125.潜入!灰のダンジョン!
夜になり、俺はライゼを家に迎えに行き、ワープスライムを召喚する。
時間通りに灰のダンジョンの前に行くと、そこにはフランとローラが待っていた。
「おにーさん、こんばんはー!」
「二人とも早いな。遅い時間なのにフランも頑張ってくれてありがとう」
「眠いけど、お姉ちゃんはついていかないと迷子になっちゃうからねー!」
ローラは傍らにあった岩から立ち上がると、俺の前に立った。
「貴様はさっき、『私を解放しに来た』と言った。だが、私は貴様ごときに助けられてやるつもりはないし、困ってもいない」
「どうした? いきなり……」
「……もし貴様が私を解放するというなら、それを実力で示してみろという意味だ。ダンジョン内では世話になるぞ、アルクス」
ローラはそれだけ言うと、ダンジョンの入口の方へ歩き出してしまった。
あれ、あいつ今俺の名前を呼んだのか……? 何気に初めてな気がするぞ。
戸惑っていると、フランが駆け寄ってきて俺に耳打ちをした。
「お姉ちゃん、ああ見えてもおにーさんたちのこと認めてるんだよ? そうじゃなきゃこんな時間に起きてこないよ」
意外だった。俺はてっきり、口ぶりからして、喧嘩を売られているのだと思っていたのだが。
ローラは言葉選びや表情の固さで勘違いしやすいが、いい奴には違いないのだ。
そう思うと、俺を変に支配していた緊張が解けたような気がした。俺はフランに微笑みかける。
「――行ってくる」
「はい。おにーさんたち、行ってらっしゃい!」
俺たち三人は、夜の魔物のように口を大きく開ける灰のダンジョンへもぐりこんだ。
「――で、ダンジョンに入ったはいいが、ここからはどうする? 私が案内すればいいのか?」
「お前が案内したらとんでもないことになるだろうが。そこは俺の専門だから、任せとけ!」
俺は出せる限りのスライムたちを召喚し、ダンジョン内を散策させた。
「……これは! スライムだと?」
「俺のスキルはスライムを出すことができるんだ。もちろんそれ以外もあるけど……とにかく、ダンジョン散策はこれで楽になるぞ」
「何これ!? アンタまた数が増えてるんじゃない!?」
ライゼは足元で歩き回る夥しい数のスライムたちを見て驚きの声を漏らした。
そう言えば、出せるスライムの数が100になったことをライゼは知らなかったんだっけ。確かに以前と比べるとスライムの数が圧倒的に多くなっている。
俺のスライムたちは数が多いのはもちろんのこと、一体あたりのレベルもかなり高いため、浅い層のモンスター程度には負けない。
スライムたちが敵と戦い、階段を見つけた時点で報告をしてくれる。俺たちはほとんど何もしないで下の層へと進んでいった。
階段を降りている頃には既に、先回りしているスライムが次の階への階段を見つけてくれているので、もはやゴールが分かっている迷路も同然だ。
一時間もしないうちに、俺たちは20層近くまで下りてしまった。
「……なんていうか、ダンジョン攻略ってこんなにあっけないものだったのね」
退屈してしまったのか、22層でライゼがこぼした。
さすがにここまで来ると多少はモンスターとも戦わないといけないが、それでもこれまでの攻略と比べたら圧倒的に楽なことは間違いない。
前回二人で25層まで行った時より、はるかにコンディションは整っている。このペースなら、43層なんてすぐな気もしてしまう。
「しかし、このスライムたちは凄いな。攻略班でも、ここまでスムーズに探索が進むことはなかったぞ」
ローラが向かってきたモンスターを剣でぶった切りながら言った。
だが、安心もしていられない。あと少しすれば、最初の難関であるあいつが待っているからだ。
そこからは少し時間がかかり、20分で3層降りることが出来た。
そして、25層に到達。
「ブルモオオオオオオオオオオオオオ!!」
「来た! やっぱりあいつだ!」
25層のフロアボス、ミノタウロス。圧倒的に大きな体躯はあの日とまるで変わりがない。
洞窟のような大口から放たれた嘶きは、壁を伝ってダンジョン全体を激しく揺らす。
「あいつは一筋縄じゃいかないぞ! 二人とも、警戒しろ!」
「そんなこと、貴様に言われずともわかっている! 下がっていろ!」
ローラはそう言うと、剣をグッと握りしめ、たった一人でミノタウロスに突っ込んでいった。
「ちょっと! 一人で動くんじゃないわよ!」
「待て、ライゼ!」
猛るライゼを止め、俺はローラを見つめた。
白い光を纏うローラの剣。あの鳥の翼のような動きは――あれだ!
「<青天飛翔>!!」
ローラはその場で高く飛び上がると、剣を天高く突き上げ、思い切り振り下ろす。
途端、ミノタウロスの叫び以上の衝撃がダンジョンを駆け巡り、激しい地響きがこだまする。
ローラの剣の斬撃がミノタウロスに向かって飛ぶと、次の瞬間ミノタウロスの体に縦に真っすぐの裂け目が出来た。
それは次第に広がっていき、白い光の拡大とともにミノタウロスの体を蝕んでいく。
「ブモオオオオオオオオオオオオ!!」
光が一気に大きくなったかと思うと、大規模な爆発が起こり、ミノタウロスは悲鳴を上げて仰向けに倒れてしまった。
「嘘、こんなことって……」
俺も驚いていた。目の前の光景が信じられない……というよりは、むしろ逆だ。
ローラの凄さを再確認させられた、というのが正しい。彼女がミノタウロスを一撃で倒してもなんらおかしなことはない。
……これが攻略班ナンバーワン。ローラ・ハンステン。
俺たちがその強さに圧倒されていると、ローラは剣を納めてこちらへ歩いてきた。
「……さて、この先で少し休憩しよう」
「休憩? 下にだってモンスターはいるだろ?」
ローラが言い出した奇妙なことに、俺は違和感を隠せなかった。
「……そういえばお前たちはここまでしか来たことがなかったのだな。ついてこい。ここがどうして『灰の』ダンジョンと呼ばれるか教えてやる」
ローラはそう言うと、下の階段の方へ歩き出した。