124.お前を解放しに来た
俺の発言を聞き、ローラはおろか、ライゼも目を丸くして驚いた。特にライゼは『はぁ!?』と途端に声を上げた。
「アンタ何言ってんの!? 勢いで物言うのやめてよね!?」
「勢いもあるけど、俺は本気だ。俺たち三人で、43層を攻略する」
調べてみたところ、ゲルダ率いる攻略班の人数は10名。その誰もがS級冒険者で、それほどまでの戦力をもってしても43層を攻略するのは不可能だった。
しかし、それを俺たち三人で攻略したらどうなるだろうか?
それは、ゲルダが攻略をわざと行き詰らせていることの証明になる。三人で攻略できる43層に手間取っているということになるのだから。
もしそれが王国側に証明できたなら、攻略班は俺たち三人を含めれば絶対に43層よりも先に行くことができるはずだ。
上手くいけば、ゲルダがわざと手を抜いていたということで、奴をリーダーから解任できるかもしれない。
「そんなことをしたとして、貴様に何のメリットがある? 首を突っ込む必要はないだろう」
「まだわからないのか? 俺は『お前を解放しに来た』んだ。ローラ」
昨日、ローラと会った時に確信した。彼女は態度や表情こそわかりづらいが、他人を思いやる心を持っている。
エレノアの話しぶりや、俺を攻略班から遠ざけようと助言したことなど、ローラの人となりを理解するヒントはいくつかあった。
ローラは今の攻略班が駄目なことをわかっている。わかったうえで、自分がその仕事を引き受けて、他の人を巻き込まないようにしている。
「このままの攻略班じゃ、ローラの時間が無駄に使われて終わるだけだ。だから、俺がそこから助ける」
「そんなことを頼んだ覚えはないが?」
「頼まれてないからな。でも、俺はローラが我慢して攻略班に入り続けるのを見過ごせない」
イルザと話してわかった。俺は彼女にとって『憧れ』なのだ。
彼女は俺の強さだけではなく、優しさも好きだと言ってくれた。だから、俺はそれに答えたい。
それに――何より、このままローラがゲルダにこき使われるためだけなんて、あまりにも可哀想すぎる。
「ローラ、俺たちと一緒にダンジョンに行ってくれ。俺はお前と、これからも戦いたいんだ!」
「しかし……」
「お姉ちゃん、行ってきなよ」
言いよどんだローラの手を取り、フランがにこやかに笑った。
「フラン、しかしだな……」
「お姉ちゃんはなんでも自分で抱え込みすぎだよ。それに、一回行ったからって、必ずしも43層を攻略できるとは限らないよ?」
それはどういう意味だ――とツッコミたくなったが、せっかくフランが説得してくれているので黙っておくことにした。
ローラはしばらく黙って考えると、部屋の奥へ引き返し始めた。
「――今晩だ」
ローラは振り返ると、真剣なまなざしで俺を見つめ、言った。
「今晩20時、灰のダンジョンの前で集合だ。私は今のうちに寝る」
説得に成功した。そのことを理解して、俺の胸のうちでワッと喜びが湧き上がってきた。
「お姉ちゃんをダンジョンまで連れていくのは私がやるから、おにーさんたちは帰って準備をしてね!」
「フラン、何から何までありがとうな」
「いいの! 私もお姉ちゃんも、おにーさんたちのこと大好きだし! それに……」
フランの顔に一瞬、影が落ちる。しかし、瞬きの瞬間には彼女の笑顔は戻っていた。
「……お姉ちゃんはちょっと一人で抱え込みすぎちゃうタイプだから! これもいい経験だと思うんだよね~!」
うんうん、と腕を組んで頷くフラン。その様子に少し違和感があったが、触れないでおくことにした。
「じゃあ、ローラのことをよろしく頼む。俺たちは少し休むよ」
「はーい! 行ってらっしゃーい!」
扉を閉め、俺とライゼは宿屋を後にした。
「……で?」
帰り際に歩いていると、突然ライゼが話しかけてきた。
「『で?』って?」
「で、今からどうすんのって言ってんのよ!」
ライゼは顔を真っ赤にして、なぜか怒りながら俺に聞いてきた。
「どうって……普通に休憩だろ?」
「きゅうけ……ゴホン。わかったわ。私も覚悟を決めようかしら」
「休憩に覚悟って必要か?」
なんだろう、話がかみ合っていない気がする。
「どこにするの? 休憩するにしたって場所がいるでしょ?」
「場所? 普通に家だろ?」
「家ね。私の家はパパがいるから、アンタの家になるわよ?」
「何の話をしてるんだ? お前は普通に家に帰れよ」
その時、ライゼがビクッと肩を震わせた後、小声で何かをブツブツとつぶやき、こっちをバッと見てきた。
「……あの。さっき、『俺たち』『少し休む』って言ってたわよね?」
「そうだ。各自家で休んで、夜のダンジョン攻略に備えるんだろ?」
「~~~~ッ! ああそうですか! 私がバカでしたよ!!」
そう言うと、ライゼは手を鞭にして俺の背中を何度も引っ叩くと、家のある方角へ走り出してしまった。
「……なんだったんだ?」
結局その真相はわからないまま、夜を迎えた。