182.ザネントの猛攻【SIDE:グレン】
「えっ……ちょ、ザネント様!? な、何を……あぎゃああああああああああああ!!」
ザネントはワカメ男に馬乗りになると、何度も何度も男の顔面を殴りつける。
そのために男の悲鳴が上がるが、彼は手を止めない。真意の見えない突然の猛攻に、俺はひたすらに戦慄した。
「待ってください! 痛い痛い痛い!! ボクは、何を誤ったというのでしょうか!?!?」
「ん? 何を言ってるんだお前は? これは『愛』だぞ?」
「あ、愛ですか!?」
「そうだ。お前はこのオレからの『愛』を拒絶するのか? そんなはずないだろう! 愛とは、痛みを乗り越えた先にあるものだッ!」
ザネントはそう叫ぶと、最後に強烈な一撃をワカメ男に叩きこみ、大きく息を吐いた。
もはやワカメ男は完全に気を失っていた。それもそうだろう。あんな攻撃を千発も受けるなんて、まともな人間なら発狂していてもおかしくない。
「……オレのスキルは<千手覇王>。殴った数だけ攻撃力が上がる」
ザネントは腕をグルグルと回して立ち上がると、ワカメ男に一瞥をくれた。
「こいつは、オレのスキルのウォーミングアップとなった。すなわち、愛の拳を受けた。愛を糧に、オレは強くなるのだ」
「……暴力を正当化しているようにしか聞こえないがな」
「黙れ。お前はオレから大事なものを奪った。それは我が弟、マシューだ」
次の瞬間、ザネントの肩が震え始めたかと思うと、奴は大声で喚き始めた。
「うおおおおおおおお!! オレのッ! 弟をッ! よくも殺してくれたなああああああああああ!?」
「なんだこいつは……? 頭がおかしいのか……?」
「弟はッ! オレよりもずっと頭がよかったッ! だが、あまりにも貧弱だったッ! だから死んだッ! この世は弱肉強食ッ!」
ザネントは腕で涙を拭うと、鋭い眼光で俺を睨み据える。ものすごい気迫だ。思わず息を呑んでしまう。
「だが、マシューを殺したお前だけは許さねえッ! オレは愛を糧にして、拳でお前に復讐するッッ!!」
その刹那――ザネントの姿が消えた。
あんな巨体が消えるわけがない。俺は慌てて辺りを見回した。さらに驚いたのはその瞬間だった。
「遅いな。それでよくここまで来れたものだ」
ザネントの声が、聞こえた。――背後で。
「何っ!?」
振り返った時にはもう遅い。ザネントの拳は俺の胴体を捉える直前だった。
「<壊れない双璧>!!」
これを食らったら、軽く死ねる! そう感じ取った俺は、胴体とザネントの拳の間に、自分の腕を素早くねじ込んだ。
<壊れない双璧>の効果は、自分の腕の硬化! 寸前で攻撃を防いだ俺は、パンチの勢いで吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「い、痛ぇ……なんだこいつ……!?」
<壊れない双璧>で防いだというのに、俺の腕にはパンチの跡が出来ていて、シューシューと音を立てて煙が上がっている。
それに、たった一撃でこの広い部屋の壁まで叩きつけられるなんて、まるで規格外だ。とても人間業とは思えない。
「……ふむ。かなり硬いな。千発も殴って砕けなかったものは初めてだ」
どうやら驚いているのは俺だけではないらしく、ザネントも自分の拳を見つめている。
「ただの遅いガキだと思っていたが、認識を改めよう。お前は全力を以って殺し、弟への弔いとする!!」
「ああそうかよ。だったら俺も――本気でやらせてもらう!」
俺は壁から抜け出すと、ザネントに突進した。
「<最硬にて最強>!!」
スキルを発動すると、全身が内側から激しく熱くなっていくのがわかる。まるで心臓が高温になっていくようだ。
「ほう、それがお前のスキルか! 楽しくなってきたな!!」
ザネントが拳を打ち込んでくるので、俺もそれに合わせてパンチを繰り出す。
二人の拳がぶつかった瞬間、大きな音と振動が部屋の中を駆け巡る。
<最硬にて最強>の制限時間は5分。連続で発動すると全身に激痛が走るため、ここで勝負を付けなくてはいけない!
だが、いくら殴ってもザネントに隙が出来ない!
「どうしたどうした!? いくらかは速くなったようだが、全然足りないぞ!!」
ザネントは好戦的な笑みを浮かべながら、俺への攻撃を止めない。その威力は、スキルの効果でさらに増している!
事実、俺は威力・スピードともに、ザネントに負けている。どうやったらここまで肉体を強化できるって言うんだ!?
じりじりと自分の足が後ろに押されているのがわかる。まさか、<最硬にて最強>をもってしてもこいつを超えられないというのか!?
「これで1500発! オレの拳は、もう誰にも止められない!!」
両者のラッシュがぶつかり合う中、俺の焦りだけが蓄積されていく。
このままじゃ……失うのは俺の命だけじゃない。サラもやられる!
どうやったら、この状況を打開できる!? あの時のように、もう俺は大事を失いたくない!
「おらあああああああああああああ!!」
その刹那、ザネントのパンチのギアが上がり、俺は態勢を崩してしまった。
「しまっ……」
「終わりだ、ゴーレム!!」
ザネントはさらに畳みかけ、俺の反撃も軽く弾き返す。
「この世界は、弱肉強食!!」
俺の全ての攻撃は虚しく弾かれ、なす術がない。
「そして、お前はこのオレの拳の前に敗北した!!」
反撃のボディーブローをモロに食らった俺は、地面に叩きつけられ、大きなクレーターを床に作る。
「恨むべきは、お前自身の弱さだあああああああああ!!」
床で体がバウンドした瞬間、ザネントは俺の体を捉え、渾身の一撃を叩きこむ。
俺はまるで嵐に吹かれたようにして、再び壁に叩きつけられ、床に倒れ込んだ。
駄目だ。これは勝てない。
いくらなんでも戦力差がありすぎだ。おまけに、向こうの攻撃力はどんどん上がっていく。
ちょうど5分が経過し、<最硬にて最強>の効果も切れた。もはやここから逆転する術はない。
あとは、殺されるのを待つだけだ。悔しい気もするが、仕方ない。運が悪かったのだ。
「止めて! グレンを殺さないで!」
そんな俺の前に立ちはだかったのはサラだった。うっすらと目を開けると、サラは両手を広げて、ザネントを通せんぼしている。
「サ……ラ。逃げ……ろ」
「逃げるわけないじゃない! あたしたち、家族だって言ったじゃん!」
「かぞ、く……?」
「そうだよ! あたしたちこれからもっと美味しいもの食べて、いろんなところを見ていくんだよ!」
サラは俺の手を掴むと、涙を流しながら訴えかける。
こいつ、弱いくせになんでザネントの前に立てるんだよ? 本当は怖いはずだろ……?
俺のことなんて置いて、逃げればいいのに。なんでそこまでして俺を……?
……そうか。家族だからだ。俺はいつの間にか、こいつの『大事』になってたってことか。
サラも、『大事』を守るために必死だったんだ。サラは、俺が思うような弱い奴じゃなかった。
……だったら、まだ負けられないよな。
「ん……? お前、なんだその光は……!?」
その時、ザネントが不思議そうに声を漏らした。
見ると、俺とサラが繋いでいる手に、一筋の光が宿っていた。