119.一難去ってまた一難
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レベルが47になりました。
レベルが48になりました。
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頭に響いてきたのは、レベルアップを告げるメッセージ。
さすがにあの強敵を倒せばレベルは2も上がるか。そのうえ、『スライムテイマー』のスライムの数が100だ。レベルの上がり方は飛躍的に伸びたはず。
「アルクスさん! すごいです!!」
エレノアとイルザが歓喜の声を張り上げて駆け寄ってきた。俺は二人に手を振る。
「二人とも、本当に助かったよ。二人がいなかったら今頃……」
「そんなことないです! あんな激しい戦い、私たちじゃとても太刀打ちできませんよ!」
エレノアは目を輝かせながら食い気味に俺を褒めてきた。イルザが頷いて同調の意を示す。
確かに、さっきの戦いは激しいものだった。おまけに俺の強くなり方もこれまでと桁違いだ。
「アルクス様。こちらも完了しました」
続いて、シノとトークもこちらにやってくる。二人の後ろでは、スライムたちがアイテムの剥ぎ取りをしているのが見えた。
「二人もお疲れ様。おかげでこっちの戦闘に集中できたよ」
「もったいなきお言葉。ところで、この男への処分はいかがいたしましょう?」
見ると、シノの右手には、ゲルダの服の襟が掴まれていた。地面に引きずられる形で、ゲルダがシノに捕まっている。
「おい! 放せ小娘! 私を誰と心得てるんだ!!」
「……誰が小娘ですって?」
「ヒィッ!?」
シノの鋭い眼光に当てられて、ゲルダがブタの鳴き声のような悲鳴を小さく上げた。
「シノ、悪いけどそいつを放してくれるか?」
「……アルクス様がそう仰るのなら」
シノはパッとゲルダの襟を放す。解放されたゲルダはゲホゲホとむせると、俺たちをキッと睨みつけてきた。
「ゲルダ。さっき俺たちに言ったことは忘れてないよな? 二度と俺たちに偉そうな口は利くなよ?」
「……はぁ? 何を言ってるんだ貴様は?」
ゲルダは地面に尻餅を突きながら、下卑た笑いを浮かべた。
「私は確かに、『命令はしない』と言ったが、貴様らに偉そうな口を利かないなんて言ってない。貴様らが私よりも下等な冒険者であることには変わりはない!!」
「うわあ……反省しない奴って本当にいるんスねえ……」
トークがドン引きして声を漏らした。しかし、ゲルダは悪びれる様子すらない。
「ハハハハハ!! さっきはよく私を守ってくれたな! ご苦労だった!」
「……アルクス様、いかがいたしましょう? やはり始末しましょうか?」
「……いや、いいよ。こいつの相手疲れるから」
ゲルダの笑い声が草原エリア一帯に響き渡る。俺たちが冷めた目で彼を見ていたその時だった。
「グエエエエエエエエエエエエ!!」
一瞬、聞き間違いかと思った。なぜなら、その鳴き声が聞こえるはずはないのだから。
しかし、そんな俺の希望は刹那のうちに打ち消された。地面が揺れる。俺は慌てて声がした方を見た。
こちらに走ってきているのは、見間違えるはずもない、キングバジリスクだ。さっきの個体は確実に死んだはずだから、あれは――
「キングバジリスク……二体目だ!!」
「ヒィィィィィィィッッッ!!」
ゲルダの高笑いが一瞬で戦慄の声に変わる。状況が一変した。俺たちは再び緊張感を高める。
戦おうかと思ったが……今、ここにいるメンバーは全員疲弊しきっている。俺も、土壇場で力を発揮しただけで体はボロボロだ。
まともにやり合うわけにはいかない。つまり、今向かってきているキングバジリスクに対する打ち手は――
「皆、逃げるぞ!!」
俺の号令とともに、その場にいる全員がキングバジリスクに背を向けた。持てる限りの力を振り絞り、走り出す。
――ゲルダを除いては。
「ヒッ、ヒィィィ!! おい貴様ら何をやってる!! 私は怪我をしてるんだ!! 私を置いていくな!!」
ゲルダは慌てて立ち上がろうとするが、足がもつれて這いずるような動きしか出来ていない。
俺たちは奴に構わず、ドンドン前へ足を進めて行った。冒険者ならまずは自分の命を守るのが当たり前だ。
「う、うわああああああ!! 誰か、誰か!!」
ゲルダの体を黒い影が覆った。ゲルダのすぐ目の前までキングバジリスクがやってきて、彼を踏みつぶそうとした。
――その時だった。滝を真っ二つに割ったような激しい轟音が鳴り響くのが聞こえた。キングバジリスクではない。
「なんだ……?」
俺たちは驚いて足を止めた。そして、現場を見てその音の正体を見つけた。
「ギ、ギエエエ……」
キングバジリスクは、まるで野菜のようにその体を切り裂かれており、うめき声と共に絶命した。奴の巨体が地面に倒れると、足元が大きく揺れた。
「……怪我はないか」
剣を鞘に納め、キングバジリスクを倒した人物はゲルダに語りかける。
その人物はローラだった。たった一撃であのキングバジリスクを倒すと、クールな表情のまま、ゲルダを見据えた。
「で、でかしたぞローラ! 班長を守るとは、よくできた班員じゃないか!!」
その言葉を聞くと、ローラはもはやゲルダに興味を失ってしまったのか、黙ってこちらに歩いてきた。
イルザは全くの初対面のはずだから、おそらく俺に話しかけに来ているのだろう。しかし、何を言うつもりなんだ……? 緊張して、俺は生唾を飲んだ。
「遅れてすまない。約束より大幅に遅刻してしまった」
約束……? その言葉には違和感があった。俺はローラと約束なんかした覚えがない。
意味が理解できず、ますます俺は緊張感を高めたが……すぐにその言葉の意味は理解できた。
「ううん! 大丈夫! でも、もうこっちは片付いちゃったよ!」
ローラに返事をしたのは意外にも、エレノアの方だった。
「なんたって、アルクスさんが全部解決してくれたもんね!」
呆気に取られている俺の肩を、エレノアがポンと叩いた。まさか、と俺は息を呑んだ。
ローラとエレノアって、知り合いなのか!?