004.Cランク冒険者アスカ
「では、今日からアスカくんはCランク冒険者となります」
「あ、ありがとうございます?」
「何で疑問系なんですか……」
訓練場から戻ってきた俺は、エミリィさんからランクアップしたギルドカードを手渡された。そこには言われた通りCランクの記載がしてある。
「その……いいんですか? FランクからいきなりCなんて……」
「私も流石にどうなのかと思いましたよ。でも……」
困り顔のエミリィさんは、ちらりと自分の隣を見る。そこには腕を組んでこっちを見ている男性が。
「ギルドマスターがそうしろって言うから、仕方ないじゃないですか」
「ええ~……」
「お、何だ? 何かあったか?」
明るくも力強い声で話しかけてくるこの人物は、冒険者ギルドマスターのカイザックさん。さすがに知っているけど、こんな近くで話すのは初めてだ。
「その、なんで俺はいきなりCランクなんですか?」
「何だそんな事か。そりゃあDランクのタリックをあんなにあっさり倒したんだ。見たところそれ以上だと思うが、まずはCランクで我慢してくれ」
「ん? …………ああ、そういう事か。違います、俺にいきなりCランクは評価過剰じゃないかって事です」
どうやらカイザックさんは、俺がもっとランク上げろと言っていると思ったらしい。それこそまさかだ。やっと討伐クエストへいけるFランクが、Cランクになる事が異常だって言ってるのに。
だが俺の言葉を聞いたカイザックさんは、暫し浮かべていた笑みを消して真面目な表情になる。
「馬鹿な事を言うな。俺は先程の試合を終始見ていた。最初はタリックがまた、自分より下位の冒険者に難癖つけて諍いが起きていると思った。実際その通りだったんだが、違ったのは試合が始まる直前だ。いきなりお前が、何もない空間から木製の武器を取り出した。一見してなかなか重そうな武器だが、それをお前はこともなげに握り構えた。そして結果は……お前の圧勝だ。寧ろ勝負にすらなってなかった」
そこまで一気にしゃべると、一度息を吐いて表情を緩める。
「少し話がしたい。奥の部屋に移動しようか。エミリィも着いてこい」
「あ、はい。えっと……」
「奥にギルドマスターの部屋がありますので、そこで話がしたいということですよ。……アスカくんにとってあまり公にしたくない話になるかもしれないからですね」
なるほどそういう事か。とりあえず俺はカイザックさんの後について奥の部屋へ向かった。
ギルドマスターの部屋は、奥に普段カイザックさんが座っているだろう執務机があり、中央にテーブルをはさんでソファがある。そこにカイザックさんが座り、向かいに俺とエミリィさんが座る。……エミリィさんなんでこっちに座ったんだろ。
「……さて、さっきの話の続きだ」
そう言ってカイザックさんは少し表情を引き締める。
「はっきり言って今のお前に対する評価は“未知”だ。もしかするとBかA……なんだったらSって事もあるかもしれない」
「えええ~~~! ア、アスカくんがSランク~~~!?」
「落ち着けエミリィ。そう評価できる可能性もという話だ」
「は、はい、そう……ですね。すみません……」
反省しながらも、どこか好奇心が溢れる視線を向けてくるエミリィさん。どうやら彼女の知的好奇心の真ん中でも打ち抜いてしまったようだ。
「それで色々聞きたい事があるのだが……構わないか?」
「はい。ただし、俺が教えても問題ないと思える範囲で、となりますが」
「ああ、それで十分だ。お前の──っと、アスカといったな。アスカのアレは個人特有の能力だろう。それを何から何まで話すのは死活問題だからな」
「理解して頂きありがとうございます」
とはいえ、カイザックさんは元Aランク冒険者で皆の信頼も厚いギルドマスターだ。転生知識とかを除いた部分では、ある程度話して今後も助言をもらえたら助かるなと思っている。
「ならばまずは……あの力はなんだ? いきなり武器を出現させたあの力。もしかして収納魔法か何かを使ったのか?」
「いえ、違います。あれは俺のユニークスキル【剣召喚】です」
「剣……召喚?」
「はい。俺が知っている武器の中で、“剣”とカテゴライズされる物は自由に召喚できるスキルです。まだその全てを把握しているわけではありませんが、今のところ知識のある剣の召喚は全て成功しています」
「「………………」」
俺の話を聞いていた二人から何の反応もない。もしかして上手く説明できてなかったのかな?
「えっと、俺が知っている武器の──」
「いや大丈夫だ、説明はちゃんと理解した! 理解したけど理解できなかったんだ! え、何だと? 武器が召喚できる?」
「はい。といっても、呼び出した武器は俺しか扱えません。たとえば……【剣召喚】ショートソード」
「「おぉ」」
武器の中でも最も標準的な片手剣を呼び出す。武器自体は普通だが、突然なにもない場所に出現すると驚くものなんだな。
「これが召喚した『ショートソード』ですが、普通のショートソードと何ひとつ違いはありません」
「ふむ……確かに、ごく普通のソードだな……」
カイザークさんが刃に触れ、手持ちのナイフで軽くキンキンと打ち鳴らす。
「ですが私がこれを手放すと……」
「なっ?」
「消えた?}
手放された『ショートソード』は落下するのではなく、その場ですっと消えてしまう。つまり俺が誰かに手渡そうとしても、手から離れた瞬間に消えてしまうのだ。
「なるほど……。つまり試合で見せたあの木刀も、今のソードのようにアスカが呼び出したものだというのだな」
「はい、そうです」
「しかしそうなると、次に浮かぶ疑問はあの木刀の扱いにつてだな。たとえ木で出来ていたとはいえ、随分と重そうに見えたのだが。それを、こう言ったら失礼だがお前の身体であれほど自在に扱えるものなのか?」
剣の召喚に関してはひとまず理解してもらえたが、次にすぐさまその扱いについて疑問を投げてきた。さすがにこのあたりは元Aランク冒険者か。
「実は俺の【剣召喚】には、ちょっとした付随効果があります。それは、呼び出した剣が特定の所有者の場合はその扱い技量も自身に付与できる、というものです」
「なんと……つまりあの木刀、どこかの名のある人物のものなのか」
「はい。とある異国の剣術家が、これまた有名な剣士との勝負の際に用いたとされる武器です」
「あのアスカくん、何でその人はそんな勝負の場に木の武器で?」
エミリィさんも流石に冒険者ギルドの社員だけあって、一見理不尽に見える行動は気になるのだろう。いかにもクエスト受付嬢らしい。
「それはですね、剣士が得意とする武器──『物干し竿』と呼ばれる武器は、とても長い為それに対抗する武器として舟の櫂……オールを削ったものを武器として用いたと記録に残ってます」
「はぁ~……なんというか、思い切りがいいですねぇ……」
「ふむ……アスカ。もしかして君は、その剣士の扱った武器も召喚できるのか?」
「『物干し竿』ですか? まだ試していませんね……」
元々『木刀』を呼び出したのもさっきが始めてだ。なので当然『物干し座』だって出したことはない。
「では……【剣召喚】物干し竿!」
俺の声に応えるように、目の前に一振りの刀が出現する。
「「おお~!」」
「……うん、どうやら成功したみたいだ」
その刀を手にすると、『木刀』を手にした時お同じような感覚が生まれる。これは間違いなく巌流島で佐々木小次郎が振るった『物干し竿』だ。
当時の日本刀は基本的に70センチほどだが、この『物干し竿』は三尺と言われておりおよそ90センチ以上あったといわれている。言葉としては大差ないように思えるが、実際に70セントと90センチでは大きな差が生じる。だがそれ故に扱いも難しくなるので、いかに佐々木小次郎という剣士が優れていたのかという事だろう。
「ほぉ、珍しい剣だな」
「はい。これは“カタナ”と呼ばれる異国の武器です」
「へぇ……アスカくんて、そんな事まで知ってるのね……」
「えっと、その辺りは色々内緒で……」
何となくごまかしながら、俺は呼び出したステータス画面を見る。そこに記載された剣の中に、
B:『木刀』
B:『物干し竿』
が追加されていた。幸い『物干し竿』もBランクのため、先程俺は目眩なども起きなかったんだな。うっかり忘れてたな、危ない危ない。
「……よし、ひとまず今日はこれくらいでいいだろう。今後何かあれば、その都度色々と聞くかもしれないが、今はこれで十分だ」
「わかりました」
カイザックさんが話を締めくくり立ち上がる。
「それじゃあ改めて宜しくな、Cランク冒険者アスカ」
「はい、よろしくお願いします」
差し伸べられた手をしっかり握り返す。この握手は信頼を意味する、ならそれにちゃんと応えないといけないな。
「エミリィ、今まではお前がアスカに色々と応対してきたんだろ?」
「は、はいっ」
「ならばこれからもお前が担当だ。アスカの専属担当はお前にするから、今後もしっかり頼むぞ」
「は……はい! 承りました! ……アスカくん!」
「はいっ!?」
ずいっと妙な迫力を込めたエミリィさんが近寄ってきた。よくわからないが、その秘めた決意みたいなものに並々ならぬ信念を感じる。
「これからも宜しくお願いしますね!」
「は、はい。今後ともよろしく」
そしてカイザックさん同様に握手をすると、何故だか妙に気合が入ったエミリィさんは、笑顔を浮かべたまま暫く手を離してくれなかった。
◆初出の剣◆
B:『物干し竿』
有名な巌流島の決闘において、佐々木小次郎が使った長刀。
史料によれば三尺余りと記述され、90センチほどの長さがあったと言われている。
備前長船と呼ばれる刀工の長船派の始祖の子である長光の作品といわれるが、真偽は定かではない。
現存しておらず剣質は不明。当時は三尺の刀は長すぎて不便なため、その多くは後々短くされるなどして姿を変えてしまったものも少なくない。