190.最強の魔女【SIDE:リュドミラ】
黒いモンスターがうめき声をあげながら、ゆっくりと起き上がる。
仕草からして、あんまり慣れてないみたいだね。やはり、こいつは人間か……。
「アンタ、名前は?」
「フッ! 人間の頃の名前など捨てたわ! ワシの名前は……『ゴッドロイド』とでも名乗ろうか!」
「ゴッドとかライジングとかバーストとか、なんで男ってのはそういうのが好きなんだい?」
名前はおそらくロイド、か。
聞いたことない名前だから、多分大した実力はなさそうだねえ。もしレベルが高い人間だったら、面倒だった。
「単刀直入に言う。アンタ、スキルを複数持ってるんだろ? どうやって手に入れた?」
「アア? そんなの、貰ったに決まってるだろうが!!」
「貰った? 誰にだ?」
「そんなの知らん! 言っておくが、ワシは満足しているんだぞ!! 人間を食って、強くなって、自由になれた!! これなら、クソッタレ冒険者にも負けないぞ!!」
まったく、本当にバカだね。
「アンタは自由なんかじゃないよ」
「なんだと……?」
「冒険者って言葉が口から出てくる時点でお察しさね。本当に自由な人間は、周囲と比較する必要なんてないのさ。誰かを見返すために強くなる、なんてくだらない話さね」
ロイドが憤慨した様子を見せる。
図星を突かれて喚き散らして、暴れて、まるで子供じゃないのさね。
「アタシのスキルで、アンタを元の人間サイズに戻してやるさね。アンタ本体は助からないかもしれないけど、巻き込んだ人間は無傷で戻せるさね」
「……嫌だ」
ボソリ、とロイドが呟く。
「嫌だ嫌だ嫌だ!! 強くなって、やっと満足できるようになったと思ったのに!! この姿になったら腹は減るし、挙句の果てにはワシは助からないだと!? なんでワシばっかりこんな目に合わなくちゃいけないんだ!!」
「自業自得。自分の気持ちがどうなんて、自分自身の問題さね。努力をしないくせにプライドばかり高い人間が、『自分ばかり』と言うんだよ」
まあ、巻き込まれたならちょっと可哀想な部分もあるけどねえ。
なんにせよ、こいつがアタシの助言をちゃんと聞き入れればいいだけの話さね。
「で、そこでコソコソ話を聞いてるアンタは何者なんだい?」
アタシは振り返り、がれきの山を指さした。
「アンタだよアンタ。気配を消してるつもりなんだろうけど、全部バレてるんだよ」
「……なぜだ!? ユニークスキルは感知されないんじゃないのか!?」
そこから現れたのは、茶髪の壮年の男だ。背が高く筋肉質だが、見た目に反して気は弱そうさね。
「覗き見なんて趣味が悪いね。で、誰なんだいアンタは」
「オレはマルク! 箱舟の一員だ!」
「その団体の名前は知らないけど……アンタがこいつをこんな姿にしちまったのかい?」
「答える義務はない!」
「じゃあ、ちょっと痛い目見てもらおうかねえ」
アタシは瞬間移動でマルクの目の前に移動し、腹部にパンチを入れた。
レベルはだいたい50代って感じさね。このくらいの実力なら……こんなもんさね。
「うがあああああああああ!!」
腹部、顔面を交互するように、ラッシュを叩きこむ。鈍い音が宙で鳴り響く様子は、まるで火花でも散っているようだ。
――これで250発。まあ、これくらい殴れば楽さね。
「あ、ああああああああ……」
ラッシュが終わると、マルクは膝を突きながら悶える。
「な、なんなんだよお前……どんだけ強いんだ!?」
「質問してるのはこっちさね。ロイドを化け物にしたのはアンタかい?」
アタシの声のトーンに、ようやく本気だと思ったマルクは、必死な様子で答える。
「ち、違う! オレはただ、そいつが完成するまで邪魔者が入らないように警備するように言われていただけだ!」
どいつもこいつも、他人に言われただの知らないだの、どうしちまったんだ。
言いたいことなんていくらでもあるけど――今はとにかく、こいつに構ってる暇はないね。
「で、アンタに命令したのは誰なんだい?」
「私よ。リュドミラ」
その時、別の方向から、女の声がした。
まさか――嘘だろう? そんなわけ――、
アタシの理性が肯定すればするほど、感情がそれを否定する。
アタシはこの女の声を知っている。
「シラユキ……!!」
「久しぶりね。あなた、相変わらず強いみたいじゃない」
美しい白髪に、桜色の着物。ルージュ色のリップを引いた、処女雪のような女。
そこには、アタシの知っているシラユキが立っていた。
「ミラさん!」
そこに、ライゼとローラ、フランの3人が追いついてきた。
いいタイミングさね。
「……ずいぶん時間がかかったねえ。これはまだまだ修行が必要さね」
「私たちも急いで追いかけたけど、ミラさんは飛んでたじゃないですか!?」
「アンタたちも空くらい飛べるようになるよ。……で、来て早々、悪いんだけどね」
アタシはマルクを指さした。
「フランは街の人の避難誘導を。ローラはあの黒い化け物――ロイドを。ライゼはあの茶髪の男――マルクを。それぞれ相手してくれないかい」
「わかりました!」
いつも返事をすぐするように教えていたから、ライゼの返答は早い。
いい子だね。これなら、安心してぶつかれる――!
「アタシはそこにいるシラユキをやる」
「あら、あなたが相手してくれるの? 嬉しいわね」
こいつだけは何としても――アタシが倒す!