ob.2 obvious
少し行間を広くしました。
これで少しは見やすくなってますかねぇ……。
合わせて1話も広く。
「レヴィア?どうされたのですか?」
「……いえ、何でもございません。それより秀様、朝の蒼茶をお持ち致しましたので、是非召し上がってください」
レヴィアの様子に目ざとく気づいたシルクリアは彼女に尋ねるが、彼女はかぶりを振って、秀に青色の飲み物が入ったカップを手渡す。
「お身体の回復に効果のある薬草をシルク様が特別に用意してくださったので、合わせて成分を入れておきました」
「へぇ、すごく綺麗な色ですね。ありがとうございます、シルクリアさん、レヴィアさん」
こんなに優しい二人だから毒が入ってる可能性は低いだろう、と判断した秀は素直に礼を言う。
「ふふっ、蒼茶は王国では万人に嗜まれていますが、レヴィアの淹れるものはとても綺麗な青色なんです。私はすごく好きですよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
どうやら蒼茶は割かしポピュラーな飲み物らしい。シルクリアの言によりそのことを把握した秀だったが、そもそも記憶喪失なので蒼茶が何なのか知らない。
「ところで蒼茶って何ですか?」
「……まさか秀様、蒼茶を知らないと?」
心なしか珍妙なものを見る目で見られているような気がする……。
「レヴィア、秀さんは記憶喪失のようで、何も覚えてないそうです」
「……記憶喪失ですか。大丈夫……というわけでは、ないでしょうね」
冷淡な人かと思えば、案外そうでもないらしい、と秀は思った。
「大丈夫ですよ、ご心配ありがとうございます」
「秀さん、先程言いかけましたが、実はレヴィアが貴方を介抱しようと提案したんです」
シルクリアはさらりと衝撃の事実を秀に伝える。
「…え」
(まじでか……ついさっきまで「冷淡な人」だと感じていた自分を責めてやりたいくらい、レヴィアさんもいい人じゃないか)
と、秀が内心でレヴィアに感服していると、
「いえ、流石にかのフェイメットで意識喪失の人間を見かければ放置などしていられません」
「あ、そんなに危ないんだね、あそこ……」
二人がそう言うくらい自分のいたところは危険らしい。改めて目の前の二人の人の良さに感謝せねば。
と。
「あの、お二人に命を救ってもらいましたこと、本当に感謝しています。そのお返しとして、何か俺に出来ることはありませんか?」
二人が口を揃えて「自分のいたところは危険だ」と言っていたのだ。その言葉を信じるに、もはや秀にとって彼女たちはまさしく「命の恩人」となった。
だから、これは彼なりの誠意。
が。
「お気持ちは嬉しいんですけど、まずは貴方の家を探さないといけませんね」
「……記憶喪失であれば多少時間がかかりますが、おそらく王国内で探す分にはシルク様一人で十分かと」
どうやら、彼の住処を探す腹積もりのようだ。まるで聖女二人が眼前に顕現したみたいだが、秀は身に合わない優しさだと感じながら、申し訳なさそうに切り出す。
「あの、そのことで一つ確信というか感覚でわかるというか、そんな感じのものがあるんですが」
「はい?」
「シルク様のご提案に何かご不満でも?」
三者三様ならぬ二者二様の反応を示す彼女たち。レヴィアに至っては少し怒気を孕んでいる。秀は美女二人の反応に気圧されながらも自分の心中を明かす。
「たぶん、俺に家はないです」
「……そうですか。それでは、秀さんをこれからどうしましょう」
「シ、シルク様!?」
余りにも信じるのが早すぎる主人には、流石に忠信の従者もびっくりらしく、レヴィアが目を丸くしている。
「秀さんは嘘をついていませんし、確かに自分に家がないことを確信していました。記憶喪失なのにここまでしっかりと自信があるなんておかしいと思いませんか?私はそのことに、少しの違和感を感じました」
いつの間に心を読まれたのだろうか。
「しかし、シルク様。秀様は_「それに」」
レヴィアが反論を言い切る前にシルクリアは言葉を続ける。
「今まで、私と他の使用人二人以外には無関心同然だったレヴィアが、わざわざ介抱しようと提案するような人です。理由はどうであっても、私はレヴィアの考えを信じます」
「……シルク、様」
レヴィアは申し訳なさそうにシルクリアを見つめている。
「……えと、つまるところどのような処遇に?」
割り込むタイミングが見つけられなかった秀だったが、話がまとまったのを見て自身のこれからのことを訊く。ぶっちゃけ彼は今の二人のやりとりに全くついていけていなかったのだった。
「そうですね……」
秀の言葉に、シルクリアは少し考え込む。
やがて。
「…………そういえば、男手が欲しかったんですよね」
おや?
「……ああ、前々からおっしゃっていましたね。高いところとか私たちだけでは届きにくいですし、こちらには男性を連れてきていませんから」
そう二人が独り言のように呟きながらこちらを見る……心なしか期待を込めた目で。
「……うん?」
「こちらには」ってどういうことだ?まるで何処かから移ってきたかのような言い様だな……。
「私たちの事情については、王国や他の国のことなども合わせて後程かいつまんで説明しますね」
そんな秀の疑問を感じ取ったのか、シルクリアは後のことを話す。思わず顔が熱くなる秀であった。
「……よろしくお願いします」
彼女はパンッ!と両手を打ち鳴らし、やはり誰もが見入ってしまうような笑顔を浮かべて話を切り上げる。
「さあ、冷めないうちに蒼茶をどうぞ。そして飲み終わったら、一旦シャワーを浴びてきてください。諸々の話はそれからにしましょう。レヴィア、浴室の準備は?」
「勿論出来ております」
シャワー?…………しゃ、シャワー?
「……あの、シャワーって」
「昨日秀様が森で倒れてたのをそのままここに運んできたのですから、先ずは身体を綺麗にしておかないと気持ち悪いでしょう」
秀は今バスローブを着せられてはいるが、それは二人が「まずは寝かせよう。話は目が覚めてからだ」という結論を出し、とりあえずここに運んで着替えさせたからであった。そのため秀が目覚めてから綺麗にさせるというようになった。
が、秀はそんなことも露知らず、むしろそれよりも彼にとってはもっと疑問なことが。
「ああいえ、そうではなくて。シャワーって一体どんなものなのかさっぱりわからないんです」
「そうですね……一言で言うなら『水やお湯を広く撒くための道具』でしょうか。身体を綺麗にするのには必須なんです」
「そんなものが世の中にはあるんですね……あ、蒼茶がすごく美味しい」
文明の利器を一つ知った秀は蒼茶のカップを口につける。深い味わいと程よい甘さがマッチして、身体に染み込んでいく。
「でしょう?レヴィアは蒼茶を入れるのがとても上手なんです。気に入っていただけましたか?」
「はい、とても。 レヴィアさんありがとうございます」
「こちらこそ、お口に合ったようで何よりです」
そう口では言いながらも彼女は眉一つ動かさない。
……なんだか不思議な人だ。
「ごちそうさまでした。カップはトレイに戻しておきますね」
蒼茶が余りにも飲みやすく美味しかったからか、秀は蒼茶に滋養の薬草のエキスが入っていたことも忘れて、あっという間に飲み干してしまった。
「構いませんよ。さて、それじゃあ私は浴室まで案内してきますね」
「承知しました。ではわたくしはカップを片付けてきます」
そう言うとレヴィアはトレイを持ち上げて、すぐに部屋の外へと出ていった。
「……できる人ですね」
秀がポツリと漏らす。
「レヴィアはもう五、六年も私に仕えていますが、彼女が何か失敗したなんてことは見たことありません。それくらい優秀なのです」
「……できる人なんですね」
彼はもう一度、同じ言葉を漏らした。
「それでは、私に付いてきてください。浴室に案内しましょう!」
彼女は楽しそうな声音で椅子から立ち上がり、部屋の外へと向かう。秀もつられて、ようやくベッドから降りた。床にはスリッパが丁寧に揃えられていた。どうやらこれを履けということらしい。
「待ってください、シルクリアさん」
「大丈夫ですよ、焦らなくても」
彼女は部屋から出る手前で待ってくれていたらしかった。そんな彼女の立ち姿を今一度見て、
(やっぱり、シルクリアさんってすごく美人だよな……)
と感じる秀であった。
***
「……そして、ここのコックを手前に捻ると冷水が、奥だと温水が出ます。存分に浴びてゆっくり清めてきてくださいね」
ここは浴室。広さはおおよそ六畳ほどと大きい。白を基調に、蛇口やシャワーベッド、シャンプー類が整然と置かれていて、なんと浴槽にはジャグジーまで設置されている。鏡はよく磨かれていて、物を映す以上にそれ自身が煌めいていた。
「わかりました。教えてもらってありがとうございます」
秀はペコリとお辞儀をする。彼はたった今、シャワーの使い方をシルクリアからレクチャーされていたところだった。
(それにしても、随分とよくしてくれてるなぁ。やはり何か裏があるのだろうか)
彼は疑問に思う。いくら自分がただの記憶喪失だとしてもこれほどまでに親切にしてくれることがあるのだろうかと。しかし記憶喪失故に自分に何かあったのかなんて知り得ないので、彼は大人しくその親切に甘えることにしたのだった。
「では、替えのバスローブはここに置いておきますので、脱いだものはこちらに放り込んでくだされば後でレヴィアが洗濯しておきますので」
「わかりました。何から何まで本当にありがとうございます」
そう言うとシルクリアは浴室から出ていこうとして、立ち止まってくるりと振り返る。
「あ、あともう一つ。シャワーが終わったら、扉を出て右に曲がると突き当たりにリビングの扉があるのでそこへ来てください」
そして彼女は改めて、浴室から出ていった。
「……とりあえず、脱ぎますか」
***
「……ふぅ」
その後秀は、しっかりと全身にシャワーを浴び、あらかじめ用意されていたバスローブに着替えた。ちゃっかりタオルもあったのは、ひとえに彼女の優しさの表れだろう。
「えっと、右に曲がって突き当たりだったか……あ、あの扉か」
シルクリアに言われていた通りの道順を行き、無事に目的地まで辿り着く。
(……彼女はリビングって言ってたけど、この先には一体どんな綺麗な景色が広がっているんだ……)
秀は無意識のうちに唾を飲み込む。そして、意を決した様子でガチャリとドアを開けたのだった。