162.魔眼の真実
「なんで……ミラさんがゼインの魔眼を!?」
それ以上に、俺はある事実に驚いていた。
ミラさんは、素手でゼインの魔眼に触れているのだ。そんなことをすれば結果は見えている。
だが、彼女は暴走する様子を見せない。それどころか、宝石が彼女の体に入り込むような様子も見えない。
「教えてやるさね。ゼインの魔眼は、持つべき人間が持てば暴走なんかしない。むしろ、戦闘能力を高めてくれる貴重なアイテムだ」
「でも実際、これに触れた人は皆暴走した! 俺だってそうなんです!」
「それは、アンタに力がなかったからだ。そうだね……これを見な」
ミラさんは裂け目からコップと水の入ったポットを取り出すと、そこになみなみの水を入れた。
今にも水が溢れそうなコップを前にして、ミラさんは俺に尋ねる。
「もし、ここにさらに水を入れたらどうなると思う?」
「そりゃ、溢れるんじゃないですか?」
「50点さね。確かに許容量を超えれば、水はこぼれる。だけど、実際はそうじゃない。表面張力が働いて、水は盛り上がってこぼれない」
「つまり、どういうことですか?」
「まだわからないかい? コップを体、水を力だとすると、ゼインの魔眼に取り込まれる人間は、すぐに水がコップから溢れてしまう。逆に、コップから水が溢れなければ取り込まれない」
ミラさんはコップの水を飲んで、中の水の量を減らした。
つまり、俺とミラさんの大きな違いは――力に対する、体の許容量ってことだ。俺やローラは、少しでも水の量が増えると暴走してしまう。
この考えは、意外にもすんなりと理解できた。以前、ラウハから貰った宝珠で同じようなことがあったからだ。
体の許容を超えた魔力を行使しようとすると、限界が来てしまう。
「私が持ってるこれは、昔、灰のダンジョンの50層で拾ったものなんだけどね。あそこを攻略できるだけの力があれば、暴走なんてしないはずさね」
「この魔眼は、攻略班のみんなで手に入れたものなんです! 一人で50層まで行ったわけじゃないから、実力が足りなかった……?」
「ま、十中八九そういうことさね。少なくともアンタより強い奴でもないと、それを使いこなすことは無理だろうね」
俺より強い奴というと、一番に挙がるのはローラ……だけど、彼女は既に暴走することが分かっている。
他に俺とレベルが近い人は思いつきそうにない。というか、ゼインの魔眼を使える人なんてこの人以外にいるのだろうか。
「あの……質問なんですけど、どうしてそんなに危険なアイテムが、ダンジョンの最深部になんか置かれてるんですか?」
これまで静観していたライゼが、挙手をして尋ねる。ミラさんは快く答えた。
「なるほど、ライゼはどう思うんだい?」
「……レベルは、強くなるほどに上げるのが難しくなってくる。だから、ある程度まで強くなったらそのアイテムを使って能力を底上げするため……とか?」
ライゼの考察は的を得ているように思えた。確かに、そのためならゼインの魔眼を使う人もいるだろう。
「85点だね。ライゼの言う通り、そういう使い方もできるだろうね。だけど答えはそうじゃない。正解は『レベル100の先に行くため』さね」
「「レベル100の先?」」
聞いたことのない単語に、俺とライゼは声をそろえて反芻した。
「今までに思ったことはないかい? <鑑定>で情報を確認した時、どうしてモンスターのレベルが表示されるのか、と。人間とモンスターのレベルの何が違うのか、とね」
彼女のその言葉に、俺は胸を打たれたような感覚を覚えた。
これまでに、モンスターを<鑑定>したことは何度もあったが、<上位鑑定>が使えるようになるまで、相手の実力を把握しづらいところがあったのは間違いなかったからだ。
「答えは簡単さ。レベルは100より上にはならない。だから、レベル100になった人間は、アイテムを使ってさらなる高みを目指すのさ」
そして、その問いの答えにもかなり納得ができた。
レベルはどこまで上がるのだろうと、いつか思ったことがあったからだ。<スライム>の能力があれば比較的楽にレベル上げが出来るが、それにもいつか限界があるのではないかと思っていた。
その答えはわかった。限界は、ある。そして、ゼインの魔眼はその限界を打ち破るアイテムなのだ。
「……とまあ、そんな感じさね。他に何か聞きたいことはあるかい?」
ミラさんはひとしきり説明を終えると、椅子の背にもたれかかって、リラックスし始めた。
そんな緩い彼女に、俺はどうしても聞きたいことがあった。
「ミラさんは、レベル100になったんですか?」
「もういつだかも忘れるくらい昔にね。そこから私のレベルは一切上がらなくなったさね」
「じゃあ……俺と戦ってくれませんか?」
「はあっ!?」
話の流れが掴めなかったのか、ライゼがガバッとその場に立って声を上げた。
俺は知りたい。レベル100の強さとはどんなものなのかを。そして、見てみたい。自分には届かない景色が。
ローラより強くなって、俺はある意味で目標を失ったように感じていた。だからこそ、目の前のこの人に、自分の力がどれくらい通用するのか試してみたいのだ。
俺の言葉を聞いて――ミラさんは座っている姿勢を変えた。
刹那、彼女の表情の機微が変わったように見えて、一気に部屋を包む空気が剣呑になる。
なんてオーラだ。なにもされていないのに、見られているだけで力量差がわかる。
それはライゼも感じ取っているようで、彼女の額には汗が浮いていた。俺たちは緊張感を最大限に高め、押し黙った。
「本当に変わった子たちさね。……ちょうどいい。久しぶりの運動といこうかね」
この人は――強い!!