128.幸せを奪ってしまうからな
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レベルが50になりました。
――
レベルが上がった。とうとう50か。一つの大きな目標を超えたような気がするな。
ちょっとした感慨に浸りながらローラの方を見ると、彼女は真剣な眼差しを俺たちにじっと向けていた。
「……まずは謝罪をしなければいけないな」
ローラは意外なことを口にすると、俺たちに頭を下げてきた。
「貴様の言った通り、私は貴様らのことを見くびっていた。仲間だとは認めていたつもりだが――確かに、自分一人でなんでも解決すればいいと思っていた」
ローラが顔を上げる。再び鋭い――いや、真摯な視線が俺たちに注がれる。
「だが、認識を改めよう。ここから先、フロアボスはさらに強くなる。私は貴様らの力を借りたい。……いや、そうではないな。一緒に戦って欲しい」
「当たり前だろ。俺たちは仲間なんだから」
俺はローラに握手を促すため、手を伸ばす。彼女はそれを数秒間見つめると、自分も手を伸ばし――
俺の手のひらの上に、ポンと自分の手を置いた。
……これは握手じゃない。『お手』だ。確実に何か勘違いしている。
ローラは華麗にお手を決めた後、そのことに全く触れず31層に続く階段へと歩いて行ってしまった。
「……姉さんが、貴様らのことが好きだという理由がなんとなくわかった気がしたよ」
去り際に、ローラがボソッとそうつぶやいたのを、俺は聞き逃さなかった。
ローラは三姉妹の次女。だから姉さんというのはシエラさんのことだ。
「シエラさんから何か聞いたのか?」
「直接は聞いていない。しかし、フランから聞いているさ。貴様らとは仲がいいとな」
以前、シエラさんとフランと俺たちの四人で食事をした時、なぜかローラはその場にいなかった。
ローラとシエラさんの間に何かあるのではないか、というのが俺たちが出した仮説だった。それを聞くなら今しかない。
「なあ、ローラ。なんでお前はシエラさんと直接会わないで、フランを通じて情報を得てるんだ? 何かあったのか?」
「……何かあったと言えばあった。ただ、ないと言えばない」
返ってきたのは、あまりにも曖昧な返事だった。彼女らしいと言えばそうなのだが、余計に気になる。
「……私がいると、幸せを奪ってしまうからな」
そう言ったローラの顔はどこか物憂げで、何か訳があることを感じさせられた。
「それってどういう……」
「雑談は終わりだ。31層からはさらにモンスターも強くなる。警戒を怠るな」
ローラはもうそれ以上話すことはないとばかりに話を切り上げると、さっさと階段を降りて先に進んでしまった。
やはり、ローラとシエラさんの間には何かがある。原因はおそらく、ローラが『幸せを奪ってしまう』という言葉が意味している何か。
それがなんなのか知りたいところだが……ローラが話してくれない以上、それを知る術はない。
このダンジョン探索が終わったら、シエラさんに聞きに行こう。今は目の前の敵に集中しないと。
俺たちはローラの後に続き、31層へと足を進めた。
35層に続く階段を見つけたのは、それから1時間が経過した頃だった。
モンスターは階を重ねるごとに強くなっていき、さすがのローラの顔にも若干の疲れが見えてきた。
しかし、それでも攻略班最強の名は伊達じゃない。ローラは俺たち以上のハイペースでモンスターをなぎ倒して行き、戦力が落ちている様子は全く見せない。
「次は35層だ。フロアボスは『マシラ』と呼ばれる巨大なサルのモンスターだ。攻撃力はもちろんだが、中でも素早さが卓越している。私が奴を抑えるから、二人は奴にダメージを与えてくれ」
俺とライゼはローラの提案に頷いた。ローラはそれを確認すると、35層への階段を降りていく。
「ウキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
階段を降りるなり、話通りの巨大な猿が俺たちに向かって叫んできた。この出迎えにももう慣れっこだ。
真っ赤な柿のような色合いをした体毛をしたマシラは、四足歩行で俺たちにいきり立ったかと思うと、ネズミのような速度で詰め寄ってきた。
「――速い!」
しかし、それを上回るほどの速度で、ローラが俺たちの前に立ちふさがった。木の幹かと思うほどの大きな爪と剣で鍔迫り合いをすると、俺たちの方を向いた。
「アルクス! ライゼ! 頼んだぞ!」
それを待っていたとばかりに、俺とライゼは素早く攻撃の準備に取り掛かった。俺は思い切り前進し、ライゼは魔法陣を大量に展開する。
マシラが大きく咆哮した瞬間、ローラが弾き飛ばされる形で後退した。さすがの彼女でも、マシラ相手には時間を稼ぐことしかできないらしい。
しかし、これだけの時間があれば十分だ。俺たちは既に攻撃の準備を整えている。
「焼き尽くしてあげるわ!」
ライゼの背後に展開された大量の魔法陣から、火球が生成され、マシラに向かって行く。真っ赤な体に火球がぶつかるたび、小規模な爆発が巻き起こる。
十発ほどの火球が当たったその時、そのうちの一発がマシラの顔面で激しい爆発を起こした。マシラが目を抑え、けたたましい絶叫を上げる。
「<紫電一閃・焔>!」
攻撃をモロに食らったマシラは、俺が懐に入っても何もできないほどに隙だらけだった。
炎と雷を纏った緋華をマシラの胴体に突き立てると、そのまま心臓を貫いていった。
絶命したマシラが仰向けに倒れる。俺は奴の心臓に刺さった剣を引き抜くと、遠くからこちらを見る二人に勝利の合図を送った。
マシラを倒したことで、残る強敵は、40層のフロアボスのみ。今のところ、大きなトラブルもなく進むことが出来ている。
――いける! これなら、ゲルダの悪事を暴くことが出来るはずだ!
マシラの胴体から降り、二人がいる方に行こうとしたとき。視線を落とした俺はあることに気が付いた。
緋華が、うっすらと光を帯びている。ホタルのような優しい光を放ったと思うと、少しずつ光が薄れていくのがわかった。こんな現象は見たことがない。
「どうしたの、アルクス?」
「――いや、なんでもない」
剣を見るのに夢中になっていると、二人は既に俺の近くまで歩いて来ていた。
相談しようかとも思ったが、おそらく戦いで炎を纏ったから、少し光っているように見えただけだろう。俺は自分にそう言い聞かせた。