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180.俺たちは家族だ【SIDE:グレン】

「こっちこっち! ほら、いい匂いがしてきた!」


「おい、勝手に走るな!」


 まったく、こっちは追われている身だというのに、サラはそんなこと一切気にしていないようだ。

 彼女は俺を引き回すように街を走り、いい匂いのする方に向かっているようだ。


「ここよグレン! 入りましょ!」


 サラは匂いの正体を突き止めたようで、街の一角にあるお店の中に吸い込まれていった。

 あいつ……こっちは金がないのに、そんなこと何も考えてないな。仕方ない、サラが入ってしまった手前、食事はここで済まそう。


 ため息を吐きながら店に入ると、サラは奥のテーブルに座って、メニューを開いて眺めていた。


「ねえ、グレンは文字読めるの?」


「……読めないが」


「あたしは読めるよ! しょうがないなあ、あたしがグレンの代わりに読んであげるよ!」


 何か出来レースじみた恩着せがましさを感じるが。サラは自信たっぷりにメニューを見ると、店員にいろいろと注文し始めた。

 勝手に注文するなと言いたかったが、俺は文字が読めないため、こいつに任せるしかなかった。


 数分ほど待っていると、俺たちのテーブルには肉料理が運ばれてきた。

 焼かれている牛肉からは、香ばしい香りが漂ってきて、一気に食欲がそそられる。やや赤みが残るちょうどいい焼き加減の色味、ジュージューという音、鼻腔に漂う匂い。全てにおいて美味そうだ。


「ちょっ、グレン! お肉は手で食べちゃダメっていつも言ってるでしょ!」


「別にいいだろ。手で食べた方が早いんだから」


「そういう問題じゃないの! ほら、ショッキ(・・・・)使って!」


 俺の前には二本のショッキ(・・・・)が置かれた。どう見ても刃物にしか見えないが。

 サラはと言うと、その銀色のショッキを器用に使い、上品に肉を切り分け、口に運んでいる。


 最近まで地面に置かれた汚いパンを食べていたんだから、急にこれを使えと言われても、できるはずがない。

 だが、騒がれると面倒だし、手で食べると周囲の人間に見られるのも事実だ。俺は仕方なく、サラの真似をすることにした。


「……美味い」


「ね! このお肉、柔らかくてすごく美味しい!」


 そう言われれば、肉は柔らかく、噛めば噛むほど旨味が染みだしてくるようだ。

 こんなに美味しい食事なんて初めてかもしれない。あの冷たい牢獄で食べていたものとはまるで別物だ。


「……この肉は、なんでこんなに美味しいんだ?」


「急にどうしたの?」


「この肉は、今まで食べてて来たどんな料理より美味いんだ。料理はどうしたら美味しくなる?」


 サラは口に肉を含むと、うーんと唸り、飲み込むと同時に口を開いた。


「もちろん、料理した人の腕もあるでしょうね。でも、一番は誰と食べるかだと思う」


「誰と食べるか?」


「だってそうでしょ? どんなに美味しい料理も、一人で食べたらきっと美味しく感じないはずよ。誰かと一緒に食べることが大事だと思うの」


 なるほど、確かにその可能性もあるな。などと納得していると、サラは上機嫌そうに続けた。


「ママが言ってたの! 食卓を囲んで、同じ料理を食べたら、それはもう家族なんだって! だから、グレンとあたしは家族だね!」


「いや、逆だろ。家族だから食卓を囲むのであって――、」


「家族だもん! ……家族、なんだもん」


 サラは突然声を荒げたかと思うと、今度は爆発の後のように静かになり始めた。


「お前――もしかして、家族が欲しいのか?」


「……だって。パパとママがいなくなって、次に会うときは元気な顔を見せるって決めてたんだもん。だけど、二人はいなくなっちゃうし、もう会えないかもしれないし……」


 見ると、サラの大きな目には涙が溜まっていた。

 これまでサラがわがままを言い続けてきた意味がようやくわかった。こいつなりに、元気な振りをしていたんだろう。本当は寂しがりなくせをして、強がっていたんだ。


「――くだらないな」


「何よその言い方! グレンにはわからないかもしれないけど――、」


「食卓を囲んだら家族なんだろ? だったら俺たちはもう家族で、お前には家族がいる。なのに、お前はいつまでそんなくだらないことを言ってるんだ?」


 だったら、俺はそれに乗ってやる。

 元々何もなかった俺には、何かを失くしたサラの気持ちはわからない。――だが、『大事』を想う気持ちは俺にはわかる。


「……そうよね。あたしたちは家族だもんね!」


 サラは元気を取り戻し、再び肉を頬張り始めた。


 不思議な奴だ。鬱陶しいのに弱い部分もあるし、俺にはない考え方を教えてくれる。

 俺は目の前のサラを見ながら、物思いにふけっていた。

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