161.魔女リュドミラ
「最果ての……魔女!?」
この人が、話に聞いていた魔女! 半信半疑だったけど、本当に実在していたんだ!
そして、聞いていた通りに見た目は20代後半くらいにしか見えない。この人が200歳超えてるのか――? 途中で世代が変わってるってだけなんじゃないのか?
「人に会うのも、もういつぶりか忘れちゃったね。それがあんなピンチな状況だと思うと、ますますおかしいね」
「確認ですけど……さっき俺たちに上を見ろって言ったのは、あなたなんですよね?」
「いかにも。まあ、たまたまアンタたちが目に入ったから助けてやったってところさね」
リュドミラは足元に落ちているミスト鳥の死体を拾い上げると、俺たちの前に突き出した。
「この森のモンスターは狡猾なのさ。一匹の力は大したことなくても、巧みな連携で獲物をしとめる。野生なりの生存戦略ってやつさね。アンタたちはそれに引っかかった。アタシが気まぐれで助けなかったら、今頃はこいつらの餌さね」
リュドミラのおかげでなんとかなったが、もしあの言葉がなかったら――と思うと背筋がゾクッとする。
気まぐれ、という言葉が妙にぴったりな感じがするように、リュドミラと名乗ったこの女性は大きく背伸びをすると、改めて俺たちの顔を交互に見た。
「で、アンタたちはこんなところで何をしてんだい? 見たところ、迷子の旅人って感じじゃなさそうだけど」
「俺たちは、リュドミラさんに会うためにこの森に来たんです!」
「ミラ、でいいさね。長いのはめんどくさいからね。アタシに会いにくるなんてよっぽどの物好きなようだけど、アンタたちの名前は?」
俺たちはリュドミラ改めミラさんのマイペースな雰囲気に吞まれながらも、自己紹介をした。
ミラさんは俺たちの名前を聞くと、『なるほどね』と相槌を打って話を進めた。
「アンタたちのことはわかった。で、アタシに何の用事だい?」
「このアイテムについての情報を聞きに来ました! 何か知りませんか?」
俺はそう言って、収納スライムのバッグからゼインの魔眼を取りだした。
俺の手の上のガラスケースを見て、ミラさんは唸った。
「なるほど、なんとなく状況は掴めたさね。ただ……立ち話はちょっと疲れるねえ」
ミラさんはそう言って俺たちに背を向けると、袈裟斬りを放つようにして手刀を斜めに振り下ろした。
すると、指先がまるで刃物のように空間を切り裂き、彼女が登場した時のように裂け目が出来た。
「入りな。アタシの家に案内してあげるよ」
ミラさんは空間の裂け目に足を入れると、そのまま奥へと進んでいく。
なるほど。この森に魔女が住んでいるとしながら、誰も彼女がどこにいるかわからない理由。
おそらく、この裂け目の先はイルザが住む森の結界のようになっているんだろう。そして、その先に彼女の家があるということだ。
俺とライゼは顔を見合わせると、意を決して裂け目に足を踏み入れた。
「改めてようこそ。ここがアタシの家さね」
裂け目を超えた先には、灰色の世界が広がっていた。
周囲の風景が森であることには間違いない。だが、裂け目の先の世界は、まるで木を灰色の絵の具で塗りつぶしたようになっていた。
そして――俺たちのすぐ目の前。そこにはさっきまでなかったはずの一軒の家が建っていた。
平屋と言っても、俺の実家とは比べ物にならないほどに大きい。ライゼの家を少し小さくした感じだろうか。
「中に入りな。詳しい話はそこでするさね」
ミラさんは玄関の扉を開け、家の中に入ってどんどん先に進んでしまう。俺たちは若干気後れしながら彼女の後に続いた。
「さ、適当に座りな」
部屋がたくさんある廊下をしばらく歩くと、ミラさんはとある部屋に俺たちを入れた。
用意されていた椅子に座ると、ミラさんが机を挟んだ向こう側に座る。
「さてと、さっそく聞かれたことに答えるとするけど――最初に聞こうかね、アンタたちはそのアイテムの使い方がわからないんだね?」
「一応、どういう効果があるのかは知ってます。これを生身で触ると、体に宝石が入って、暴走する……ってところですかね」
「なるほどね、他には?」
「暴走状態を止めるには、親しい人に一定時間触れられないといけないってことです。アルクスが暴走した時は、私が止めました」
「暴走の止め方も知ってるんだね。だけど……それじゃ50点もあげられないって感じさね」
ミラさんの言っている意味がわからず、俺たちは困惑した。
俺たちが答えに困り始めたのを見て、ミラさんはようやく口を開く。
「いいかい。アタシはアンタたちにアイテムの使い方がわからないのかと言ったんだ。確かに、アンタたちはこのアイテムについて知っていた。そういう意味では他の子よりも優秀なんだけど……わかっていなくちゃ本質的じゃない」
「すみません、言っている意味がよくわからないんですが……」
ミラさんは俺の様子を見るなり、立ち上がって再び空間に裂け目を作る。
そこに乱暴に手を突っ込むと、ガサガサとまさぐり、中からある物を取り出した。
「そ、それって……!?」
「わかってないようだから教えてあげるよ。このアイテムの本質は『暴走』なんかじゃない。いわば、進化を促すための『触媒』と言った方が正しい。その意味は、『知るもの』じゃなく『わかるもの』なのさ」
彼女の手に握られていたのは――真っ赤な宝石。ゼインの魔眼そのものだった。