192.大丈夫ですよ
「ライゼ、シエラさん、イレーナ……」
そこに立っていたのは、知っている三人だった。
見た目はいつもの彼女たちと変わらない。だけど、目が闇を見つめているように虚ろだ。
なんでここに、という俺の思いをよそに、ライゼが話し始めた。
「ねえ、アルクス。アンタは私のことを殺したりしないわよね?」
「そんなこと……するわけない!」
「嘘つき。都合が悪くなったら、殺すんでしょ? モンスターやダンみたいに」
「しないって言ってるだろ!」
声を荒げてしまった。三人の冷ややかな目が注がれる。
「じゃあ、アル君は私が死ぬか、自分が死ぬかだったらどっちを取るの?」
「それは……」
答えられない。口だけならなんとでも言えるだろうけど、いざその時になって、同じことが言えるかはわからない。
「ほら、やっぱり。自分が一番かわいいんじゃん」
イレーナが俺を非難する。
「……何がしたいんだ。三人の偽物なんか見せて。これは何の試練なんだ!?」
「偽物なんかじゃないわ。私たちは未来を写し取る鏡のようなもの……とでも言っておこうかしら」
「アル君は問いに答えられない。つまり、いつかの未来、私たちを見殺しにするかもしれないということ」
「ふざけるな……そんなの詭弁だ!」
「じゃあ、アルクスは自分と私たち、どっちを取るんだ?」
答えられない。
口ごもっているうちに、だんだんと、俺は自分が分からなくなってきた。
俺は、どうするべきなんだ……?
「はい、時間切れ」
その時、傍観を決め込んでいたダンが手を叩いた。
それと同時に、三人の首が吹っ飛んだ。
「!?」
突然のことに、俺は動けなくなった。
あまりにむごい光景に、俺は激しい吐き気を催した。
「お前……何してるんだ!?」
「あひゃひゃひゃひゃ! おいおい、逆ギレかよ? 選択したのはお前だろ?」
「選択しただと……?」
「お前は決断を先延ばしにして、仲間を見殺しにしたんだよ!」
「そんなことしてない!」
「じゃあ、お前は自分か他人か、どっちを取るのか決められるのかよ?」
無理だ。そんなことは、簡単に決められない。
「他人を踏み台にして、偽善者ぶって、結局は自分が可愛いのかよ?」
「違う! 俺はそんなじゃ……」
「何が違うんだよ、言ってみろよ!!」
その時、ダンがこちらに肉薄してきて、俺の横面を殴ってきた。
体が吹っ飛ばされ、地面を転がる。全身が痛い。
「いつか、こんなことがあったよな。お前はあの頃から何も成長してない」
ダンはケラケラと不気味に笑い、俺を指さした。
「お前は、存在しているだけで他人を傷つける。だから――一人ぼっちで、ただ一人、孤独に、誰にも迷惑をかけないように生きて、寂しく死ぬんだよ!!」
「あああああああああああああああ!!」
俺はただ、叫ぶことしかできなかった。
涙があふれてくる。喉が痛い。それでも、叫ばないとこの感情を落ち着かせることが出来なかった。
俺は、強くなっているつもりだった。たくさんの敵と戦って、レベルを上げて、強くなってきた。
――そのつもり、だったのに。
「大丈夫ですよ」
その時だった。
俺の背後で、声がした。
「大丈夫ですよ、アルクスさん」
鈴が鳴ったような、綺麗で優しい声。
声の主は俺の名前を呼ぶと、背後から俺を抱きしめた。
「……ノア」
「泣かないでください、アルクスさん。私はアルクスさんが優しい人だってことをわかってますから」
柔らかい腕の感触と、花のようないい香り。彼女の髪が俺の肩を撫でる。
「でも……俺は、ダンに何も言い返せなかった! 俺は、平気で人を殺すような奴なんだ!」
「それでも、同じくらいたくさんの人を幸せにしてきたじゃないですか」
ノアは俺の前に回り込むと、頭を優しく撫でてきた。
「確かに、アルクスさんは人の命を奪ったかもしれません。でも、それ以上に、たくさんの命を救ったんです。皆、それをわかっていますよ」
「だけど、俺はライゼたちを……仲間をいつか、殺してしまうかもしれない!」
「アルクスさんはそんなことしないって、わかってますよ。アルクスさんは、他人のために笑ったり、泣いたり、怒ったりできる人なんです」
ノアは振り返ると、ダンと向き合った。
「あなたがダンさんですね。アルクスさんのことを惑わすのはやめてください」
「……なんだお前? じゃあ、お前はアルクスに殺されてもいいって言うのかよ?」
「アルクスさんはそんなことはしません。それに……私はアルクスさんのことを信じています。だから、殺されてもいいです」
「……チッ」
ダンは苛立った様子で舌打ちをすると、そっぽを向いて歩き始めた。
「あーあ、つまんなくなっちまった。じゃあな、スライム野郎。またいつか、てめえをいじめてやるからな」
ダンが村の外へ歩いていく。……と思うと、すぐに奴の背中は消えてしまった。
誰もいない村の中に、俺とノアだけが残った。
「……ありがとう、ノア。助かったよ」
「いえ、私は思ったことを言っただけですよ」
「さっき、殺されてもいいって言ってたけど、それは……」
「そのままですよ。私はアルクスさんが悪い人じゃないのを知っています。だから、信じているんです」
ノアは優しく微笑み、その場に座り込んでいた俺に手を差し伸べてくれた。
「過去は、変えられません。失敗や過ちばかりで、嫌なことかもしれません。でも、過去って光だと思うんです」
「光?」
「光があるから、進む道がわかるんです。だから、私たちはその灯りを頼りに、前に進むしかないんです。私は、アルクスさんが決めた道を、一緒に歩きたいと思っています」
俺は涙を拭った。そして、ノアの手を取った。
言いたいことはたくさんある。
信じてくれて、ありがとう。ノアがいてくれて、本当によかった。
だけど、ノアはそれすらわかってくれているような気がしたから、言わなかった。
本当に、仲間がいてくれてよかった。信じてくれる仲間が、俺にはいるんだ。