126.灰色の26層
ローラの後に続いて階段を降りる。階段は特に代わり映えなく、俺は彼女の言葉に疑問を抱きながら石段を踏みしめた。
その時、俺はあることに気がついた。一段降りるごとに、視界が明るくなっているのだ。
「え……なんだこれ?」
「アンタ、知らなかったの? ダンジョンのことなら私より詳しそうだと思ってたんだけど」
ライゼはこの現象に心当たりがあるらしく、訳知り顔でずんずん進んでいく。
俺も負けじと後に続いていき……階段を降り切ったところで、目の前の光景に驚いた。
ダンジョンの一面に、1メートルはあるような細長いキノコが生えているのだ。
この階層を照らしている、幻想的な灰色の光の正体。それは群生している巨大な白いキノコだったのだ。
一つ一つのキノコが青白い光を放っており、それが洞窟の壁にぶつかることで、階層全体を灰色に染め上げている。俺はその光景に目を奪われ、息を呑んだ。
「ダンジョンの構造は常に変わる。だが、フロアボスが出現する階層と、この26層だけは構造が変わらないんだ」
なるほど、ローラが休むと言った意味がわかった。ここはダンジョンの構造の変化に影響されず、ある程度の広さがある割にモンスターも出ない。休む場所にはうってつけだ。
「それにしても……なんでここだけ構造が変わらないんだ? 他にもこういう階層があるとか?」
「……いいや、私が見た限り、フロアボスがいる階層以外ではここだけだ」
ローラが言うのならそうなのだろう。俺たちは光を浴びながら、層の真ん中まで移動した。
「……さて、少し休もう」
ローラはその場に座ると、キノコにもたれかかるようにしてくつろぎ始めた。俺たちも続いて同じようにする。
「それにしても、なんでここだけ変わらないのかしらね。ダンジョンとは思えないほど静かだし」
「私にもわからない。だが、時々思うんだ。この26層は、ダンジョンの意思によって維持されているんじゃないかと」
「ダンジョンの意思?」
素っ気ないことしか言わないローラから、意外な言葉が出てきた。ローラはさらに続けた。
「考えたことはないか? ダンジョンは絶えずモンスターを生み続けている。モンスターは魔力によって生成されるというが、だとしたらなぜこのダンジョンにのみモンスターが生まれ続けているのか、と」
確かに。改めて考えると少し違和感のある話だ。
「私は、ダンジョンには意思があると思っている。それが何によるものなのかはわからない。だが、ダンジョンは自らの意思でこの26層を作り出していると思うんだ」
「それは、何のために?」
「ダンジョンで死んだ者、そして生きる者。人間も魔物も、この層で安息するためなんだと思っている。決して変わらないこの場所だけが、この世を去っていった者たちと繋がれる唯一の場所なんだ」
ローラのその話は、あくまで彼女がそう考えている、という内容で、事実かどうかはわからない。
しかし、俺たちに語ったローラの表情はどこか物悲し気で、それでいて何かを思い出して笑っているようなものだった。
「……ローラは、誰かをこのダンジョンで亡くしたのか?」
「……ああ。仲間は何人も先を行ってしまったさ」
ローラが剣に手をやって、目を逸らした。
「……だが、だからこそ、私が彼らのぶんまで戦うことに意味があると思っている。ここに来ると、それを思い出す気がするんだ」
なんとなく、彼女の強さの秘密がわかった気がする。ノアは、人間はレベルアップ以外にも、精神的な成長によっても強くなると言っていた。
ローラは、普通の人間とは背負っているものが違う。攻略班として、過去の仲間の想いを引き継ぎながら、現在も戦い続けている。
彼女は強い。そして、仲間思いだ。
ローラは一息ついて立ち上がると、俺たちを見やった。
「ここから先はさっきまでのようには行かないぞ。この下――27層からは30層、35層、40層と5層おきにフロアボスがいる。おそらく、45層にもな」
「5層ごとに……? あのミノタウロスみたいなやつを最低でもあと3匹は倒さないといけないのか!?」
「怖気づいたか?」
俺の驚嘆の声を、ローラが試すように言った。
少し前までミノタウロスとの戦いで苦戦していた身からすると、怖いことには間違いない。
それでも――それ以上に、ダンジョンの奥に進めることにワクワクしている自分がいる。
フロアボス。いったいどんな奴なんだ。それらを倒した先に、俺はどこまで強くなれるんだろうか。
「馬鹿なこと言うなよ。むしろ楽しみなくらいだ」
俺はローラを解放する。そのためにも、ここで負けるわけにはいかない!