157.魔女の森とノア
「はい、お茶が入りましたよ」
リビングに家族全員が座り、母さんがお茶を淹れてくれた。何から話していいのか考えあぐねていると、父さんが口火を切る。
「で、結婚はするのか?」
「しないよ?」
まず、家族の誤解を解くところから始めないといけないのかもしれないと思った俺は、冒険者カードを渡した。
冒険者カードは、冒険者の会員証みたいなもので、身分を証明するために使われるカードだ。
「これは……冒険者カードか? おお、アルクスの名前が書いてあるぞ! 素敵なカードじゃないか!」
「ちょっと待ってパパさん! ここ! よく見て!」
呑気にカードを眺めている父さんに対して、母さんはカードのある個所を指さして声を上げた。ヒナと父さんも慌ててそこに視線を動かす。
「こ、これは『S』だって!? ってことは……まさか!?」
「そのまさかだよ。俺はS級冒険者になったんだ」
唖然とする家族三人。信じられないと言った様子だ。
俺は、自分の言葉にさらに説得力を持たせるために、収納スライムを召喚し、あるアイテムを取り出した。
ジャララララララララッ!
次の瞬間、収納スライムが背負っているリュックサックから、リビングの床には大量の金貨が溢れ出した。
「な、なんだこれは!?」
リュックからこぼれた金貨はジャラジャラと音を立てながら、床を見え失くしていく。家族たちが黙ったところで、俺はようやく話し始めた。
「これは、俺が半年で稼いだお金だよ。もっとも、ほとんど最近のことだけど。俺がS級になったってこと、信じてくれる?」
「そりゃ、アルの言うことを疑うはずなんてないけど……ちょっと展開がいきなりじゃない?」
母さんは、金貨を一枚拾い上げると、まじまじと見つめ始めた。
まあ、いきなりこんなこと言われても驚くよな。だが、本題はここからだ。
「俺が家に帰ってきた理由は二つある。一つ目は、このお金を家に置いていくためだ」
「これを全部!?」
俺は頷いた。そしてさらに話を続ける。
「二つ目の理由は……父さんと母さんに聞きたいことがあるからなんだ」
「聞きたいこと?」
「この村の近くに、俺が行ったことのある『暗い場所』ってあるかな? 多分、村の外だと思うんだけど」
俺は、ノアについての記憶がない。だから、彼女の言う『暗い場所』というのもなんのことかわからない。
だが、両親なら俺の小さい頃の記憶もあるだろうと思ったのだ。
「暗い場所っていったら――あそこじゃないか?」
父さんと母さんは顔を合わせて頷いた。どうやら心当たりがあるらしい。
「『魔女の森』って言って、アルクスはわかるかしら?」
「それって……村の近くにある?」
サリナ村の近くには、マナドス山という大きな山がある。オルティアから見えるほど高い山だ。
そのふもとに、背の高い木が鬱蒼と生えている森があって、村の人はそこを魔女の森と呼んでいた。
そこにはとても強いモンスターがいるから、村の人はおろか、どんな冒険者も近づかず、山を越えるためにはその森を避ける必要があるそうだ。
「アルが10歳になったばかりの頃ね、何を思ったかわからないけど、森に住んでいる魔女を倒しに行くって友達に言って森に入っちゃったことがあったの」
「魔女って何?」
「あの森には、魔女と呼ばれる女の人が住んでいるっていう言い伝えがあるんだ。昔は人と交流してたって話だけど、今は誰も見たことがないし、父さんはデタラメだと思っているけどな」
小さい頃というのは、本当に何を考えるかわかったものじゃないな。二人とも心配しただろう。
「アルの友達からそのことを聞いて、村の人たちもそれは大慌てだったの。でも、下手に助けに行っても犠牲が増えるだけだし……アルが帰ってこなければ、見捨てることで話は固まったの」
「……それで、俺は死んでしまったのか?」
「死んでたらここにいるアンタは一体何者なのよ」
ライゼからの冷静なツッコミを受けてしまった。
母さんは『本当に覚えてないのね』と言った後、驚くべき言葉を口にした。
「ノアさんが森の中に入ったのよ。アルを助けるためにね」
「ノア!?」
核心を突くようなその単語に、俺は一気に前のめりになった。
「ノアさんのことは覚えてるの? 彼女はね、この村に立ち寄った旅人さんで、うちに一晩だけ泊まっていったのよ」
「ノアは……その人は何か言ってた!?」
「ううん。ノアさんはほとんど何も喋らなかったの。ちょっと不思議な雰囲気の人だったからね」
母さんの口ぶりに違和感を覚えた。ノアが無口だった? あの天然で明るいノアが?
「で、ノアはどうなったの?」
「わからない。ノアさんは一人で村から出て、代わりにアルが村に一人で帰ってきた」
なんとなく、話が繋がってきた気がする。
ノアは、この村に来たことがある。そして、ノアは魔女の森で俺に<人間>を継承して、死んだのだ。
命からがら逃げたというのは、魔女の森のモンスターから、ということだったんだろう。
ひとまず、知りたいことは全部分かった。だけど……ノアは死んでいるということは、彼女をこの世界に連れてくることも出来ないのだろうか?
「ほかに何か聞きたいことはあるか?」
「……いや、もう全部聞けたよ。ありがとう」
「そうか、それならよかった。どうせ村に帰ってきたんだ、ライゼさんも一緒に、ゆっくりしていきなさい」
「はい、よろこんで!」
その後、俺とライゼはサリナ村に一泊することとなった。
久しぶりの家族団らんに、心が洗われるような気持ちになったのと同時に、心の中にはノアのことで少しだけ引っかかりができていた。