121.帰り道のひととき
俺の隣をイルザが歩く。彼女は押し黙ったまま、黙々と歩みを進めていた。
ちょっと気まずいなあ。よし、話題を振ってみるか。
「今日はどうだった? 何かヒントは見つかったか?」
「……難しい質問。アルクスに近づきたかったのに、むしろ離された」
イルザはしゅんとしたような表情で答えた。
確かに、『スライムテイマー』で出せるスライムの数が100になったことで、イルザと俺の差はさらに広がってしまったのは事実だ。
俺は咄嗟にフォローの一言を入れることにした。
「でも、イルザがいなかったら俺は危なかったよ。ありがとう」
「……うん。役に立てたなら嬉しい」
……会話が途切れてしまった。気まずい沈黙が流れる。
もしかしてだけど……俺ってイルザにあんまり興味を持たれていないのだろうか?
思えば、イルザが俺についてきてくれるのは、俺が彼女より強いからであって――それ以上の理由はないはずだ。
そうだ。俺よりもローラの方が強いことは明白。だったら、これからはローラについていった方が彼女のためなんじゃないだろうか?
「なあ、イルザ。さっきの見ただろ? これからは俺じゃなくてローラにいろいろと教わるといいと思――」
「……嫌!」
意外にも、イルザが激しい拒否をした。心臓が跳ねるような衝撃を受け、俺は一瞬固まってしまった。
「駄目。絶対駄目。変なこと言わないで」
イルザは背伸びして俺のほっぺをつまむと、むにむにと引っ張ってきた。
「な、なにをするんだ!?」
「さっきの言葉は撤回して。しないとやめない」
「わかったから! ごめんなさい、撤回します!」
その言葉を以って、イルザはようやく俺のほっぺから手を離した。
「……でも、ローラの方が強いし、今のはイルザのためを思って言ったんだぞ? なんでそこまで――」
「私はアルクスがいい」
イルザは真っすぐに俺の目を見つめると、言い放った。
「少し前の私だったら、アルクスじゃなくてもよかった。強ければ誰でも。でも――今は違う」
イルザは一歩前に出て、俺のすぐ目の前に立った。彼女の気迫を肌で感じ、俺は息が詰まった。
「ちょっと前……森に侵入者が来た時。アルクスは私たちのために戦ってくれた。それに、さっきもエレノアを解毒した。アルクスは、いつも誰かのために戦ってる」
個人的には、イルザが困っていたら助けるのは当然のことだと思うけど、予想以上に感謝されているらしい。
「私は森の守護者。森の民を守るだけの力が欲しい。だから、アルクスの全部が知りたい。アルクスは私の憧れ」
イルザはそう言うと、急に俺に顔を近づけてきた。
彼女の吐息が聞こえる。視線は真っすぐにこっちを見ていて、放してくれそうにない。
俺の緊張はピークに達していた。心臓の鼓動が聞こえていないか不安だ。
「私は、もっとアルクスのことが知りたい。アルクスじゃないと駄目。こんな気持ち、初めてだから」
イルザはそう言うと、パッと顔を俺から放し、再び歩き出してしまった。
突然の出来事に硬直していると、イルザは振り返って、
「帰ろ?」
と、一言。
俺は二つの意味で驚いていた。まず、イルザは思ったよりも俺のことをよく見ていて、いろいろと考えていることに驚かされた。
正直、イルザはボーっとしている子だと思っていた。でも、彼女の考え方はどこまでも純粋で、深く考えられている。
そして、何よりも彼女があんな大胆なことをしてきたことに驚いた。
今の行動は、何か意味があるんだろうか? と考えずにはいられない。心臓はいまだにバクバクと鳴っていて、俺は深呼吸で息を整えた。
……いや、きっと深い意味なんてないはずだ。俺が思い上がっているだけに過ぎない。
彼女のポーカーフェイスを前にしたら、俺は何もわからない。わからないからこそ、何かあるのではないかと勘繰ってしまう。
「それでアルクス、これからどうするの?」
イルザが口火を切った。これからどうする、というのは、これからもラウハと修行をするのかという意味だろう。
「……実は、少し気になることがあるんだ」
ローラが去り際に言っていた言葉。あれがずっと心に引っかかっていた。
『――才能がある人間が、わざわざそれを無為にする必要はない』
あれは、俺が攻略班に入るということに対する言葉だったはずだ。
だとしたらおかしい。なぜ攻略班に入ると才能を無為にすることになる? むしろ逆じゃないのか?
きっと、何か理由があるはずだ。攻略班に関する、俺が知らない秘密が。