008.望まない過去との再会
「久しぶりねぇ、シルフィ・ネイバールード。うふふ……」
ねっとりとした声でシリフィに話しかけた目の前の女は、俺の方を見て少し目を見開いた後、不純物たっぷりの笑みを向けてくる。
「貴方……確か特例でいきなりCランクに昇格した人ね。名前は確か……そう! アスカといったかしら?」
「いかにも俺の名はアスカだ。……それで、何か用か?」
「ふふっ、そんなに睨まなくてもいいわよ。せっかくの腕前が、そんな子と一緒では宝の持ち腐れでしょ。どう? 私のパーティー『テンペストクイーン』に入らないかしらぁ?」
「ッ!?」
目の前の女──シャーミットとかいってたかな。事もあろうにこの人は、俺に自分のパーティーに入らないかと誘ってきた。分りやすい……本当に分りやすい嫌がらせだ。
これは別に、俺に入って欲しいわけじゃない。俺にシルフィのパーティーから抜けて欲しいだけだ。
「私の冒険者ランクは貴方と同じCよ……そっちの“薄鈍姫”と違ってね」
「くっ……」
シルフィの顔に悔しさがにじみ出る。そういえばこの女が言った言葉、さっきも他の冒険者が口にしていたな。だが、大体の想像はつく。シルフィの【遅詠唱】による結果を野次っているのだろう。
「……わかった」
「あら! それじゃあ早速──」
「わかったから、二度と話しかけないでくれないか」
「………………はぁあ~?」
俺の言葉に女の顔がひどく歪む。取り巻きの男達も先程まで浮かべていた薄ら笑いを消し、こちらを一斉に睨んでくる。ギルド内にいた冒険者達も、なんだかまずいといった雰囲気をだして話を止めてこちらを見ている。
「ちょっとボウヤ……今なんて言ったのかしら?」
「聞こえなかったのか? 二度と話しかけないでくれと言ったんだ。聞こえたのならついでに立ち去ってくれると有り難い」
「なっ……お前、いい気になるんじゃないよッ!」
聞かれたから返答したのだが、それで怒るとは随分と自分勝手だ。……流石に今回は俺も不愉快だったから、わざと煽るような物言いをしたのだが。
「随分と品がないしゃべり方になったな。先程まではただ不愉快だったが、今はそれに加えて聞き苦しく貧相な言葉使いになっているぞ。そちらの評判など知ったことではないが、あまり褒められたものではないな」
「こ、このガキ……」
俺の言葉に女は激昂するも、周囲の冒険者は随分と興味深い感じで様子を見てる。中にはツボに入ったのかクスクスと笑っている者もいるようだ。
「……もう遠慮しないわ。アンタに格の違いってもんを見せてやる。おい、裏は空いてんのか?」
「えっと裏の訓練場ですね。ただいまなら空いております」
ギルド職員の返答を聞き、ニヤリと笑って俺達を見ると、
「おいテメェ、先輩冒険者自ら訓練してやるよ。ちょっとばかり手痛い目にあうかもしれないけれどねぇ~?」
また先程の、人を小馬鹿にしたようなしゃべり方をしてきた。ひとまず落ち着きを取り戻したということか。
正直こんな勝負を受ける必要はない。こちらは何のメリットもないし、時間の無駄という言葉がこれほど似つかわしい事そうそうないだろう。……少し前にも一度あったような気もするが。
「下らない茶番だが相手をしてやろう、ありがたく思えこの下種」
「本気で死にたいらしいわね……いいわ、じっくり後悔させてあげるから」
いかにもな負けフラグ台詞を吐き、ギルド裏の訓練場へ向かう女と取り巻きの男達。それを眺めている俺にシルフィが複雑そうな表情で話しかける。
「その……色々ごめんなさい。でもアスカの言葉は嬉しかった、ありがとう」
「気にしなくていい。俺もわざとアイツを怒らせるような発言をした」
「やっぱりそうだったのね。でもどうして?」
「……あの女の言葉で傷つくシルフィを見て、腹が立ったからだ」
「えっ」
驚いてこっちを見ているのは気付いてたけど、俺もどこか気恥ずかしくて顔を向けれなかった。おかげで先程言おうと思っていた事……俺のスキル【剣召喚】についてもちゃんと説明できないうちに訓練場に到着してしまった。
すると──
「アスカくん、シルフィさん!」
慌てた様子でエミリィさんがやって来た。どうやら他の客の応対をしていて、すぐに書けつかられなかったらしい。
「大丈夫なんですか? なんでもシャーミットさんの『テンペストクイーン』と勝負をすることになったとか。しかも向こうは、随分とその……」
言い難そうにエミリィさんは、ごにょごにょと口ごもる。ギルド職員としては、あまり冒険者についてあれこれ言いたくないのだろう。ただ、彼女はギルマスのカイザックからの言いつけで、俺の専属をしているので多少は贔屓してもらっている感じはする。
「大丈夫ですよ。あの人──シャーミットさんを見た時に思いましたから」
「思った……ですか?」
不思議そうな顔を浮かべるエミリィさんとシルフィ。そんな二人に俺は、何の迷いもなく言い切った。
「はい。なんだか……随分と弱そうだなって」
訓練場に両チームが揃った。
俺とシルフィの『鵬翼の誓い』。
シャーミットと取り巻きの『テンペストクイーン』。
簡単に勝つだけなら、俺が全員を倒せばそれで終わり。でもそれでは、おそらくシルフィが抱えている気持ちに決着がつかない。なので俺は一つシルフィに提案をした。
「え? 私の魔法で勝利する……ですか?」
「ああ。向こうの取り巻きは、自分たちのリーダーを守護しながらこちらを攻撃してくるだろう。俺はその全てを相手するが、あの女──シャーミットだけはシルフィが倒すんだ」
「シャーミット……」
困惑していたシルフィさんだが、その名前を口にした途端表情が一層引き締まる。先程も色々あったが、もしかして他にも事情があるのかもしれない。
「……わかったわ。彼女は私が倒す。だから……頼んだわ」
「了解した」
そう告げたところで、審判役のギルド職員から声をかけられて配置に着く。
今回は魔法戦を考慮してか、審判は離れた場所にいる。ざっと見渡すと相変わらずのギャラリーのほか、やはりエミリィさんが心配そうに見ている。
後、おそらくはカイザックもどこかで見ているのだろう。
「ではこれより、『テンペストクイーン』と『鵬翼の誓い』の試合を開始する」
審判の声で一気に緊張感が高まる。
「始め!」
開始の声が響き、シルフィもあの女も詠唱に入り、向こうの男達は一斉に動き出す。……って、まさかの全員攻撃陣形か。おそらくこちらの二人のうち一人は詠唱で動けないため、全員で一気に俺を討てばいいという思惑なのだろう。
「丁度いい。まとめて相手しよう」
この時点で俺は今回の剣を決めた。
「【剣召喚】村雨」
俺は一振りの刀を呼び出して鞘をつかむ。
そして抜いた瞬間──あたりは濃厚な霧に包まれた。
◆初出の剣◆
B:『村雨』
※詳細にネタバレが含まれるので次回説明します