114.テイマーおじさんは声がデカい
「さきほどは本当にありがとうございました!! アルクスさん!!」
それから数分経って、すっかり解毒が完了した女性は、俺にペコリと頭を下げてきた。
さっきは喫緊でよく見ていなかったが、女性は俺と年が近そうな、ショートの茶髪に青色の瞳の少女だった。
「私、エレノアって言います。A級冒険者をやっています。本当に、アルクスさんにはなんとお礼を言ったらいいか……」
「たまたま材料を持ってただけだよ。ところで……エレノアはどうしてこんなところに?」
エレノアは頭を下げるのをやめると、事情を説明し始める。
「実は、今日は友達とここに来るつもりだったんです! その子、方向音痴だからちゃんと来れるか心配だったから、せめて現場で待っててあげようと思って。そしたら格上のモンスターに目を付けられちゃって……」
エレノアが泣きそうな顔で説明した時、俺は大事なことを思い出した。
「そうだ! 俺たち竜種を倒しに来たんだった!」
エレノアを休ませるために岩陰に移動してしまい、しばらく現場を見ていなかった。俺は慌てて竜種がはびこる草原を見てみると――
「ハッハッハッハッハ!!」
そこには、さっきまでいなかったはずの人物の姿があった。高笑いを上げるその人物は、アゴヒゲを触ってでっぷりと出た腹をなでている。
「あいつは――ゲルダ!?」
「ん。なんだ、今誰か私の名を呼んだか!?」
驚くべきことに、ゲルダは一匹のトカゲのような竜種のモンスターに乗っていたのだ。
「貴様は――昨日の失礼なガキか! ここは私の狩場だぞ! 何しに出張ってきた!!」
「そんなわけあるか! 俺もクエストでここまで来てるんだ!」
「チッ、他の冒険者どもは追っ払ったと思っていたが……これでは私の目的が達成できないではないか!」
ゲルダは面白くなさそうな顔で舌打ちをし、ボソボソと独り言をつぶやく。
おおかた、全部自分で手柄を横取りするために他の冒険者をどかしていたんだろう。
「……で、お前はなんでモンスターに乗ってるんだ?」
「そんなこともわからないのか! まったく、よくそれで攻略班などと言えたものだな! 私はテイマーだぞ!」
テイマー、といえばあれか。モンスターと契約を結ぶことで、魔力を与える代わりにモンスターを使役することが出来るっていう。
そう考えれば納得がいく。今回の竜種のモンスターの大量発生は、しもべを独占することができる絶好の機会だ。
「いいからさっさとどこかに失せろ! どうせ、雑魚モンスターを倒して手柄だけ手に入れようなんて甘い考えなんだろう!」
「いや、今明らかに自分の考えを口走ったよな!?」
「うるさい! 私はS級冒険者だぞ!? 冒険者は上の階級の者の指示に従うのが当然だ!!」
こういう考えを振りかざしてくる奴は少なくない。これまでぶつかってきたダンやバリーも、自分の階級を盾に他人に偉そうなことを言ってきた。
言われる側としてはたまったものじゃないが、この仕組みのおかげで指示が通りやすいというメリットもあるから一概に悪いとも言えない。
――悔しいけど、言うことを聞くしかないのか。でも、攻略班入りがかかっている以上、安易に引きたくない。
「さあ、早くどこかに行け! 私はまだまだやることが――」
ゲルダが腕を横に振って俺たちを追い払おうとしたときのことだった。
地面が激しく揺れる。地震かと思ったが、違う。地震特有の初期微動がなく、雪崩が起こったような揺れがいきなり起こっている。
「な、なんだ!?」
振動は徐々に激しくなっていく。俺たちが身構え、辺りを見回していると、エレノアが声を上げた。
「見てください! あれ!」
彼女が指した方向を見ると、そこにいたのは一体の竜種のモンスターだった。
緑色の肌に黄色い目。ゲルダが乗っている個体とよく似ていて、顔はトカゲとカエルを足して二で割ったようだ。
そして、大きい。全長は5メートルを優に超えている。奴が足踏みするたびに、辺りが大きく揺れた。
二足歩行の竜は、その見た目からは想像できないほどの速度でこちらに全力疾走してきている!
「なんだ、バジリスクか」
ゲルダは安堵の息を漏らすと、面倒そうにモンスターを見やった。
「知ってるのか?」
「ああ、なんということはない。他の個体より図体はデカいみたいだが、私にかかれば簡単に使役することができる。どけ、私の邪魔をするな」
ゲルダは前に出ると、右腕を前に出してバジリスクに狙いを定めた。
「図が高いぞ!! 今すぐ動きを止めて私にひれ伏――」
その時だった。バジリスクが、翼が生えた腕を振り上げ、ゲルダに薙ぎ払ったのだ。
「え――」
ゲルダの体があっさり宙に浮かぶ。予想外な出来事を前に、彼は目を見開き、硬直するほかなかった。