196.最果ての魔女【SIDE:リュドミラ】
「あはははははは! どうしたリュドミラ、そんなものか!?」
シラユキが扇子を振るうと、まるで刃物のような音速のかまいたちが飛んでくる。
そこそこの速ささね。ライゼやローラくらいじゃ、見切れないくらいだろうね。
だけど、アタシの前では無意味さね。
「アンタもそう言いながら、大した攻撃してこないさね。もしかして、それが限界なのかい?」
「……生意気な口を! 避けるので必死な癖に!」
「そう見えるのかい? だったら……アタシはここから動かないであげるよ」
アタシは腕を組み、その場で仁王立ちをした。
驚いたのは相手の方だ。なにせ、自ら弱点を晒しているようなものなんだから当然。
「……舐めやがって! これでも食らって死ねえええええ!!」
シラユキが乱暴に扇子を振るい、暴風を巻き起こす。
荒れ狂う竜のような風。勢いはさっきよりも強い。彼女の全力と思われるその風を、アタシは――、
――視線で破壊した。
「な、なんで!? 確かにリュドミラに届いたはずなのに!?」
「アンタは何にもわかっちゃいない。アタシがさっきから一歩も動いていないことを。そして、反撃しなかった理由を」
アタシは瞬間移動でシラユキの懐に潜り込むと、腹部に強烈な殴打を叩きこんだ。
「うぐっ!!」
鈍い感触と、シラユキの悲鳴。彼女の体は吹っ飛び、建物の壁を突き破ってようやく止まった。
「ど、どうしてこんな力を……私は、レベル100になったのに!!」
「アンタがレベル100? 嘘を吐くんじゃないよ、90かそこらだろう?」
「嘘じゃない!! 私はあの頃よりも強くなったんだ!!」
シラユキの必死な様子からして、嘘ではないようだ。ということは……考えられることは一つ。
「アンタ、強さのほとんどを老いを止めるために使ってるね?」
シラユキの見た目は若々しく、ライゼと遜色がないほどだ。
だけど、彼女と初めて出会ったときから、その容貌は変わっていない。おそらく、無理に延命を行っているんだろう。
「アタシが反撃しなかったのは、話を聞きたかったからだよ。――アタシの弟子を殺してからの50年間、アンタはどんな気分で生きてきたのかをね」
シラユキと初めて出会ったのは50年前。
当時の仕事で、シラユキとアタシは戦うことになった。もちろん、結果はアタシの圧勝。
シラユキはそのことに腹を立て、アタシの弟子を皆殺しにした。それも、目の前でだ。
アタシは激昂し、シラユキを瀕死まで追い込んだ。しかし、寸前で逃げられ――それから50年間、アタシは人間たちとの関わりを避けてきた。
「どんな気分だって――? 最悪だよ。お前に負けて、何度も復讐してやろうと思ったさ!」
「逆恨みも甚だしいね。一度は戦ったが、アタシはアンタの命までは奪わなかったはずさね!」
「違う! 私は、この世界を支配する箱舟に乗った選ばれた人間なんだよ!! そこいらの虫ケラを利用することなんて罪じゃない!!」
シラユキは『女狐』という言葉がピッタリな人間だった。
普段は上品で、優雅な振る舞いを忘れない。だが、怒ると本性を露わにし、残酷で自己中心的な発言をする。
今も、まるで自分が被害者だと言わんばかりの口ぶりで、暴君のようなことを語っている。
選民思想? 馬鹿馬鹿しい。こんな奴に世界が支配されたら、めちゃくちゃになるさね。
「なのに――なんでお前は私の邪魔ばかりするんだ!?」
「邪魔とは心外だね。アンタが突っかかってくるだけじゃないか。――まあ、アンタのずっと前を走ってるんだから、あながち大間違いではないけどね」
アタシは、憤るシラユキを指さし、話し始めた。
「シラユキ、アンタじゃアタシには絶対に勝てない。なぜなら……アタシはこの世界で最も自由だからだ」
「……何を言っている?」
「自由な人間は、他人を支配しない。支配もされない。アンタはその逆だ。自らの老いという現実から逃げることに必死で、不安だから他人を不必要に支配しようとする」
「アンタだって……同じようなことをしてるじゃないか!!」
「アタシかい? これは老いを止めてるんじゃない。自由に生きてたら何歳だって、これくらい若さを保てるものなんだよ」
シラユキが舌打ちをする。
彼女は既に気づいているだろう。実力に差がありすぎると。そして、アタシには絶対に敵わないと。
だが、アタシも容赦するつもりはない。ここで、シラユキの命を絶つ――!
「ライゼたちが待ってるんで、急がないとなんだ。特別に、アタシの本気を見せてやるよ」
アタシは深呼吸をすると、詠唱を始めた。
「永遠と刹那、有限と無限。全てを司りし世界よ。その境界の先へ我を導き、『最果て』へと到達させ給え――」
「な、なんだ!?」
アタシの詠唱とともに、周囲の風景が変わる。
足元には茶色い土くれが広がっており、空は漆を塗ったように暗く、月と太陽が重なり、白いリングを作り出している。
「これがアタシの最終奥義――<最果ての地>。ここは、アタシが作り出したこの世界の果てさ」
「世界の果て――? 馬鹿な! 世界を想像するなんて、ありえない!!」
「ありえないことなんて、<創造者の想像>の前ではありえないんだよ」
<最果ての地>が最終奥義たる所以。
それは、発動することで、一時的にとはいえ、世界を創造することが出来る能力が理由の一つだ。
しかし、それ以上に、この空間にはアタシが課した一つのルールが適用される。
「この空間では、お互いの魔力は無限。だから、思う存分戦えるさね」
「はあ? やっぱボケてるんじゃないの? そんなことしたら、私の魔力も無限になるだろうが!」
やっぱ、こいつは本当にわかってないねえ。
「<最果ての地>が最終奥義である最大の理由。それは――この空間なら、アタシは絶対に負けない」