115.助けてくださいお願いします
「ギエエエエエエエエエエエエエエ!!」
バジリスクはけたたましい鳴き声を上げると、地面に転がったゲルダに向かってのそのそと歩き出した。
「ヒッ! ヒィッ! なんでだ! バジリスクなんか大したことはないはず!!」
ゲルダは腰が抜けてしまったのか、腕を使ってじりじりと後ろに下がろうとしている。
しかし、バジリスクの注意を逸らすことは出来ていない。バジリスクは猫のようにゲルダをじっと見つめると、さらに距離を詰めていく。
次の瞬間、バジリスクが再び腕を振るい、ゲルダの体を吹っ飛ばした。彼の丸太のような体が地面を転がる。
「うが……貴様! この私によくも傷を――うわああああああああ!!」
ゲルダはなんとか逃げようとするが、バジリスクはおもちゃを扱うようにして腕でゲルダの体を転がす。そのたびに彼の体は土にまみれ、狼狽もひどくなっていく。
「だ、駄目だ! 助けてくれ!!」
ゲルダが俺たちに助けを求めてきたのは、一分も経たない頃であった。
「お前……さっき『私の邪魔をするな』って言ってたよな?」
「状況が変わったんだ!! 早くしろ!!」
ゲルダは激昂し、八つ当たりにも近いような叫び声を上げた。
「だったら頼み方ってものがあるだろ?」
俺の答えを聞いて、ゲルダが顔をひきつらせた。
「お、お前! 何を馬鹿なことを言ってるんだ!? 私を見捨てるつもりか!?」
「そんなことは言ってない。ただ、助けてほしいならそれなりの態度を示せってことだよ」
いつだったか、同じようなことがあったな。……というより、定期的に繰り返しているというのが正しいか。
「悪いがこっちも聖人ってわけじゃないんだ。あいにく俺たちはさっきS級冒険者様の命令で帰るように言われてるんでね。このまま帰ってもいいんだぜ?」
「ぐ、ぐぬぬうう……うわあああああああ!!」
ゲルダは憤死しそうなほど顔を真っ赤にしているが、このまま放置されればそれよりも先にバジリスクに弄ばれて殺されてしまうだろう。
彼に残された選択肢は、実質一択。彼は苦しそうな表情で大きく言い放つ。
「助けてください! お願いします! もう二度と命令はしません! 戻ってきてくださいいいいいいいいいいい!!」
ゲルダがブタの悲鳴のような叫びを上げたその時、バジリスクが腕を振り上げてゲルダを叩き潰そうとした。
「ヒィッ!?」
その時、俺は素早く駆け出し、スライディングをすることでゲルダの元へ向かった。彼の服の襟を掴んで引きずる形で移動させる。
間一髪、バジリスクに押しつぶされる前にゲルダを救出することができた。
「あ、あああ、あああ……」
ゲルダは放心状態になり、うわごとのような言葉を口から漏らしている。だらしなく開いた口からはよだれが垂れており、俺はちょっと気分が悪くなった。
「<鑑定>!」
俺は素早く目の前のバジリスクに<鑑定>を入れる。すると、結果は驚くべきものだった。
――
対象:キングバジリスク レベル5
バジリスク族の最上位種。下位種のバジリスクよりも体長が二倍ほど大きく、戦闘能力が飛躍的に向上している。
――
「こいつ……バジリスクじゃないぞ!!」
ちょっと大きいだけのバジリスクだって話はなんだったんだ! ゲルダ曲がりなりにもテイマーなのに適当なこと言ってたのか!?
……ちなみに。ゲルダのレベルはいくつくらいなんだ?
――
対象:ゲルダ・アイロード レベル40
スキル
<多重使役>……自身よりも弱いモンスターを5体まで使役できる。
――
40か。確かに俺よりレベルは低いが、それでも決して弱いとは言えない数字だ。
そんなレベル40の奴をあっさりと倒してしまうこのバジリスクは危険だ。後ろにいるイルザやエレノアに危険が及ぶかもしれない。
ここは――俺が戦うしかない!
「二人ともゲルダを連れて逃げろ! ここは俺がなんとかする!」
腕を振るい、俺は二人に下がるよう指示をする。
とにかく今は二人を逃がすことに集中しろ。一対一では厳しいかもしれないが、 それでもなんとか――
しかし、俺の覚悟と裏腹に、後ろに立つ二人は一歩も退く様子がなかった。
ふざけているわけではない。彼女たちの目には同じ覚悟が宿っていた。
「……アルクス。私も戦う」
最初に口を開いたのはイルザだった。
「私は強くなるためにアルクスについてきた。まだ、私はアルクスから何も手に入れてない。……だから、絶対に退かない」
すると、今度はその隣のエレノアが拳をもう片方の手のひらにぺちんと打ち鳴らし、意気込んだ。
「わ、私だって戦いますよ! そりゃちょっと怖いですけど……この命はアルクスさんに助けてもらったんです! この命ある限り、アルクスさんについていく覚悟ですから!!」
そこまで覚悟してもらうことはないけど……二人の言葉は俺の背中を優しく押してくれているように感じた。
そうだ。俺一人で戦う必要なんてない。三人でこの脅威を打ち倒すのだ。
「――わかった。いくぞ、二人とも!」
俺が剣を引き抜くと、二人は前に出てコクリと頷いた。