐>が……消えた!?」
「アタシはこの世界にある99.99%の魔法を理解し、作り出せるようになった。だから、その過程を逆再生すれば、どんな魔法も壊せる。<消失>は、相手の魔法を無効化する魔法さね」
「嘘だ……そんな話聞いたことがない!!」
「魔法を壊すには作り方を理解する必要があるし、発動するよりも魔力が必要になる。だからアタシ以外に<消失>を使える人間はいない。そういうカラクリさね」
「この……卑怯者が!!」
「卑怯かどうかは、これを見てから決めるさね」
アタシはそう言って両手を胸の前で叩くと、あやとりをするようにパッと開いた。
すると、開いた両手の手のひらから、シャボン玉のような物体が出現する。
それは天に昇っていくとともに、徐々に広がっていき――ある瞬間を迎えたとき、急速に膨張を始めた。
「な、何をしている!?」
「これは<宇宙>。まあ、なんでも生成できるポットみたいなものだと思えばいいさね」
上空の宇宙は、元々あった天空を覆い尽くす勢いで広がっていく。
「――ライゼたちが待ってるんだ。もう終わらせてもらうよ」
次の瞬間、上空から白い光を纏った球体が降り注ぎ、シラユキを襲った。
その数、数百――否、数千に上る。
「ぎゃああああああああああああああ!!」
あまたの球体は光の如き速度でシラユキに降り注ぐと、彼女の周りで無数の爆発を起こしていく。
「<流星葬送歌。一つ一つが天体ほどの威力を持つ雨だよ」
「う、ううううううう……」
爆発が収まると、煙の中からシラユキが地を這う姿が見えた。
「アンタのスキルは<キュウビ>だったね。効果は……他人の命を自分に移植することで、最大9回まで死ぬことが出来る」
シラユキは当たりだとばかりに、口惜しそうにこちらを睨みつけた。
「今ので1回、アンタは死んだ。つまり――あと8回だ」
シラユキが、ハッとしてアタシから逃げようとする。
だが、逃げられるわけがない。そのためにこの場所を選んだんだから。
「<天地開闢>」
すると、<宇宙>から現れたのは、8つの球体だった。
球体はアタシの前で一列に並ぶ。それぞれ違った色をしていて、いつまでも眺めていられるほどに美しい。
「このオーブは、全てに違う能力が込められていて、一つで星を一つ潰せるほどの威力を持っている」
「ま、まさかそれって――」
「ああ。アタシはこのオーブの力を拳に宿し、お前を殴る」
瞬間移動。そして有無を言わせないストレート。
シラユキの体は軽く数百メートル吹き飛び、2度目の死を迎えた。
「ああああ、あああああああああああ!! 嫌だ! 誰か、誰か助けて!!」
「その言葉は、アンタが今まで殺してきた人が言ってきたものと同じだよ」
二つ目のオーブの力を宿した拳がシラユキの体を襲う。拳が当たった刹那、地獄のような業火が彼女を燃やし尽くした。3
「や、止めてくれ! 頼む! なんでもするから!」
アタシは、命乞いをするシラユキを無視して、殴りつけた。
「死にたくない! まだこんなところで――」
いや、もはや聞こえてすらいなかったのかもしれない。
「こんなことを神にするなんて――絶対に許されないわよ!?」
ただ無心で。作業のように。拳に力を込め、放つ。
「なんで言うこと聞いてくれないのおおおおおおおおお!!」
……いや、違うだろう。無心だとしたら、こいつに何の感情も抱いていないのだとしたら。
拳をこれほど強く握る必要なんてないのだから。
「もうやだああああああああああああ!!」
アタシはこいつを恨んでいる。
これまでの50年間の葛藤を。弟子の無念を。この一撃で晴らそうとしているのだ。
「……さて、これで8回死んだね。次で最後だ」
アタシは最後のオレンジ色の球体を動かすと、さっきと同じようにシラユキに拳を叩きこもうとした。
「ま、待ってくれ!! 頼む、言いたいことがあるんだ!」
シラユキはもはや限界だった。目は何日も寝ていないように開かれており、両手を前にして必死に止めようとしている。
「ここで私に何も言わせなければ、お前は私と同じ殺人鬼だ! 人の心なんてないも同然! そうだろう!?」
……こいつに言われると腹が立つねえ。
だけどまあ、ここまで言われたら後味が悪い。遺言くらいは聞いてやろう。
「ずっと黙っていたけど……私のスキルには隠された能力があるんだ!」
「……なんだいそれは」
「心臓を受け継いだ人間の記憶を引き継ぐことができるんだよ!」
アタシの中で、感情が揺れ動くのがわかった。
「つまり、私の中でお前の弟子は生きているんだ!」
「馬鹿なこと言うんじゃないよ! そんな話、信じられるわけないだろう!」
「本当なんだ! 信じてくれ!」
信じていいわけがないのに。この女狐が、本当のことを言っているはずがないのに。
そうだったらいいな、と考えているアタシがいた。
「……だからといって、アンタを生かす理由にはならないよ。死にな」
「待て! お前の弟子が、最後に言いたいことがあるそうなんだ!」
「黙れ! 今すぐアンタを殺す!」
「師匠……」
シラユキに叩きつけようとした拳が、止まった。
シラユキのその言葉。声のトーン。表情。
それらが全て――記憶の中の弟子と重なったからだ。
アタシは元々、師匠なんかに成れる器じゃなかった。
接し方がわからず、ぶっきらぼうに振舞うアタシに、あの子はいつも、そう声をかけてきた。
「師匠……」
アタシは動けなくなった。
シラユキは立ち上がると、ニッコリと笑う。
「騙されてくれて、ありがとう」
次の瞬間、アタシの腹をシラユキの腕が貫いた。