112.クエスト調達!
「シエラさん? なんでこんなところに!?」
シエラさんは森の民のことを知っている。だからここに来るのもおかしな話ではないんだけど……ここに来るまでにモンスターに遭遇する危険がある。
「一応モンスター対策はしてきたんだけど、途中でイルザさんに会ったから案内してもらったの」
「森、危険。ウサギ狩りしてたら、見つけたから」
イルザは眉をピクリとも動かさないまま、ウサギの耳を鷲掴みにしている。俺はそのギャップに思わず引いてしまった。
「で、シエラさんはどうしてここまで来たんですか?」
「そうそう! 実はアル君に見せたい依頼があってね……」
シエラさんはそう言うと、懐から一枚の依頼書を取り出し、手渡した。
見るなり目に入ってきたのは、一匹のドラゴンのイラストと『緊急!』という文字だった。
――
竜種討伐クエスト
オルティア北 草原エリアに竜種のモンスターが大量発生。
冒険者たちに討伐を依頼します。
適正ランク:S~D
報酬:討伐数によって増加
――
「竜種?」
聞き覚えのある言葉を俺は反芻する。
「竜種っていうのは、ドラゴンとかワイバーンみたいな竜に分類されるモンスターのことだよ」
「じゃあ、それが大量発生してるってことですか?」
シエラさんは頷く。
「原因はまだ調査中なんだけどね……草原エリアにモンスターが大集合してるの。竜種は特に放置してると危険だから、今は人手が欲しくって」
確かにドラゴンが街の辺りをうろついているとしたら、馬車も通れないし、一般市民に危害が及ぶ可能性もある。
ただ、俺には一点、引っかかることがあった。
「でも、なんで俺なんです? 俺はD級冒険者だし、シエラさんがここまで来るほどの人間じゃない気がするんですが……」
それに、依頼書に書かれた適正ランクはS級からD級と、かなり幅が広い。こんなのは初めてだ。
「D級だからこそ、だよ。アル君、ランクの幅が広いっていうことはどういうことだと思う?」
「幅が広いってことは……ごめんなさい、わからないです」
「D級として参加して、S級が倒すようなモンスターと戦えるってこと。つまり、どれだけランクが低くても、実力さえあれば誰よりも活躍できる」
シエラさんが会心のしたり顔で説明する。そこで俺も理解した。
通常、強いモンスターと戦うようなクエストはS級冒険者ばかりに割り振られてしまい、俺みたいな下級の冒険者は分相応な仕事をするしかない。
しかし、今回は違う。D級冒険者の俺でも、その気になれば全てのモンスターと戦うことが出来るのだ。
「攻略班、入るんでしょ? 今回のクエストで手柄を上げれば、少しは足しになるかもよ?」
シエラさんは俺の気持ちを汲み取ってくれていたらしい。だから、モンスターに襲われる危険を省みずにここまで知らせに来てくれたのだ。
「 さ、早く行かないと手柄を持ってかれちゃうかもよ!」
「ありがとうございますシエラさん! 俺、行ってきます!」
慌ててワープスライムを召喚しようとしたとき、服の袖が引かれるのを感じた。
俺の袖を掴んで立っていたのはイルザだ。
「どうした? まだ何か言うことがあった?」
「……私も行きたい」
予想外にも、彼女の口から出てきたのは同行の希望だった。
「イルザも竜種狩りしたいのか?」
「うん。一緒に戦ってみたい。どうやったらアルクスみたいに強くなれるか、知りたいから」
そう言えば、以前にイルザの口から強くなりたいと聞いたことがあった。
強さに関しては、彼女は真剣だ。変わらず表情の機微はないが、瞳にはその意志が見て取れる。
「……よし、イルザも一緒に行こう! 何がイルザの役に立つかはわからないけど!」
「えーーーーーーーっ!」
その時、声を上げたのは意外にもシエラさんだった。彼女はしまったとばかりに口を押さえるが、時すでに遅し。
シエラさんは頬をぷくっと膨らせると、顔を紅潮させて視線を逸らした。
「……だって、イルザさんはアル君にちょっかいを出すから」
「出してないよ?」
「現在進行形で出してるでしょーがっ!! 距離が近いの!!」
シエラさんがビシッと指した先では、俺の手をぎゅっと握るイルザの手があった。
いつの間にやら、袖から手に持ち変えられていたらしい。最も、当人にもその意識はないだろうが。
「シエラは、私がアルクスに近づいたら、怒る?」
「そういうことなんだけどそういうことじゃなくて……あと私の方が多分年上なんだけど!?」
イルザは首を傾げて困った顔をする。シエラさんの気持ちは、おそらく10パーセントほども彼女に伝わっていないのだろう。
「とにかく! アル君は絶対に無理はしないこと! そしてイルザさんはアル君にべたべたしないこと! それだけ!」
シエラさんは大声でそう言い放つと、気まずくなったのか、元来た道を引き返していった。――なぜか一人で。
「ラウハ、シエラさんをお願いできるかな? 多分あのまま行くと普通に危ないと思う」
「ゴゴゴゴ…………」
ラウハは仕方ないなとばかりに座っていた岩から腰を上げ、シエラさんの後についていった。
――さて、準備は出来た。いざ、竜種討伐に行こう!