185.決裂と旅立ち【SIDE:グレン】
「お前の仲間になれっていうのか?」
「そうだ。僕たちは仲間を集めているんだ。君たちにもその一員になってほしい」
リューヤは俺に向かって手を差し伸べる。
「なんのためだ?」
「それは、仲間になった後に教えるよ。今はひとまず、君の意向を聞きたい」
この男、かなり怪しい。いきなり出てきて仲間になれ、というのはいくらなんでも性急だ。
しかし、同時にこいつがマシューのように狡猾な人間ではないというのもわかる。こいつはひとまず、嘘をついていない。
だが、仲間になるとなれば話は別だ。
「断る。残念だがお前と仲良くするつもりはない」
「理由を聞いてもいいかな」
「お前はザネントを殺した。俺は人の命を大事だと思っている。考え方が違うんだよ」
「なぜだい? それは彼が弱いのが悪いじゃないか」
その刹那、全身の毛穴から、ぶわっと汗が溢れ出してくるのを感じた。
リューヤの雰囲気が変わった。なんだこのオーラは……? 殺意をどこまでも突き詰めたような、この空気は……?
「僕はね、この世界で一番強い人間になろうと思っている。そのために箱舟に入った。さっきの戦闘を見ていて、僕は君が気に入ったんだ」
「……だからと言って、弱い人間を殺していい理由にはならないだろ」
「どうしてそんなしがらみに囚われているんだ? そんなに強い君が? なぜ?」
リューヤが放つオーラが一層強くなる。吐き気がしてきた。もはや立っているだけでも辛くなってきたぞ。
「それでも……俺は、この拳を『大事』を守るために使いたい。お前とは考え方が違う!」
「……そうか。君は強いんだな」
リューヤが言った途端、オーラが引っ込んだ。俺は過呼吸気味になりながら、空気を肺に取り入れる。
殺気を収めたリューヤは、満足げな表情で俺の前に立った。
「ゴーレム。僕は君が気に入ったよ。僕のオーラを前に己を曲げなかった君は強者だ」
その時、気が付いた。体が動かないことに。
なんだこれ――? 金縛りになってるのか? 動こうとしているのに、体がビクともしない!
「また会おう。きっと君は強くなって、僕に会うだろう。そして、僕はまた君に同じことを問うだろう。次に会うのはその時――」
「ま……て」
声を絞り出して、やっと奴の背中に届くくらいだ。
呼吸が出来なくて、意識が朦朧としてきた。奴はどこかへ行こうとしている。その前に、伝えなければ――、
「俺……の、名前……は、グレン……だ」
リューヤはそれを聞くと、ニヤリと笑った。
「そうか、グレン。また会える時を楽しみにしてるよ」
リューヤのその言葉を聞いて、俺は気を失った。
*
「ちょっと~~!! グレン、起きなさいよ~~!!」
体が痛い。俺は仰向けになっていて、誰かが胸の辺りを殴っている。
……というか、この声は。
「……サラか」
「グレン!? グレン生きてたのね!! うわああああああああああああ!! よかったあああああああああ!」
サラは子どものように大声で泣き叫び、俺の胸を両手でポカポカと殴った。
ここはさっきまでザネントと戦っていた部屋だ。彼女は俺の傍らに座っていて、様子を見ていてくれたらしい。
目を覚まし、気を失うまでの記憶を思い返す。
そこで、俺の中に敗北の実感がわいてきた。
「……勝てなかった」
リューヤという男。拳すら交えていないのに、その実力差は圧倒的だった。
おまけに、奴もユニークスキルを持っている。まともに戦って、勝ち目はないだろう。
「……強くなろう」
「何? ボソボソ言ってて聞こえないんだけど!」
リューヤは、いつか俺と奴が会うことになるだろうと言っていた。
それがいつになるかはわからない。だが、その時はきっと、奴と戦うことになるのだろう。
その時に、勝てるようにならなければならない。
幸い、<ゴーレム>は進化するスキルだ。きっとまだ成長する余地があるはず。
――それに。
「……何見てんのよ! 言っとくけど、あたし泣いてないから!」
俺の隣にはいつも、誰かがいてくれる。ならば、どこまでも強くなれるはずだ。
「お前とも、ずっと一緒にいれたらいいな」
「ちょっと、それどういう意味!? っていうか、一人で納得しないで欲しいんだけど!」
俺は立ち上がり、天井を見つめた。
壁は高く、遠い。だが、この拳がある限り、俺は誰かのために強くなろう。
自分とはどこにいるんだろうか? それはまだわからないままでいる。
だが、自分を探すための道は、これから切り開いていくことができる。
「……ねえ、グレン。安心したらなんかお腹空いてきちゃった! 今日はパスタの気分ね!」
「待て、飯はさっき食ったばっかりだろうが!」
「いいじゃない。一緒にご飯を食べられるって、素敵なことなんだから!」
「……仕方ないな。その代わり、さっきみたいに一人で走って先行くなよ」
「はーい!」
そして、その道の途中で誰かに出会い、ともに歩いていくのだ。