159.森の中の怪物
「魔女って――噂じゃなくて、本当に実在するんですか!?」
でも、父さんはただの噂だって言っていた。いきなりそれを覆されても、かなり眉唾だ。
しかし、慌てている俺に反し、ロイドはあくまで冷静に、淡々と話し始めた。
「噂話などではない。魔女はかつて、人間と頻繁に交流をしていた。もっとも、最後に観測されたのはおよそ50年前だが」
「50……ってことは、さすがにもう死んでるんじゃあ?」
「たわけ。ワシがそんな当たり前のことを考慮してないとでも思ったか。魔女は不老だ。現時点で200歳を超えているが、その姿は20代の女と比べても遜色のない美しさを保っているという」
不老か……いよいよ仙人みたいな人になってきたな。
会う前からそこまでの規格外さを伝えられると、本当に見てみたいな。
「魔女の森には強力なモンスターが大量に生息している。S級冒険者の中でも、まともに太刀打ちできるのはアルクスと私だけだろう」
「でも、ローラ姉は方向音痴だし、お仕事が入ってて行けないんだって!」
なるほど、話が見えてきたぞ。魔女の森に行けるのは俺とローラだけ。そして、ローラは仕事で忙しい。
そこで、俺に白羽の矢が立ったというわけだ。
「このゼインの魔眼というアイテムの正体を知るためには、200年以上生きている魔女の知恵が必要だ。そして、その魔女とのコンタクトをお前に依頼する」
ロイドからの正式なクエストの依頼。
こいつのぶっきらぼうな態度には少々ムカつくけど……それ以上に、俺の中にはある気持ちが湧き上がっていた。
200歳まで生きているその魔女は――一体どれくらい強いのだろうか? という気持ちだ。
実際に会ってみたい。強いモンスターが住む森で暮らしているのだから、きっと実力者なはずだ。
「――やります」
俺はロイドの提案に即座に返事をし、森へ向かうことを決めた。
*
王国から帰った翌日。俺はライゼを引き連れて、再びサリナ村に戻ってきた。
そこから15分ほど飛行スライムで飛ぶと、件の森が見えてきた。
「見て、あれじゃない?」
ライゼが指した先を見ると、そこには一帯の森が広がっていた。
飛行スライムから降りてみると、その森の大きさはさらに肌で感じることができた。
数十メートル級の背の高い木々が所狭しと肩を並べている極相林。
イルザが暮らしている森とは、放っている雰囲気がかなり違う。不思議な禍々しさがオーラとなって流れ込んでいるようだ。
「なんていうか……不気味ね。魔女って名前がついてるだけあるわ」
俺たちはその場の空気の悪さを感じ取りながらも、森の中へと足を踏み入れた。
中に入ってみると、そこは日光が一筋も差さないほどの暗闇が広がっていた。
鳥の鳴き声や、モンスターの物と思われる唸り声などが時々響く森の中を、俺たちは慎重に進んでいく。
「アルクス様、進行方向にモンスターの気配はありません。今のところ、上手く敵を躱しながら進めているみたいッス! 引き続き監視を続けるッス!」
「ああ、よろしく頼む!」
木が生い茂っているので、高いところからの監視はトークに任せている。他にも何匹かスライムを放っているため、敵を避けて進むことが出来ているというわけだ。
「それにしても……魔女ってどこにいるんだろうな?」
「森の中に家でもあるんじゃないの? 歩いてたら見つかるはずよ」
「だったらいいんだが……こんな場所に住んでたら、モンスターに家を狙われるような気がしないか?」
「ピキー!」
その時、一匹のスライムが反応を示した。俺は慌てて視点をそのスライムと共有する。
しかし、驚くべきことに、そのスライムに何が起こったか知る術はなくなってしまった。一瞬のうちに潰されたのだ。
「ピキー! ピキー!」
異変は止まらない。スライムたちの鳴き声が周囲で続々と上がり、どんどん潰されていく。何かがスライムを消しているのだ。
「嘘だろ……なんだこれ!?」
トークも明らかな動揺を見せ始める。俺は何が起こっているかわからないまま、身構えた。
「アルクス! 何か来るわよ!」
俺とライゼは背中合わせになり、俺たちの周囲にいる何者かに注意を張った。
数秒後、その異変の正体は姿を現した。
「ウケケケケケッ!」
それは、サルだった。それも一匹ではない。確認できているだけでも七匹のサルが俺たちを囲むようにして現れたのだ。
背丈は一般的なサルと大差ない。だが、示し合わせるように奇妙な鳴き声を上げていて、不気味だ。
こいつらがスライムたちを潰して回っていた張本人だ。だけど……どうしてスライムやトークに感知されずにここまで来たんだ!?
「アルクス! やるしかない!」
考えている時間はない。とにかく、このサルたちを倒すのが先決だ!
「<上位鑑定>!」
上位鑑定スライムを召喚し、サルたちの情報を仕入れる。いつものように<上位鑑定>を発動して、違和感に気づいた。
「あれ……? なんで発動しないんだ!?」
いつになっても、サルたちの情報が判明しない。いつもならすぐに弱点部位などがわかるはずなのに!
駄目押しにもう一度発動するが、結果は同じ。ますます焦る気持ちが高まっていく。
「アルクス! 落ち着いて!」
全てが想定外の展開に、サルたちの不気味な笑い声がこだました。