116.不死身のバジリスク
「エレノア! さっきA級冒険者って言ってたよな! 君は何ができるんだ?」
俺の問いかけに、エレノアは懐から何かを取り出した。
それはグローブだった。燃え上がる炎のような色をしたそれを手にはめると、彼女は答える。
「私のスキルは<クォーター・フィスト>! 拳で相手の攻撃を受けると、衝撃を4分の1にできます!」
なるほど、拳が盾の役割を果たすというわけか! 一度攻撃を受けなければいけないので、さっきのような毒を持ったモンスターを相手にするのは相性がよくない。
だが、今は十分に活躍できる! すごいスキルだ!
「エレノアは前線でタンクとして奴の攻撃を受けてくれ! 俺とイルザは奴にダメージを与える!」
奴の攻撃を拳で受けられるかぎり、エレノアが最も少ないダメージでバジリスクの攻撃を食い止めることができる。
その間、俺とイルザができるだけ早くダメージを与え続ける! これが勝ち筋だ!
イルザは弓を手にすると、背負った筒から矢を何本か取り出した。
「ギエエエエエエエエエエエエエエ!!」
けたたましい咆哮が俺たちを襲う。自分の何倍もあるような巨大なモンスターを見据え、俺たちは武器を構えた。
「行くぞ!」
バジリスクはエリマキトカゲのような走り方でこちらに突っ込んでくると、両手を振り上げ、ゲルダにそうしたように振り下ろしてくる。
「アルクスさんへの……感謝のストレート!」
バジリスクの腕がこちらに接近してきたとき、それとぶつかったのはエレノアの拳だった。
激しい衝突音が鳴り響くと、彼女の体が軽く押され、地面に轍のようなものができた。それでもかなり威力は殺せている。
「――いける! アルクスさん、これなら凌げます!」
俺は彼女の言葉を聞いて頷くと、右方向に走り出しバジリスクの後方へと回り込んだ。剣を掲げると、一気に肉薄し、俺は飛び上がった。
緋華が炎を纏う。縦に剣を思い切り振り下ろすと、真っ赤な斬撃がバジリスクの緑色の体表を切り裂いた。
「キシャアアアアアアアア!!」
同時に、バジリスクが絶叫した。豪快に尻尾を振り回すと、俺を吹っ飛ばした。
丸太のように太い尻尾に薙ぎ払われた俺は一瞬宙に浮くが、上手く着地して後ずさる。
ダメージは入るという点で、この前のゴーレムほどの理不尽さはない。この陣形で立ち回れば行ける!
俺はシノとトークを召喚し、背後に立たせた。
「……なるほど。状況は読めました。それで、私たちはバジリスクを始末すればいいのですね?」
「いいや、二人には周りのモンスターの足止めをしてもらいたいんだ」
シノとトークが一緒に戦ってくれれば、バジリスクを倒すのも早いだろう。だが、それ以上に俺は危惧していることがあった。
周りの竜種の数が心なしか増えているような気がするのだ。おそらく、バジリスクに引き寄せられているのだろう。
二人は俺の指示の意図を読み取ると、簡素に頷いた。
「この辺りには射撃に特化した高所がない。ちょっとめんどくさいっスけど……まあ、シノちゃんの力があれば楽勝って感じっスね」
「口を慎みなさい。私のことを『シノちゃん』と呼んでいいのはアルクス様だけです。殺しますよ?」
「全然シャレになってないっスけど!? ああ、すみませんでしたッ! シノ姐さん! だからその冷たい視線を向けてくるのは辞めて!?」
トークは体をビクビクと震わせると、その場から立ち去るようにして持ち場へと走っていった。
「くっ……!」
その時、エレノアの小さな悲鳴が聞こえてきた。見ると、バジリスクの猛攻を必死に耐えているエレノアの姿が目に映った。
「アルクスさん! こいつ、どんどん速くなってます!」
エレノアに言われて気づいた。バジリスクの体当たりのスピードがさっきよりも速くなっている。エレノアは必死に両手の拳を連続で叩きつけているが、体は徐々に押されている。
次の瞬間、バジリスクの渾身の体当たりがエレノアのラッシュを押し返し、彼女は尻餅をつかされた。
「危ない!」
イルザはエレノアの前に割り込み、矢をバジリスクの顔面に打ち込む。
矢はバジリスクの黄色い目に突き刺さったが、奴はひるむ様子を見せない。再び体当たりをすると、イルザとエレノアの二人を後方へと弾き飛ばした。
「イルザ! エレノア!」
俺は再び剣を握り、バジリスクに肉薄する。スライディングで尻尾を躱すと、剣を奴の胴体に突き刺した。
「ギエエエエエエエエエエエエエエ!!」
その時だった。バジリスクの口が白く光ったのが見えた。その光は爆発的に大きくなっていき、俺は嫌な予感を察知する。
気づいたときにはもう遅かった。バジリスクの口から放たれた白い光線を浴び、俺は吹き飛ばされてしまった。
「アルクス!」
「アルクスさん!」
二人の声が聞こえる。俺は休む間もなく立ち上がり、バジリスクを見やった。
奴の体にはイルザが放った矢が何本も刺さっており、針山のようになっている。俺が斬った部分からはダラダラと血が流れており、痛々しい印象を受ける。
確実にダメージは入っている。なのに、奴の動きは鈍くなるどころかどんどん速く、荒々しくなっている。
今までのはまだ序の口というわけか。末恐ろしいな。
「二人とも、ここからは俺のサポートをしてくれ!」
ダメージを受ければ受けるほど強くなるバジリスク。そして、追い詰められるほどに<人間>によって強くなる俺。
似た者同士、こいつを倒せるのは俺だけだ。だからこそ――上等だ。絶対に押し切ってやる。