163.ミラさんの実力
ミラさんと俺たちは、家の外に出ると、少し開けた場所で向かい合った。
「さ、アタシはいつでもいいよ。二人まとめてかかってきな」
ミラさんは軽く準備運動をすると、人差し指をクイッと寄せて挑発してきた。
「二人でいいんですか? 俺は一人のつもりで言ってたんですが……」
「言うじゃない。だけど、いつまでそんな悠長なことを言ってられるかねえ?」
ミラさんは余裕綽々といった様子だ。とてもじゃないが、戦闘のために構えているようには見えない。
「だったらお言葉に甘えて――行くぞ、ライゼ!」
「わかった!」
俺とライゼはアイコンタクトをすると、いつものように俺が前衛、ライゼが後衛で立ち回った。
森の湿った地面を強く蹴り、俺はミラさんに肉薄する。まずは体術で様子見だ!
ミラさんの目の前で地面を蹴り上げて跳躍すると、俺は彼女の顔面に向かって回し蹴りを放った。
「まあ、悪い蹴りではないね」
しかし、その刹那、俺の蹴りが止まった。――否、止められたのだ。
彼女の顔面に届く寸前で、ミラさんが手を出して俺の足を掴んだのだ。それも、危なげというものが全くと言っていいほどない。
「ただ、回し蹴りっていうのは感心しないね。こうやって掴まれたらどうするつもりなんだい?」
彼女の言う通り、足を掴まれたせいで俺は次の動作が出来なくなっていた。
ミラさんは足から手を離し、俺を投げ飛ばした。俺は地面を転がりながら、態勢をすぐに整える。
「本気でかかってきな。じゃなきゃやる意味がない」
ミラさんは腕を組み、泰然自若としたまま言い放った。
今のやり取りだけで、彼女の強さは十分に伝わってくる。蹴りを正面から止めるなんて、類まれな反応速度と力がなければ不可能だ。
ならば――こっちも本気で行くぞ!
俺は剣を引き抜き、再びミラさんに肉薄した。
「ほう。正解さね。最初からそうすればよかったのさ」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
雄たけびを上げ、剣を振り上げる。ミラさんはニヤリと笑ったまま、剣の切っ先を見つめた。
剣が上から下に振り下ろされた。しかし、手ごたえはない。寸前でミラさんが避けたからだ。
「どうしたんだい? まさかそれが本気ってわけじゃないさね?」
俺は一心不乱に剣を振り回すが、まるで太刀筋が読まれているかのようにミラさんに全て避けられてしまう。
掠る気配すらない。俺の攻撃が、全く通用していないのだ。
「アルクス、下がって!」
後方からライゼの声が聞こえてくる。俺はいったん冷静になって、言う通りに引き下がった。
「<大氷結>!」
ライゼの声に伴って、氷の波がミラさんに向かって襲い掛かる。
彼女の足場を悪くして、遠距離からの攻撃をするためだろう。近接では太刀打ちできないのがわかっての作戦だ。
「なるほど、いい判断だね。だけど、ちょっとばかり詰めが甘いね」
氷の波が迫る中、ミラさんは手を高く掲げた。
その瞬間、彼女の目の前に半径一メートルを超えるような大きな魔法陣が出現した。色は赤――火属性だ!
「嘘……そんな、ありえない!?」
ミラさんの魔法陣を見て、途端にライゼが吃驚の声を上げた。それが何を意味しているのか、俺は理解できなかった。
「何がありえないんだい? このくらい、出来なきゃ話にならないさね――<業火弾」
刹那、彼女の魔法陣から巨大な火球が生成され、真っ向から氷の波に向かって行く。
ミラさんの火球はその圧倒的な威力で氷を溶かしてしまい、彼女にそれが届くことはなかった。
「そんな……<業火弾>をあの短時間で発動するなんて!?」
「驚くのはまだ早いね。ほら、見てごらん」
そこで、俺とライゼはミラさんの行動に度肝を抜かれてしまった。
彼女の真っ赤な魔法陣が消えると――今度は、4つの魔法陣が出現した。
驚くべきは、その色だ。青、緑、橙、紫。それはすなわち、彼女は炎属性の魔法に加えて、水・風・土・雷属性の魔法が使えるということだ。
「五属性魔法が使えるの!? 冗談じゃない、そんな話、聞いたことないわ!」
「教えてあげるさね。アタシのスキルは<創造者の想像>。その能力は、想像したことを全て実現できる」
想像したことを全て実現――!?
なんだその能力は。チートもいいところじゃないか! というか、想像が実現するということは――
「ほい、瞬間移動」
気づいたときには、ミラさんは俺たちの背後に立っていた。当然、反応するのが間に合うわけがなく――
「さて、これでおしまい」
俺はミラさんの手刀を喰らい、その場で気絶してしまった。