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192/218

192.大丈夫ですよ

「ライゼ、シエラさん、イレーナ……」


 そこに立っていたのは、知っている三人だった。

 見た目はいつもの彼女たちと変わらない。だけど、目が闇を見つめているように虚ろだ。


 なんでここに、という俺の思いをよそに、ライゼが話し始めた。

「ねえ、アルクス。アンタは私のことを殺したりしないわよね?」


「そんなこと……するわけない!」


「嘘つき。都合が悪くなったら、殺すんでしょ? モンスターやダンみたいに」


「しないって言ってるだろ!」


 声を荒げてしまった。三人の冷ややかな目が注がれる。


「じゃあ、アル君は私が死ぬか、自分が死ぬかだったらどっちを取るの?」


「それは……」


 答えられない。口だけならなんとでも言えるだろうけど、いざその時になって、同じことが言えるかはわからない。


「ほら、やっぱり。自分が一番かわいいんじゃん」


 イレーナが俺を非難する。


「……何がしたいんだ。三人の偽物なんか見せて。これは何の試練なんだ!?」


「偽物なんかじゃないわ。私たちは未来を写し取る鏡のようなもの……とでも言っておこうかしら」


「アル君は問いに答えられない。つまり、いつかの未来、私たちを見殺しにするかもしれないということ」


「ふざけるな……そんなの詭弁だ!」


「じゃあ、アルクスは自分と私たち、どっちを取るんだ?」


 答えられない。

 口ごもっているうちに、だんだんと、俺は自分が分からなくなってきた。


 俺は、どうするべきなんだ……?


「はい、時間切れ」


 その時、傍観を決め込んでいたダンが手を叩いた。

 それと同時に、三人の首が吹っ飛んだ。


「!?」


 突然のことに、俺は動けなくなった。

 あまりにむごい光景に、俺は激しい吐き気を催した。


「お前……何してるんだ!?」


「あひゃひゃひゃひゃ! おいおい、逆ギレかよ? 選択したのはお前だろ?」


「選択しただと……?」


「お前は決断を先延ばしにして、仲間を見殺しにしたんだよ!」


「そんなことしてない!」


「じゃあ、お前は自分か他人か、どっちを取るのか決められるのかよ?」


 無理だ。そんなことは、簡単に決められない。


「他人を踏み台にして、偽善者ぶって、結局は自分が可愛いのかよ?」


「違う! 俺はそんなじゃ……」


「何が違うんだよ、言ってみろよ!!」


 その時、ダンがこちらに肉薄してきて、俺の横面を殴ってきた。

 体が吹っ飛ばされ、地面を転がる。全身が痛い。


「いつか、こんなことがあったよな。お前はあの頃から何も成長してない」


 ダンはケラケラと不気味に笑い、俺を指さした。


「お前は、存在しているだけで他人を傷つける。だから――一人ぼっちで、ただ一人、孤独に、誰にも迷惑をかけないように生きて、寂しく死ぬんだよ!!」


「あああああああああああああああ!!」


 俺はただ、叫ぶことしかできなかった。

 涙があふれてくる。喉が痛い。それでも、叫ばないとこの感情を落ち着かせることが出来なかった。


 俺は、強くなっているつもりだった。たくさんの敵と戦って、レベルを上げて、強くなってきた。

 ――そのつもり、だったのに。


「大丈夫ですよ」


 その時だった。

 俺の背後で、声がした。


「大丈夫ですよ、アルクスさん」


 鈴が鳴ったような、綺麗で優しい声。

 声の主は俺の名前を呼ぶと、背後から俺を抱きしめた。


「……ノア」


「泣かないでください、アルクスさん。私はアルクスさんが優しい人だってことをわかってますから」


 柔らかい腕の感触と、花のようないい香り。彼女の髪が俺の肩を撫でる。


「でも……俺は、ダンに何も言い返せなかった! 俺は、平気で人を殺すような奴なんだ!」


「それでも、同じくらいたくさんの人を幸せにしてきたじゃないですか」


 ノアは俺の前に回り込むと、頭を優しく撫でてきた。


「確かに、アルクスさんは人の命を奪ったかもしれません。でも、それ以上に、たくさんの命を救ったんです。皆、それをわかっていますよ」


「だけど、俺はライゼたちを……仲間をいつか、殺してしまうかもしれない!」


「アルクスさんはそんなことしないって、わかってますよ。アルクスさんは、他人のために笑ったり、泣いたり、怒ったりできる人なんです」


 ノアは振り返ると、ダンと向き合った。


「あなたがダンさんですね。アルクスさんのことを惑わすのはやめてください」


「……なんだお前? じゃあ、お前はアルクスに殺されてもいいって言うのかよ?」


「アルクスさんはそんなことはしません。それに……私はアルクスさんのことを信じています。だから、殺されてもいいです」


「……チッ」


 ダンは苛立った様子で舌打ちをすると、そっぽを向いて歩き始めた。


「あーあ、つまんなくなっちまった。じゃあな、スライム野郎。またいつか、てめえをいじめてやるからな」


 ダンが村の外へ歩いていく。……と思うと、すぐに奴の背中は消えてしまった。


 誰もいない村の中に、俺とノアだけが残った。


「……ありがとう、ノア。助かったよ」


「いえ、私は思ったことを言っただけですよ」


「さっき、殺されてもいいって言ってたけど、それは……」


「そのままですよ。私はアルクスさんが悪い人じゃないのを知っています。だから、信じているんです」


 ノアは優しく微笑み、その場に座り込んでいた俺に手を差し伸べてくれた。


「過去は、変えられません。失敗や過ちばかりで、嫌なことかもしれません。でも、過去って光だと思うんです」


「光?」


「光があるから、進む道がわかるんです。だから、私たちはその灯りを頼りに、前に進むしかないんです。私は、アルクスさんが決めた道を、一緒に歩きたいと思っています」


 俺は涙を拭った。そして、ノアの手を取った。


 言いたいことはたくさんある。

 信じてくれて、ありがとう。ノアがいてくれて、本当によかった。


 だけど、ノアはそれすらわかってくれているような気がしたから、言わなかった。


 本当に、仲間がいてくれてよかった。信じてくれる仲間が、俺にはいるんだ。

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