181.最悪の再会【SIDE:グレン】
「ふー、美味しかった~!」
食事が終わると、サラはいつになく上機嫌だった。鼻歌を歌いながらスキップをし、俺よりもずっと先を進んでいる。
……あいつが頼んだ肉はかなり上等なものだったらしく、もう手持ちはすっからかんだが、それは言わないでおくことにした。
「ねえグレン? 今日はこのままどこかに遊びに行きましょ?」
「駄目だ。お前わかってるのか? 俺たちは脱走してきた身なんだぞ」
「脱走したからって、いい思いをしちゃいけないなんてルールはないし。ね、いいでしょ?」
俺はため息を吐いた。半分は呆れたからだが、もう半分は、サラに手を焼き始めているからだ。
というのも、俺は少しずつ、サラに強く物を言うことが出来なくなっていた。会った時は強い口調で命令をしたり、無視をしたりすることで言うことを聞かせていた。
この心境の変化は、おそらくサラが俺にとって特別な存在になりつつあるからだろう。
ヴィットの時もそうだ。最初は道案内としか思っていなかったが、奴は俺に大事なことを教えてくれた。
サラも、俺に人とのつながりの大切を教えてくれた。本人はその自覚はないだろうが、その意味は大きかった。
今まで知らなかった複雑な心境に、俺は戸惑っている。同時に、この気持ちこそが、自分自身から湧いてきたものだと感じていた。
「おい! あれじゃないか!?」
その時、先を走っていたサラが足を止めた。彼女の目の前には、鎧を身に纏った兵士だった。
「グ、グレン!」
「下がってろ!」
俺は兵士を見るなり、オオカミが喉笛に飛びつくようにして前進した。
「う、うわあああああ!! 下がれ! 下が――、」
兵士の一人に拳を叩きこむと、兜が大きくへこみ、地面に転がる。
兜の向こう側の兵士の顔は――ひどく怯えていた。
「ま、待ってくれ! 俺はまだ死にたくな――、」
「お前に恨みはないが、死んでもらう」
次に腹部に拳を叩きこむと、鎧にひびが入る音がして、男が勢いで尻もちをついた。
「ひっ、い、嫌だ!!」
「グレン、やめて!」
その時、男にとどめを刺そうとした俺の前に立ったのは、サラだった。
「どけ。そいつは殺さないといけない」
「駄目だよ! 人を殺すグレンなんて嫌!」
サラは俺の体にしがみついて、男を殺させまいとする。そうしているうちにも、半壊の鎧を身に纏った男は一目散に逃げて行った。
「俺は……化け物なんだよ!! だから、人を殺したっていいだろうが!!」
「違うよ! グレンは人間だよ! そんな悲しいこと言わないで!」
苦しい。なんだこの気持ちは。昔なら何も考えずに奴を始末できたのに!
「おー怖い怖い。ずいぶん怒ってるみたいだね、ゴーレム君?」
その時、兵士たちと交代でやってきたのは、ワカメ男だった。
俺はぐしゃぐしゃになった頭の中を振り払い、男を睨み据えた。
「……お前はずいぶん上機嫌そうだな」
「そんなの当たり前じゃないか! だって、君を始末してもらえる日が来たんだから。ボクをいたぶってくれた恩返しはたっぷりしないとねえ」
フヒヒ、と不気味に笑いながら、ワカメ男は話を続けた。
「君には今、二つの選択肢が用意されている。一つはここから逃げ出して、自分の最期の日を怯えて待つ道。もう一つは、ボクについて来て潔く死ぬ道だ」
「ずいぶん勝手なことを言ってくれるな。俺がそんな話に従うはずあるか?」
「いいや、君にはこの二択しかないよ。せっかく助かった命を無駄にしたくはないだろう?」
こいつ……まさか、ヴィットのことを言ってるのか!?
「この……下衆野郎が!」
「ボクのことは何とでも言えばいいさ。さあ、どうするんだい? ボクについて来るか、それとも死ぬまでの時間を延ばすか」
そんなもの、実質一択のようなものじゃないか。
俺は歯噛みしながら、叫びたい気持ちを押し殺して呟いた。
「……案内しろ。ザネントのもとに」
「理解してもらえたようでうれしいよ。さあ、行こうか」
俺とサラは、ワカメ男のぬるぬるとした背中を見ながら、奴についていった。
向かった先は、ヘイルエイクで一番大きい屋敷――俺はあの建物を知っている。かつてマシューが暮らしていた屋敷だ。
「ここだ」
長い廊下を進んだ後、ワカメ男はある扉の前で立ち止まり、咳ばらいをした。
おそらく、この先にザネントがいる。俺は武者震いをし、生唾を飲んだ。
「失礼いたします、ザネント様」
ワカメ男は律儀に扉をノックすると、部屋の中に進んでいく。俺たちもそれに続き、おそるおそる中へと進む。
扉の先は大広間になっていた。部屋の中に家具らしいものは一つもなく、ひどくこざっぱりとしている。
しかし、部屋の中央には巨大な椅子が用意されており、圧倒的な存在感を放っている。そして、その椅子に座っている人物がいた。
「ご苦労だったな」
部屋に響く低く唸るような声。一言発しただけなのに、まるで心臓に直接伝わってくるようだ。
椅子の上に足を組んで座っていたのは――座高だけでも3メートル近い大男だった。
あれが――ザネント!? いくらなんでもデカすぎる! 上半身には何も着ておらず、まるで岩石を繋ぎ合わせたように筋骨隆々だ。
「ザネント様、こやつらが脱走したゴーレムとフェニックスです! 特にゴーレムは、ボクをいたぶりました! 何卒、ザネント様の鉄槌をお与えください!」
「……そうか」
ザネントは小さくそう言うと、ずしんずしんと音を立ててワカメ男の前まで歩いた。
「……ザネント様? いかがいたしましたか? 処刑するのはあっちの二人じゃあ――、」
「その前に。まずはお前に、『愛の拳』を千発ほど叩き込ませてもらう」
「…………え?」
次の瞬間、ワカメ男はザネントの巨大な拳に叩き潰された。