184.探し求めていたものは【SIDE:グレン】
「そうか、オレは負けたか……」
天井を見つめ、ザネントは寂しそうに呟く。もはやさっきまでの大声で喋るだけの気力もないようだ。
「はは、は……悔しいな。でも、悪くない。初めての敗北がお前なら、な」
ザネントは静かに笑うと、体を大の字にした。
「殺せ。お前にはそうするだけの権利がある」
俺たちは命の奪い合いをしていたのだ。だから、ザネントの言う通り、ここで奴にとどめを刺すのが筋だ。
――だが。
「殺さない」
「……なんだと?」
「俺の拳は不殺だ。人の命は奪わない」
俺の言葉に、ザネントはひどく狼狽えた。
「……ふざけているのか? オレを殺さなかったらどうなるか――」
「また追手を差し向けてくるかもしれないし、次やったらお前が勝つかもな。……でも、そのときは全力を以って戦うだけだ」
「そこにいる女も、襲われるかもしれないんだぞ?」
「それでもだ。それに、サラは俺が守らないといけないほど、弱くはない」
わかったことがある。
俺は、一人ではない。
本当の両親がいて、ヴィットがいて、サラがいて。俺は一人で戦っているようで、その実いつも誰かに貰ったもので戦っているのだ。
誰もが、誰かの『大事』なのだ。俺は、そんな『大事』のために戦いたい。
「お前は、俺に『愛』を教えてくれた。もう立派な『大事』だ」
「……お前が寝ている隙に、その顔面を拳で潰すかもしれないぞ?」
「そんなことする性質じゃないだろお前は。それに――復讐の憎悪に取り憑かれた哀れな男は、俺が倒した」
……思えば、お前は既にわかっていたのかもな。アルクス。
お前の近くには一緒に戦う仲間がいて、命を奪いに来た俺に笑顔を向けるそんな姿を見て、俺は羨ましいと思った。
俺は、あの時のお前に少しでも近づけているだろうか。
それはわからないが――これが幸せという奴なんだろうな。
「……そうか。もう終わったのだな」
ザネントは力なくそうつぶやき、まるで抜け殻のようにぼんやりとし始めた。
しかし、そんな彼の目は、少し楽しそうに見えたような気がした。
「ザネント、教えて欲しいことがある」
「オレにわかることならなんでも」
「マシューはなぜ、ユニークスキルを持った奴隷の子どもを集めていたんだ?」
そもそも俺の目的は、自分の正体を知ることだ。
俺の正体を知るには、<ゴーレム>が深く関わっている。その<ゴーレム>が何なのかを、俺は知りたいのだ。
「……俺は政治のことをほとんど弟に任せていた。だから、そういったことは何も知らない」
「じゃあ、マシューが死んだ今、真実は闇の中ってわけか」
「いや、そうとも言えない」
ザネントの否定に、俺の興味は一気に引き付けられた。
「何か知ってるのか!?」
「知っているというほどではないが――弟はときどき、外部の人間と定期的に話をしていた。一度、その人間と『ユニークスキル』について話しているのを小耳に挟んだことがある」
ユニークスキルの子どもを集めていたのは、その人物が何か関係しているということか?
マシューの真意を知れば全てが解決すると思っていたのに……どうやら思ったより問題は根深いようだ。
「その人物については何か知らないのか?」
「容姿は、とても妖艶な美女だった……髪は老婆のように白かったが、肉体は20代ほどに若々しく、服もとてもいい物だったな。アレは――なんと言ったか」
「それで、その女の名前は知らないか?」
「わからない。だが、女が所属している組織の名前は多分だが聞いた。名前は確か『箱舟』――」
その瞬間だった。
ザネントの体が、一気に黒い炎に包まれた――!
「なんだ!?」
訳がわからず、俺は後退して様子を見た。
火種なんてなかったのに、その炎は瞬く間に激しく燃え上がると、ザネントの体を包み込んでしまった。
「あああああああああああああああ!! 熱い!! 熱い!!」
「ザネント!」
「おいおい、余計なこと言ってくれちゃ困るよ」
苦しむザネント。その時、扉から部屋に入ってきたのは、一人の男だった。
髪は黒く、服装も黒っぽいものを着ている。まるで死神のような見た目だ。
見た目はただの高青年だが、オーラが違う。それでいて、部屋に入ってくるのに気づけなかった!
間違いない。この黒い炎を放ったのは、この男だ!
「おい! 炎を消せ!」
「無理だね。その男は喋りすぎた。まったく、マシューから連絡が途絶えたと思ってきてみれば、組織のことを話しちゃうなんてさ」
男が話している間に、ザネントを包んでいた炎は、彼の体を消し去ってしまった。塵一つ残っていないその場を見て、俺は戦慄した。
弱っていたとはいえ、ザネントはかなりのやり手のはずだ。それをたった一撃で――こいつ、ただ者じゃない!
「君、ゴーレムでしょ?」
「そっちが先に名乗ったらいいんじゃないのか」
「ごめんごめん。僕はユニークスキル<ドラゴン>を持っているリューヤって言うんだ。箱舟の一員って言えば、伝わるかな」
こいつが、ユニークスキルを集めている組織の一員か……!
つまり、情報を漏らしたザネントを始末しにきたというわけだ。
「あって早々で申し訳ないけど、本題に移ろうか。僕はあまり前置きが得意じゃないんだ」
探し求めていた人物を前に、俺は息を呑んだ。
「君と、そこにいる<フェニックス>にも箱舟の一員になってほしいんだ」