123.親の心子知らず
バリーから情報を聞き出した後、俺は刑務所の外に出てある場所へ向かった。
彼は平常運転で口が悪かったが、教えてくれた情報は間違いなく貴重なものだ。
攻略班は既に43層を攻略するだけの力を持っている。だが、あえてそれを遅らせている人物がいる。
それこそがゲルダだ。あいつを追い出さない限り、ダンジョン攻略が前に進むことはない。
――だからこそ、俺がそれを変えてやる。
俺が最初に向かったのは、ライゼの家だ。相変わらず大きい玄関をノックすると、一人の人物が向こうから顔を出してくる。
「はいはい、今出ま――って君は! アルクス君!」
俺を見るなりヘコヘコと頭を下げ始めたのは、ライゼの父親だ。かつての傲慢な態度とは打って変わってやけに恭しい。
「どうも。ちょっとライゼに用事があって来たんですが」
「はい! ただいま呼んで参りますね! お茶も淹れますから!」
「いや、お茶はいらないけど……なんか今日おかしくないですか?」
やけに平身低頭に接してくるライゼの父親に、俺はとてつもない違和感を覚えた。なんか目が以前よりも輝いている気がするし。
「とんでもない! 私なんてアルクス君にとっては下僕みたいなものですから!」
「そんなこと思ってないですから!? 普通に喋ってくださいよ!」
原因はおそらく、この前のミノタウロス騒動だろう。軽くお灸を据えてやるつもりが、まさか人格まで変えてしまったなんて。
ライゼの父親は大きくため息を吐くと、がっくりと肩を落とし始めた。
「はあ……実はそうなんだ。あの一件からライゼに怒られることが増えてしまってね。アルクス君にも敬語を使うようにと詰められているんだ」
その光景はなんだか目に浮かぶ。鬼の形相で父親を詰めるライゼの姿が――
「……なんかすみません」
「アルクス君は悪くないよ。これまでライゼを抑圧してきた結果だからね……しかし、トホホ……」
再びがっくりと肩を落とすライゼ父。反抗期の娘にひどい仕打ちをされる父親――不憫だ。
「あれ、アルクス?」
その時、父の背後から姿を見せたのはライゼだった。腕にはペットの大型犬が抱えられているから、戯れている途中だったんだろう。
「何か用? っていうかアルクスが来てるならパパもなんか言いなさいよ」
「ヒィッ! ごめんなさい!」
……あまりにも不憫だ。
ライゼを外に呼び出し、俺たちは次の目的地に向かって歩き出す。
「お前なあ、もう少し親父さんに優しくしてやったらどうだ? あれじゃ犬の方がまだ快適そうだぞ」
「しょうがないじゃない、だってこの前のミノタウロスの一件からパパが執拗に絡んでくるんだもん。ちょっと鬱陶しいって言ってやったの」
「親父さんなりにこれまでの態度を改めようとしてるんだろ……ちょっとは協力してやれって」
「仕方ないわね。そこまで言うんだったらちょっとは優しくしてあげるわよ」
ライゼは手に持った杖を太陽に透かして見ると、話題を変えた。
「……で、用事っていうのはなんなの? 今どこに向かってるわけ?」
「ああ、それなんだが……もうすぐ着くぞ」
攻略班を正常に戻す方法。バリーと話しているときにいろいろと考えたが――やはりこの方法しかない。
俺がライゼを連れてきたのは、一軒の宿屋だった。
前に聞いた部屋の番号を思い出し、部屋をノックする。すると、部屋の中から一人の少女が顔を出した。
「あ! おにーさん! こんにちは!」
曇りのないかわいらしい笑顔で俺を出迎えたのは、フランだった。
以前、シエラさんの部屋で夕飯をごちそうになったとき、ここはフランとローラが暮らしている部屋だと聞いていた。
そして、部屋の奥には――無表情でこちらを見るローラ。
「ローラ、お前に話があるんだ」
「なんだ?」
ローラは返答すると、部屋の玄関に歩いてきて、俺に向かい合った。
ローラの返答は非常に淡白なものだが、彼女の立ち姿には思わず凄みを感じてしまう。
それでも、尻込みするわけにはいかない。俺は大きく息を吸い、答えた。
「攻略班が今どうなってるか、聞いてきたよ。そのうえで、昨日はああ言われたけど、俺はまだ攻略班に入ることは諦めてない」
「貴様は往生際が悪いな。なぜそこまで攻略班にこだわる?」
「一番は、俺が強くなるためだ。最初はレベル上げの効率のことだけ考えていたさ」
「であれば、攻略班に関わらず地道にダンジョンに潜るのが一番いいのではないか?」
「――でも、今は違うんだ」
ローラが驚いて目を見開いたのが分かった。俺はすかさず続けた。
「確かに攻略班に入らない方が俺のためにはいいことなのかもしれない。でもローラ、お前は今の攻略班をどう思ってるんだ?」
俺は気になったのだ。最強と呼ばれたローラが、どんな気持ちでこの腐った攻略班に参加しているのか。
賢明な判断をすれば、攻略班に関わらない方が強くなれる。彼女はそれを理解しているはずなんだ。でも、現にメンバーになっている。
ローラは少し黙った後、口を開いた。
「……私は責任を果たしているんだ。他の人間よりも強くなった者は、その力を他者のために使わなければならない」
「でも、現状のやり方で本当に責任を果たせてるのか? 本気でそう思ってるのか?」
「……何が言いたい?」
ローラは少しむっとした表情で俺の目を見つめた。
現状の攻略班には大きな欠陥がある。俺はそれを変えたいと思っている。
自分のため――それよりも何よりも、ローラのために。
「ローラ。俺はお前を解放しに来た。俺と、ライゼと、ローラ。この三人で43層を攻略するんだ」