120.ローラの意外な一面
そういえば、エレノアは『友達とここに来る予定だった』と言っていた。その友達ってまさか……。
「ローラ、やっぱり道間違えたんでしょ! だから宿から送ってあげるって言ったのに!」
「いや、宿屋を出発する時間は合っていた。宿屋から出て、北に進むという話だっただろう? 西は左。東は右。北だからひたすら前に向かって走ったんだ」
「それは地図の話だから!! だから迷子になるって言ったじゃん!!」
俺は目の前の光景を信じることが出来なかった。
あのローラがおかしなことを言っている。そしてエレノアに怒られている。
ふざけている……というよりかは、これが彼女の本質なのだろう。
ローラは方向音痴だった。しかもドが付くほどの。
「ところで、竜種はそこの男が片付けたと言っていたが……エレノア。それはどういう意味だ?」
ローラの視線が俺に向いた。
「そのままの意味だよ! アルクスさんの仲間が竜種を倒して、アルクスさんはキングバジリスクを倒してくれたの! それに、私の命まで助けてくれて……」
「命? なんだそれは?」
エレノアはこれまでの経緯を説明した。彼女の話では、俺が大活躍をしたように誇張されている部分もあったが。話の本筋は間違っていない。
ローラはエレノアの話を全て聞くと、『なるほど』と言って俺の前に立った。
「な、なんだ……?」
もしかして何か怒らせるようなことをしただろうか? いや、してないはずだけど……。
と思っていると、意外にも、ローラが俺に頭を下げてきた。
「感謝する。私の友達を助けてくれてありがとう」
「い、いいって! コカトリスの毒を除去できたのは、たまたま素材を持ってたからだ!」
「だが、貴様がエレノアを助けたことも事実だ。それに、私はそこに間に合わなかった。……力不足だ」
ローラは真っすぐな態度で俺に頭を下げ、感謝を述べた。
昨日対峙した時とまるで違う印象だ。昨日はあれだけ恐ろしかったのに、今はそんな彼女から人間らしさすら感じる。
「……どうした?」
「いや、ちょっと意外だと思ったんだ。ローラは俺のことを嫌ってるものだと思ってたからさ」
「嫌う? なぜだ?」
「え? 違うのか?」
てっきり、ローラに昨日ボコボコにされたのは、D級冒険者の俺が攻略班に入りたいなんて言い出したことを咎められたのだと思っていた。
しかし、それは違うらしい。ローラは少し眉を顰め、不思議そうな顔で俺を見つめた。
「昨日打ち合って、私は貴様ら二人の実力の高さは認めている。特に<スライジング・バースト>はよかった。人間の攻撃が少しかすったのは久しぶりだ」
思った以上の高い評価に、俺は吃驚の声を上げた。
「え、そうだったのか!? だったらなんで攻略班に入れてくれないんだよ!?」
「私に勝ったら攻略班に入ることができるという話だっただろう? 私はただその条件に則ったまでだ。それに――」
その時、ローラの表情がほんの一瞬だけ曇ったような気がした。そして、一言。
「――才能がある人間が、わざわざそれを無為にする必要はない」
「それって……」
彼女の言葉の真意を聞く前に、ローラは俺に背を向けてしまった。
「さて、エレノア。クエストが済んでいるようなら帰ろう。クエストが終わったら『美味しいお店』に連れて行ってくれるのだろう?」
「う、うん! わかった!」
ローラはゲルダの首根っこを掴むと、親猫のようにズルズルと引きずって街とは逆方向に歩き出した。
「すみませんアルクスさん! お礼はまた今度させてください! それじゃあ!」
エレノア恭しく頭を下げ、ローラを正しい街の方向に導くと、帰路についた。
三人の姿が見えなくなるまで呆然と立ちすくんでいると、イルザが俺の袖を引いた。
「私たちも、帰ろう?」
イルザだけは帰りの方角が違う。俺は彼女を送るために、ワープスライムを出そうとした。
「……帰りは、歩きがいい」
すると、少し意外なことにイルザが提案をしてきた。
この後用事があるわけではなかったので、俺はそれを了承すると、森の方へと歩き出した。